アブノーマル・ジェミニ ー内閣情報庁公安部人格保管室ー

タイキマン

平川静香 file.01

Case0107.[hirakawa,sizuka]





『マイクロマシンニング、完了』

『記憶同期抑制、ケースA10に合致する17の因子を削除』

『記憶乖離率、5%以内』

『エファルンケルフィン、12mgを投与』

『並列処理終了。バックアップ取得済み』

『同期処理完了。ジェミニをマスタースレーブモードで起動します』



『おはよう、静香』


 羽毛布団を抱き枕代わりにし、丸くなるように寝ていた私を、ノイズがかった声が起こす。


『そろそろ起きたらどう? 早く私の行動指針も決めてもらわないと』


 頭にもやが掛かったように、意識がぼんやりとしている。

 まだちゃんと働いていない頭の中に声が響く。

 まぎれもない、自分自身の声が。

 

「おはよう、シズカ。今日は早いんだね」


 小さくあくびをした後、机の上の透過ディスプレイを探しながら、声の主へ返答する。


『三日三晩働いて、同期のためだけに戻っただけだからね』


 眼鏡型の透過ディスプレイをかけると、部屋の隅に人影が浮かび上がる。

 その顔はまさしく私自身だ。

 あまり好きではない垂れ気味の目も、ちょっと丸みのある顔も、最近少し太ってしまった所まで。

 私自身をキレイにコピーした姿が、腕組みをしながらそこに立っていた。

 パジャマ姿の私と違い、体の線が見えるダイバースーツを着ていたり、寝ぼけている私を冷ややかな目で見つめているなど、違いはいくつかあるのだが。

 

「今日は帰って来れたんだ」


 ゆっくりと着ていたパジャマを脱いでいると、もう一人の私は苛立ちを表すように、貧乏揺すりを始める。

 

『今からまたテロ組織のキャンプを襲撃する作戦があるからね、だから早く指針を決めて』


「ああ、ごめんごめん」


 もう一人の私に急かされたため、彼女の要望に答えなければならない。

 体内に投与されたマイクロマシーンを介して、首に着けていたウェアラブルデバイスが脳幹と連動。

 さらに連携された透過ディスプレイに、様々な情報がポップアップ表示される。

 

 <マスタースレーブモード解除、スタンドアローンモードに切り替え>

 <拠点攻撃型ドローン「FE-033」のハックを許可>

 <基本行動、M.E.D社の方針に準拠>

 

 脳内で思考するだけで、様々な設定が次々と決定されていく。


「作戦が成功したら、報酬はいつもの口座に振り込んでおいて。あと、ドローンの破損には出来るだけ気をつけてね」


『できるだけ気をつけるわ。じゃあ、そちらも仕事頑張って』


「うん、ありがとう」


 軽い挨拶を交わすと、もう一人の私は虚空に消えていった。

 もう一人の私はかなり物騒なことを口走っていたが、なんのことはない。

 「アレ」は私であって、私ではないのだから。

 パジャマからピンクのブラウスと白いスカートに着替え、洗面所で洗顔と歯磨きを終えると、リビングへ向かう。

 リビングでは母の美代子が、朝食を作りながらニュース番組を見ていた。


「おはよう、お母さん」


 母は私に気付くと、スクランブルエッグを作る手を止める。


「あら、おはよう。朝ごはんは?」


「食べてく、ヨーグルトある?」


 私の言葉を聴いて、母は料理を再開させる。

 フライパン上で菜箸を忙しなく動かし、サラダ油で炒められた卵が光沢を纏って固まっていく。


「冷蔵庫の上の方にあったはずよ」


 フライパンの中の炒り卵をベーコンが乗った皿によそい、その皿を持って母がテーブルに向かう。

 私は冷蔵庫の扉を開くと、一番上の段から加糖ヨーグルトのパックを取り、母に続く。

 二人がテーブルの席に着くと、テレビではニュース番組のキャスターが神妙な面持ちで原稿を読み上げていた。


『1ヶ月前の大使館爆破事件に端を発するタジキスタン紛争ですが、以前激しい戦闘が続いています。

 爆破事件の実行犯と見られるテロ組織「DDF(ドゥシャンベ自衛軍)」は多国籍軍に対し、車爆弾等を利用した自爆攻撃を敢行。

 現地住民にも多数の死傷者が出ている模様です。

 この事態に対し、三岳ヶ原首相は現地の被害者に対して哀悼の意を示すと共に、日本はあくまで支援のみを行い実質的な自衛隊の派遣は行わない旨を表明しています。

 では、次のニュースです』


 スクランブルエッグを口に運びながら、炎上する市外の映像を母と眺める。


「地球の裏側は物騒ねぇ」

 

 母は神妙な面持ちでニュース映像を見守るが、その声に何処か緊張感が分からないのは私にもわかっていた。


「まぁ、こーいうニュースって、私たちが気付かないうちに終わって、そのうち忘れちゃうんだよねぇ」


 トーストにマーガリンを塗りながら話していると、母は怪訝な顔でこちらを見つめる。


「あんた、そういうこと言わないの。仮にも人の大事なお子さんを預かる仕事なんでしょ?」


「仕事とその話は関係ないじゃん」


 トーストをかじりながら、母に反論する。

 母は小さなため息をつきながら、フォークでサラダを口に運んだ。

 多少の気まずさを覚えた私は、いそいそと朝食を胃袋に入れていく。

 その間、ニュース番組はいつの間にかCMになっていた。


『もっと自由に生きたい。もっと多くのことがしたい。もっと自分の可能性を広げたい。その願い、ジェミニなら叶えることができます』


 色白でスタイルのよい外国人女性が、煌びやかなエフェクトを纏いながら高々と宣言する。

 彼女が指を鳴らすと、私と同じ型のウェアラブルデバイスと透過ディスプレイが装着される。さらにもう一度指を鳴らすと、スーツ姿だった彼女は一瞬で煌びやかなドレスに変身した。

 同時に彼女の傍らには、双子のように瓜二つの女性が現れ、先ほど見たスーツを着こなしている。

 

『もう一人の貴方がいれば、業務効率化、ストレス軽減はもとより、様々な面で貴方を次のステージへ導くのです』


 二人の美女の背後には、彼女達が様々なシチュエーションで活躍する映像が集まっていく。


『ヘカトンケイルコーポレーションは、ジェミニシステムで貴方の可能性を覚醒させることをお約束します』


 二人の美女が口をそろえて告げると共に、画面にはヘカトンケイル社のロゴが浮かび上がる。


(可能性、かぁ・・・・・・)


 私は首のデバイスを摩りながら、流れたCMに対して複雑な気持ちを抱いていた。


――ジェミニ・システム。


 ヘカトンケイルコーポレーションは、海馬から抽出した人間の記憶を高性能AIに追体験させることで、電脳空間上のクローンともいえる存在を生み出すことに成功した。

 この新技術によって、人は1日に仕事と休暇の両立を実現できたり、一人で複数人の仕事を行えたりと、まさに人間の限界を超えたといってよかった。

 夢の新技術、それはすべての人類に新しい選択肢を与えたと言って良かった。

 しかし、その使い方を誤っていないかという問いに対し、人類はまだ明確な答えを出せていなかった。


(私の可能性の使い道、コレでちゃんとあってるよね・・・・・・)


 考えを巡らせながら、私はデザートのヨーグルトを一気に流し込んだ。

 あっという間に空になった食器を重ね、キッチンの流し台へと運ぶ。


「ごちそうさま。食器ここに置いとくから」


「はいはい、ちゃんとお弁当持って行きなさい」


 気付けばカウンターには、ピンク色の弁当箱を入れた手下げ袋がおいてあった。


「ありがと、行ってきます」


 弁当が入った手下げ袋と仕事用のリュックを慌しく持ち上げ、私はリビングを後にした。

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