彼女のお願い(2)
日曜日は混んでいそうだから土曜日にしようとは言ったものの、今日もそれなりに人が多い。
アトラクションの列に並んでいる間、柚子は俺にたくさん質問をしてきた。彼女曰く、『鷹尾くんのことを知ったら何か思い出すかも』だそうだ。
「誕生日はいつ?」
「四月二十四日」
「ええっ、もう過ぎてるじゃん! 何で言ってくれなかったの?」
「いや、先月はいろいろあってそれどころじゃなかっただろ」
「あ、そっか……」
途端にしゅんとした柚子を見て俺は慌てた。
柚子は友達の誕生日を覚えていて、当日になったら忘れずにおめでとうと言う、そんな女の子だった。
「気にしなくていいから。来年祝ってくれたらうれしい」
「うん、分かった。じゃあ……兄弟はいる?」
「いないよ。……俺ん家、俺が小さいときに親が離婚してて、親も片方しかいないんだ。再婚してないから、ずっと二人だった」
答えてから、また話が暗い方に行ってしまったと気づいて冷や汗が出た。
しかし俺の予想に反して柚子は目を丸くした。
「うちもだよ。お母さんが私を連れて、生まれた街を出たんだって。うちは再婚しててるんだけどね」
「へえ……」
付き合っている間もその前も、そんな話は聞いたことがなかった。まさか柚子も両親の離婚を経験していたとは。
「俺たち結構似てるところあるんだね」
そんなことを言って、二人で笑った。
そう、俺と柚子には意外と似ているところがたくさんあった。
家庭の事情だけでなく、犬よりも猫が好きなところとか、少しだけ甘い微糖のコーヒーが好きなところとか。あと、いい年したおとなのくせして遊園地が大好きで、時々遊びに行きたがるところも。
俺たちは昼食や休憩を挟みつつ、時間の許す限り多くのアトラクションに乗った。多分、子供用のものを除けばほとんどの乗り物に乗っているだろう。
気づけば空は結構暗くなってきていた。
「そろそろ夕食の時間だな」
「じゃあ、最後に観覧車に乗りたい」
観覧車は遊園地の奥の方にあった。
列に十五分くらい並んだところで俺たちの順番が来た。
ゴンドラに乗り込んで、スタッフの人に扉を閉めてもらう。するとなぜか二人とも黙ってしまって、二人きりの空間に静寂が訪れた。
何となく気まずい。視線を彷徨わせた挙句に窓の外を見ると、綺麗にライトアップされた遊園地が下の方に遠ざかっていくところだった。さらに海も見えるのでなかなか幻想的な光景だ。
「「綺麗……」」
思わず呟いたらタイミングが被ってしまって、俺たちは目を合わせた。自然に笑みが零れる。
「あのね、鷹尾くん」
「何?」
「はい、これ。誕生日おめでとう!」
そう言うと、彼女はかわいくラッピングされた包みを俺に手渡した。
「え、俺に?」
「うん。誕生日過ぎちゃってたでしょ? やっぱりお祝いしたくて、ここのお店で買ったんだ」
そういえばさっき、トイレに行くとか言って戻ってくるのが遅かったけど、そのときにでも選んでくれたのか。
俺のことを考えて選んでくれたんだと思うと胸が温かくなった。
「ありがとう。開けてみてもいい?」
「うん、どうぞ」
丁寧に包装紙を剥がすと、出てきたのは——
「これって……キーケース?」
出てきたのは、紺色の生地に金色の金具が付いたキーケースだった。この遊園地のマスコットキャラクターがさりげなく刺繍されている。大人が持っていてもおかしくないデザインだ。やっぱりセンスがいいな、柚子は。
「うん。鷹尾くんって、家の鍵に小さいキーホルダーだけ付けてるよね? なくしそうだなーって思ってたから、よかったら使ってほしいな」
そこで小さな違和感を覚えた。
「俺、鍵見せたことあったっけ?」
「あれ? 確かに……」
「もしかして、記憶が……!?」
「んー……」
柚子は難しい顔でしばらく考え込んで、やがて首を振った。
「ううん、思い出せないや。……鷹尾くんの誕生日も覚えてなかったくらいだしね」
再び静かになったゴンドラ。
でも——と柚子は表情を変えた。
「君が大学受験のときに浪人してて私より一個上なのは、前から知ってるよ?」
と、にやにやしながら俺を見てくる。
「私の誕生日は十月だから、それまで君と二歳差かー」
「うるさいな」
俺はわざとむっとした表情を作った。
しかしこういうことが言い合えるのも親しい証拠だと感じて、気づけば心の底から笑っていた。
「佐藤」
「なあに?」
「今日はありがとう。楽しかった」
改まってそう伝えると、柚子は照れくさそうにはにかんだ。
「連れて行ってって頼んだのは私なんだから。……こちらこそありがとう。すっごく楽しかった。こんなに笑ったの久しぶり」
思った通り、記憶の問題は一筋縄ではいかないみたいだ。
だけどうれしそうな彼女を見ていると、ずっとこんな時間が続くのもいいなと感じる俺がいる。
あのとき逃げずに正面から向き合ってよかった。また仲良く過ごせるようになってよかった。
そんなことをしみじみと考えていたら、当の本人に置いて行かれそうになっていた。
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