平川静香 file08
正直、これまでの私の人生は100%が幸せだと胸を張ることが出来なかった。
そしてそれが、自分自身ではどうにも出来ないと、心の奥底では思っていた。
メイアから貰った電子薬を使い出して以降、何の因果かはわからないが、私が投入される戦場は激しさを増していた。
徹底抗戦の姿勢を崩さないDDFに対し、多国籍軍とPMC各社は大規模な戦力追加を決定。DDFの指導者代理であるサハン将軍諸共、主戦力を殲滅する算段だった。
だが多国籍軍のバックアップ企業の一つであり、世界シェア3位のラムダ・インダストリーが開発した兵器を"何故か"保有していたDDFの反撃により、多国籍軍は一時撤退。その後戦局は混迷を極めていた。
何故か、などとは言ったが、大体の裏は読めている。
私達ドローン兵士以外にも、戦場では大型の多脚戦車が随伴する。そのトップシェアはランブリング・ローズ社であり、メイン商品であるHMB-168"ビッグシェル"はジェミニ搭載タイプの中では最も普及している。その牙城を崩したいラムダが、DDFに新型兵器を横流ししたのだろう。表向きは工場を襲撃され鹵獲されたことになっているが、人的にも設備的にもラムダ側の被害が少なすぎるのが疑惑に拍車をかける。
国家間だけでなく、企業間でも激しい攻防は終わらない。
人間はジェミニシステムという英知を得てなお、争うことをやめないようだ。
そんな訳で、私の今回の任務は敵の拠点に侵入し、双脚戦車を奪還、または破壊するというものだ。
今回の作戦のために、私達には電磁迷彩装備一式とハッキングモジュールが追加装備された。透明化能力で敵の整備ハンガーに侵入、ハッキングモジュールを双脚戦車のインタフェースに接続し、中のジェミニを強制削除、そのまま乗っ取ってしまおうというわけだ。
私とシャーティの人格がインストールされた電磁迷彩仕様のグラスホッパーは、カーゴヘリに揺られながら何時も通り戦場へ運ばれていく。
――いや、違う。
明らかに何時もと大きく違うことは私にもわかっていた。
右斜めのラックに鎮座している機体、何時もならあの機体には戦友であるメイアの人格がインストールされているはずだった。
しかし、今あのグラスホッパーをたどたどしく操っているのは、まだ実戦経験の少ないロイ・マクレーンだった。
メイアの除隊、ロイの小隊配属はブリーフィング時に唐突に知らされた。
それも必要最低限の情報のみ。
流石に私も、何か裏があると思わずにはいられなかった。
『やぁシズカ、今頃ナイトクルーズの真っ最中かい?』
秘匿回線からの暗号通信。
私だけにしか聞こえない声は、アメリカンギークそのものと言った薄気味悪さを含んでいる。嫌悪感を抱くまでじゃないが、あんまり頻繁に接触したくはない相手からだった。
「相変わらずのロマンもへったくれもないクルージングよ。それより、通信に枝なんかつけられてないでしょうね」
『俺ちゃんがそんなヘマする訳ないじゃーん? 情報部イチの天才ハッカーであるカイン様をナメんなっての』
通信先の声の主、カイン・ブルックリンの言ってる事は、あながち誇張ではない。
国の諜報機関から情報部が引き抜いた彼の能力は特A級と言える程であり、ジェミニハックから国のデータベースへの侵入もお手の物だ。彼は今回の作戦のバックアップも務めている。
彼はアメコミと日本の特撮モノに目がなく、今回も変身ヒーローモノの日本限定アイテムをダシにして、メイアの除隊について調査してもらった。
「で、何かわかった?」
作戦前のため、手短に済ませたかったが、カインはさっきまでの威勢が一気になくなっていた。
『一応調べたが、コイツは中々にヘビーな内容だぜ? あんまり首を突っ込まない方がいいと思うが』
「いいから、早く教えて」
気の進まなそうなカインを私はけしかける。
カインは嫌々といった感じで、語り出した。
『メイアのヤツ、除隊じゃなくて死んでやがる。それと、ジェミニも"同時期"に消去されてた』
あまりに意外すぎる事実に私は困惑した。
彼女の主人格は戦場とは程遠い日本にいる。交通事故や病気でなくなる場合もあるだろうが、その場合はジェミニは国が回収し、休眠状態で保存することになっているはずだ。それが主人格の死亡とともに削除されるなんてありえない。
「そんな、どういうこと? 死因は?」
混乱しかかる気持ちをなんとか落ちつかせ、カインに問う。するとカインは、固い声色で続けた。
『メイアのヤツ、過剰同調起こして発狂したまったらしい。挙句、狩猟用の猟銃で家族を全員殺した後に捕まって、ウチの諜報部隊の手にかかって殺されたって話だ。ジェミニの削除もウチが手を回したらしい』
「過剰……同調……」
通信上に私が反芻したか細い声が浮遊する。
過剰同調は主人格とジェミニが同調時に、双方の記憶や感情が完全に一体化してしまう現象で、大抵の場合は膨大な情報量と凄まじいストレスによって、結果的に精神が崩壊してしまう。
その結果として、メイアは自分の家族を見境なく殺してしまったという訳だ。もしかしたら戦場の敵と愛する夫や我が子の区別がつかなくなったのかもしれない。
『変なヤクでもやってなけりゃ、過剰同調なんざまず起きない。メイアみてぇな奴がそんなモンに手を出すとは思えねーし、こいつはかなり闇が深いぜ』
私は不意にどきりとした。
平穏な生活をしていたメイアの過剰同調、心当たりがあるとすれば、一つしかない。
――早くもう一人の私に警告しなければ。
そんな気持ちと相反するように、カーゴヘリのハッチがゆっくりと開く。出撃の合図だ。
『詳しいことは作戦が終わったら話す、さっさと片付けてくれや』
「ええ……」
カインとの秘匿回線が切れたと同時に、私はとても嫌な予感がしていた。
敵の拠点から約4キロ程離れた場所に降下した私たちは、砂漠を足早に移動していた。
機体の関節部には防塵加工が施されているが、吹き付ける砂嵐は機体のそこかしこにダメージを与える。整備班を泣かせる理由もないので、私は手早く任務を終えて帰るつもりでいた。
今回の作戦目標である双脚戦車は、とある飛行場のハンガーに収められている。駐機状態でも5メートルある巨体を整備できる場所は、DDFの拠点の中でも数少ない。滑走路が破壊され、放棄された軍の飛行場は、巨人の寝床とするのに持ってこいの場所だった。
そのため滑走路の再建こそしていないが、見張り塔やレーダー設備、機銃や対空ミサイルのオンパレードによって、この飛行場は即席の要塞と化していた。兵士達の練度も、これまでのゲリラとは段違いだ。
そんな場所に兵士三人が侵入し、敵の主力兵器を強奪するという無謀な目標を完遂するためには、テクノロジーの恩恵と戦術を駆使しなければならない。
数分前に私達と離れたシャーティは、飛行場が見渡せる小高い丘に向かっている。軍事ドローンすら狙撃可能な高出力レーザーライフルを携え、狙撃ポイントの確保に向かっていた。発電機のようなバッテリーパックと長大な銃身を運ぶのも、グラスホッパーの脚力を持ってすればお手の物だ。
残った私とロブの二人は、敵のレーダー監視に気を配りながら、飛行場まで接近する。電磁迷彩はレーダージャマーとサーモジャマーも複合された優れもので、完全なステルスと言っても過言ではないが、電力消費量が尋常ではないため、短時間しか使用できない弱点もある。
また、敵のドローンがX線センサを装備している場合もあるため、一度ドローンそのものを無力化する必要がある。そこで私達は、サーバとドローンをリンクしている通信施設を制圧し、そこから強力なマルウェアを散布してドローン達を無力化した上で、双脚戦車を強奪する作戦を立てた。
私とロブが滑走路横の通信施設が視認できる距離まで接近すると、電波通信が入る。
「こちらアルファ3、狙撃ポイントに着いた。待機する」
こんな無茶な戦場の中でも、シャーティの声は極め冷静だった。いけ好かない奴ではあるが、今はその冷静さが頼もしくある。
反対に私に随伴しているロブに作戦前から私は不安を覚えていた。飛行場に接近するまでに砂地に足を取られて何度も遅れそうになっていた為、こちらが合わせていたのに気付いている様子すらない。いくらドローン操縦適正がAランクであるとブリーフィング時に言われても、これでは新兵のようなものだ。
「こちらアルファ1、2。通信施設を視認。いつでも行けるわ」
こちらも準備が整った事を伝える。
先ほどのメイアの件があるため、焦る気持ちが滲み出そうになるが、シャーティに倣って冷静さを取り繕う。
「04:30に状況開始。各位、警戒を怠るな」
作戦開始まであと2分少々であるとシャーティが告げると共に通信が切れる。
砂嵐に包まれた要塞、地獄のような無理難題。私を追い立てる環境が、私自身を一人前の戦士に切り替えていくのがわかる。
だがそれとは相反するかのように、見上げた夜空は、神秘的と言える程に満天の星空だった。
今、もう一人の私はどんな気持ちでこの空を見上げているかと考えたが、時差的にあちらは今頃昼ごろだと思い、思考の中で自然と笑みがこぼれた。
そんな感情を搔き消すように、作戦開始までのタイムリミットが、私の精神を研ぎ澄ませる。
「あの、シズカさん・・・・・・」
先ほどまで無口だったロブが不意に口を開いた。
恐らくまだジェミニの戦闘運用自体にもあまり慣れていないのだろう。
「どうしたの、ロブ。新兵だからって弱気になってちゃダメよ」
出来るだけキツい口調にならないように窘めるが、ロブは首を振った。
「不安になってるとかではないんです。実は僕、メイアさんのことが気になって色々調べてみたんです。それで人事部の知り合いに聞いてみたら、実はもう彼女は亡くなってるって言われたんです」
意外なことを言われ、私はぎょっとした。
彼の口からメイアの名前が出てくるのは意外であった。
「この業界に入った時、色々と彼女から教わりました。僕にとっては良い先生のような人でした。あんな穏やかで聡明な人が急に亡くなったと聞いて、とてもショックでした」
彼女の悼むロブに対し、私はかける言葉を見つけられずにいた。
恐らく彼は、メイアが過剰同調に陥った末に殺されたという事実を知らないだろう。
いや、それはある意味知らないに越したことはないのかも知れない。自分の恩人が過剰同調の末に家族を惨殺したという事実に直面したら、新兵のメンタルはズタズタになってしまうかも知れない。
「だからせめて、メイアさんの跡を継ごうと思いこのミッションに志願したんです。早く一人前の戦士となって、天国のメイアさんを安心させたくて」
先ほど不安そうに口火を開いた若者とは思えないぐらい、ロブは確固たる意思を表していた。
せめて先輩として何とか彼にかける言葉を探すが、メイアと違って人生経験に乏しい私には難しい問題だった。
「もしシズカさんがメイアさんのことについて何か知っているなら、教えていただけませんか? 死因については色々調べても何も分からなくて」
急に問い詰められ、私は困ってしまう。正直に伝えるのが悪手なのは分かるが、どう怪しまれずに隠したものか。
「私も詳しくは知らないの、ごめんね。それに、気持ちはわからなくも無いけど、本当にメイアに一人前になったことを証明したいなら、作戦前に他のことを考えないほうがいいわ。多分、メイアもそう言うと思うけど」
それらしいことを言って何とかごまかそうとする。
ドローンなので彼の表情は分からないが、首を縦に振っているから恐らく納得してもらったようだ。
「そうですね、すいません」
ロブは気持ちを入れ替えたように、銃を構えなおす。
私も改めて戦闘体勢に入り、刻一刻と迫る戦闘開始の合図を待つ。
まもなく戦火の光でまばゆくなるであろう夜空は、今はまだ静寂を崩さない紺碧のままだった。
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