4、マラナタ

 ヨハネが見ている風景は、一変した。そこは大海原だった。一見穏やかそうに見えるその光景に、ヨハネの気持ちは若干なごんだようであった。

 ところがその平和を打ち砕いたのは、海から突然巨大な何かが飛びだしてきたからだ。

 それは差し渡し十メートルもある巨大な鉄の生き物(核弾道ミサイル)で、先端には十本の(アンテナ)があり、さらにその先端部は七つに分かれていた。それぞれが一つずつの生き物(小型ミサイル)になる構造だ。

 だが、そのようなことを知るはずもないヨハネには、それがとてつもない巨大な獣に見えた。

 その獣は煙を吐きながら、大空へと飛んで行った。

 だが、その獣の正体を知るはずもないヨハネなのに、その裏に隠された意味はすぐに読み取れてしまう。

 この(ミサイル)は、それを所持する国の象徴であった。赤龍が地に落とされてから活発な動きはなかったとしても、一応はまだその赤龍という蛇に蹂躙されている国だ。さらには、赤龍に代わって物欲を支配する黒龍が大暴れしている。かつては弱かったのだが、今やその勢いを盛り返し、世界の脅威ともなっている。

 その眠れる獅子がついに吠えた。この国は長いこと唯物思想が旺盛で物質科学のみを崇拝し、科学万能を標榜して一切の御神霊の存在さえ否定するようになっていた。

 これほど巨大な(ミサイル)は、これまでに見たものは一人もおらず、保有はしていても実際に使われるのは初めてのことである。

 するとヨハネの目の前に、今度は奇妙な形をした建物が現れた。これもあまりに巨大すぎてヨハネの目にはもう一つの獣としてしか刻まれようがなかった。

 そしてこの建物を中心とする組織が、ヨハネのイメージの中に湧き起こった。それはシオニズムを根本理念として全世界を陰で操り、世界を我がものにしようとして、それは半ば成功していた。

 この組織に操られる国はヨーロッパのほとんどであり、また先ほどの獣の国とも同盟関係を結び、ともにユーフラテス川を囲む地域を目指して進軍した。そしてもう一つの獣からの小さな生き(ミサイル)も確実に目標物に着弾し、そのために皮膚は焼けただれ、肉親とも離れて泣き叫びながら、多くの人が死んでいっている様子もヨハネは見た。

 そうした状況が局地的なものではなく、世界の大部分の状況になっていた。

 その獣の組織の世界制覇の手段は、次のようであった。まず、敵対する国は徹底的に空爆し、都市としての外観さえもなくしてしまう。それが世界中の国々に及び、まるで火を天から降らせているかのようでもあった。

 そして、それまでは影に隠れていたこの組織のボスが、ついに表に出た。といっても本人が群衆の前に立ったわけではなく、その顔が画像として配信もしくは中継され、どの国でもその映像に向かって熱狂的な歓声が上がり、それも瞬時に全世界に広まった。

 そして、その人物に異をとなえる人々は、ことごとく警察にひかれていったのである。そして女に象徴される大群衆の上に君臨したその組織は、完全にその目的である世界制覇を果たし、その中心部をバチカンののど元のローマに置いていた。

 そしてどの国でも自国のすべての国民に番号を振って登録させ、そこにはその国民一人一人の個人情報、すなわち経歴や思想の変遷などまでがこと細かに記録されており、またそれを示すようにすべての国民の手にバーコードの印がつけられた。

 機械を通せばこのバーコードでその人の個人情報はすべて分かるようになっており、これがないとものを買うことすらできないのである。バーコードはそれぞれの立て線が数字を表しているが、左右と中央の長い線には数字はふられていない。

 そのふられていない数字が実は6なのである。つまり、左右と中央で合わせて「666」であった。

 その数霊かぞたまに、ヨハネは重大な意味を読み取った。三つの六で「ミロク」となるが、実はこれがとんでもない偽ミロクの数なのである。

 人々はこの独裁者をミロクか、もしくは救世主のように喜々として熱狂的に膨れ上がっている。本当のミロクの数霊は「五六七」もしくは「三六九」で、いずれも足せば十八かみひらくとなる。

 

――この獣は昔在りしが、やがていなくなり、また後に現れ出でん。


 ヨハネの魂に、言葉が響いた。さらに言葉は続く。


――アガキ、アバキの世は終わりしなり。やがてアガナヒの時よ。アガナヒなさずして、アカナヒにはなれぬなり。その、いよいよアガナヒの時、来たれるなり。それは麦の収穫にも等しきものにして、曇りて濁れる魂は鉛のごとく深く沈みいき、軽き魂は放っておいても水面に浮かぶものなり。裁きにあらず。それは、神界の法則なれば、致し方なし。罪穢深きものは自ら積極的にアガナヒて、罪穢消すこと肝要ならん。さにあらずば消極的アガナヒ、すなわちさまざまな天災や人災の業火に焼かれ、いよいよ苦しむなり。今や世界は、九分九厘行き詰まりしよ。


 ヨハネは、その言葉がもともと誰の言葉であるか理解していた。イェースズの母、聖母マリアに他ならなかった。


 そしていよいよ、第七のみ使いがラッパを吹き鳴らす時が来た。そのラッパの声は、こうだった。

「大いなる災いは、浄化の炎なり。これにより浄められし地は次元上昇し、いよよ神の国、地上天国が顕現されるなり。何億万年にわたる神大経綸の、いよいよの成就よ。神・幽・現三界にわたる大建て替え大建て直しよ。真の岩戸は、すでに開かれたるなり。の直接統治、五色人類こぞりてに直接お仕えする太古の惟神かんながらの御代の復活なり。神政復古なり。見よ。物質の世、物主逆法の世は終わり、霊主心従体属順序正しき神理正法の新真霊主立体文明がここに起こらん」

 だが、映像に映し出された地上は依然として戦乱が続き、独裁者が世界の経済と政治、産業の大部分を牛耳ったままで、気候も年を追うごとに異常が拡大し、大地全体がますます温熱化していっていた。

 これのどこが地上天国なのだといえる様相が続き、しかもそれがますます悪化していく。世界の大部分が戦乱と貧困、災害と異常気象にあえぐ反面、一部の先進国ではレジャーが流行し、人々は快楽を追い求めつつも、外国からの流動人口によるテロや暴動に常におびえていなければならなかった。

 ヨハネがそんなことを思っていると、また声がした。


――九分九厘行き詰まりし世に、神は一厘の救いのわざ持ちあるを忘るるなかれ。


 その瞬間、ものすごい轟音が起こった。山が火を吹いている。その山は小さな島国にある山だが、その小さな国こそ世界の太古の霊的中心であったもとつ国であり、その霊島ひじまでいちばん高い山が火を吹いたのである。

 これによりて、神の三段の構えは終った。そして神経綸はますます加速化して急カーブを描き、一気に、突然急速に大進展する。人々から見れば、まさしくそれはある日突然始まる青天の霹靂で、まさに盗人のごとく訪れる火の洗礼の大峠、Xデーなのである。

 その日、本来は真冬である多くの国々は皆半袖姿で汗を拭きながら歩き、年に一度のお祭り騒ぎで大きな建物も人工の灯火で飾られて光を発しており、音楽が町じゅうに流れていた。

 だが、人々は次の日の朝の太陽を見ることはなかった。同じ頃昼である地域は、太陽の光が突然失われて闇になり、星すらも空には見えなかった。人々のパニックは言うまでもない。

 そして、あれほど暑かった大地がどんどん冷めていき、ほとんど氷付けになった。そして、闇の中でも人々の人工の明かりはすべて消え、それが灯されることはなかった。

 そしてヨハネが見たものは、表象がどんどん巨大化していき大地が小さな球になった時、宇宙の彼方からものすごい太さの巨大な光の帯が現れ、その中に大地だけでなく太陽や月までもがすぽりと入ってしまった。

 しかし、それは三次元の現界宇宙の光景で、神界から見れば、「ヨニマス大天津神様」がお立ち上がりになり、御直々に両手を三次元界に向かってかざされ、そこから発せられるみ光の中に地球も太陽もすっぽり入ってしまったのである。

 地上の極寒の時間は長くはなく、やがて太陽は穏やかな温かい光を人々に再び与え始めた。それも昔のようなさすようなどぎつい光ではなく、肉眼で直視しても大丈夫なくらいに優しい光で、しかもその光を浴びると人々は心の安らぎを得て、精神の高揚を感じるのだった。

 まさしくこれが、天の岩戸開きかとも思われた。だが、すべての人がそう感じていたとは限らなかった。わけが分からなくなってパニックの続いている人々は凶暴的になり、温かい光の中でもますます混乱していった。

 だが、その状態もまた長くは続かなかった。地震が起こった。いや、「地震」という言葉で表していいのかと思えるほどの巨大なそれは、しかも局地の地震ではなく全世界全地の地震だったのである。おそらく人類史上初めての最大規模の地震であろう。瞬間にしてすべての物質の建造物は崩壊して粉々に砕け、さらには地震による大津波が中天近くまでも盛り上り、大地と人類を含むすべての生物をのみこんでいった。

 この地震は地殻の大変動によるものらしく、世界の大陸の様相が一変した。ある大陸は沈み、また超太古に存在していた大陸は再び浮上してきたりした。浄まった地は浮上し、穢れた地は沈んでいったのである。

 人々の苦しみは、頂点に達した。そしてついに地球がひっくり返り、北極と南極の位置が変わった。地震による津波のほか、両極の氷が一気に溶けたための大津波が、再び全世界を襲った。

 その時、ヨハネはものすごい音量の泣き声を聞いた。それは表象の中ではなく、目の前の玉座から発せられていた。神の子である人類が苦しむ様子に、創り主の親である「国祖の神様」がお泣きになっているのである。

 神経綸成就のために致し方ない現象ではあるが、神の子一人一人を子として愛して下さる親神様としての最後の苦しみであった。

 そして、一人残らずすべての人類と万生は死に絶えた。人々がいちばん恐れていた現実、それは人類滅亡であり、とうとうそれが現実化してしまったのである。

 すると映像から大地が消えた。映像が終ったのではなく、球となった大地が太陽や月ともども宇宙の遥か彼方に瞬間移動していたのである。映像はそれを追いかける。

 どのくらい移動したか、ヨハネはとてもそれを言葉で言い表せないくらいの距離だが、三次元的ないい方では三万三千光年、銀河系の中心に向かっての瞬間移動であった。

 もはや地球は北極も南極も別の位置にあり、大陸もそれまでとは全然違う形になっていた。そして、宇宙自体が、それまでと違った。今見ている映像は三次元物質界の宇宙ではない。そこはまぎれもなく五次元神界であり、その世界の宇宙に地球は浮いている。

 地球全体が次元上昇アセンションしたのである。地球は生まれ変わっていた。その地球の表面はもはや物質界ではない。神の調和の心あふれる世界であった。

 そして、いなくなったはずの人類が、あちこちでムックリとからだを起こし始めた。そして起き上がった人々は涙を流し、すぐに神を賛美して感謝を捧げた。また、互いに知り合いや家族を見つけるとさらに涙を流して再会を喜び、無事を祝した。

 その人々の体ももはや物質の肉体ではなく、半霊半物質の体だった。そして、すぐに彼らはそれにまばゆい光を見た。「国祖の神」がお出ましになり、人類の一人ひとりに直接お声かけをなさったのである。

 なお、ここで起き上がった人類は、かの大災害で死に絶えた人類すべてではなかった。数にして、約三分の一くらいしかいない。すなわち、地球が瞬間移動する時に物質はすべて一度素粒子に戻り、そして移動後に再び半物質化したわけだが、波動が荒い肉体は素粒子からの再生が不可能だったのである。

 そして、魂は残っている。救われた魂はこうして半霊半物質の体に再生してきたが、どうしてもそれが不可能な霊層の魂はこの新しい地球には再生不可能で、なんとかあと一歩の魂は地球の代わりに創られた三次元世界の宇宙の別の星に転生させられるようであったが、どうしても見込みのない魂は魂の抹殺が行われて宇宙の原質に戻されてしまった。

 これ以上の不幸はないだろう。もはや四次元世界の中に幽界といわれる世界は消滅しており、幽界の地獄の方に落ちていた霊たちは、ほとんどが抹消されたともいえる。

 新しい世界は地上天国文明、すなわちミロクの世で、それまでのすべての時間がリセットされていた。あれだけの大災害だったはずの地球なのにその爪跡は全くなく、大地全体を豊かな緑が覆っていた。

 また、なんと動物までもがすでに生息しているのである。そして人々は食べ物は特に必要なく、食べたい人は嗜好品として食事を楽しむくらいになった。その体は、もはや千年はもつということであった。一気に十倍以上の寿命となったのである。

 人々は、感謝の想念に満ち、明るい陽光の文明の霊文明人たちはこの世界の種人となるのであった。こうして種人たねびと進化期に入り、神主霊主しんしゅれいしゅ文明が起ころうとしていた。


 そしてヨハネがさらに見ていると、一頭の白馬が天より降臨して来た。ミロク・メシア下生の白馬で、そこにはスの霊統を万世一系に受け継ぐメシアが乗っていた。その方は白い高御座たかみくらす神の地上代行者として世を統べることになり、人間神性時代の幕開けとなった。

 それはそのまま高度神政時代へと発展する。新しい大地には最初は何もなかったが、人々は物質時代の記憶と経験でその物質時代の通りに町を作り、科学文明を再興していった。科学といっても唯物科学ではなく、神中心の陽光科学文明であった。

 なにしろ想念通りにすべてが現象化してしまうのであるから、文明が復興するのはあっという間だった。そういう意味では、超太古の神政時代とは違って人々には物質時代の経験と体験があるだけに、より高度な神政時代となるのである。

 だが、物質時代に存在したあらゆるマイナスのエネルギーを持つような邪悪なものは何一つ作られなかった。それもそのはずで、そういったものを作り出してしまうような悪想念の持ち主は、もはやこの世界には入れなかったからである。

 当然貨幣経済は存在せず、人々の仕事はすべてボランティアであった。そういったハタラクにする「働くハタラク」という利他愛のスピリチュアル・ボランティアに喜びを感じ得ない人も、もはやここには存在していなかった。

 喜びとともに人々は自分がしたい仕事をさせて頂き、またそれをしてもらった方は感謝をするという、「感謝」が貨幣の代わりだった。感謝に満ち、神のみ意にはス直で、心の下座もできている人々は常に互いに「お蔭様で」と功績を譲る人々であった。そんな人々が造る世界は清潔で、よく整頓されており、また誰もが資源を節約して使い、常に落ち着いて着実に行動できる人々であった。

 つまり、彼らの原動力は、互いの「愛」であった。


 その何もかもが変わった新天地に、巨大な黄金神殿がゆっくりと降臨するのをヨハネは見た。日の塔、月の塔の二基の塔を前にしてノアの方舟のような湾曲した三角の大屋根がそびえ、その屋根はすべて黄金で葺かれていた。大屋根の棟の中央には四十八弁の蓮の華の中に赤い珠があり、破風の部分には神護目神紋が輝いていた。

 屋根の下の壁には宝石がちりばめられ、そこに十二の門があり、それらを囲む城壁には三つの門があった。その宮殿が降りたのは、高い山の上だった。

 すべてが栄光に輝いていた。宮殿の前には水晶のような生命の泉から流れ出る川が横たわり、紺碧の空を映していた。

「すべては成就した。神経綸御神策は成就した。すべてが新しくなる」

 人々の歓声が、宮殿を囲んだ。

 

 表象はそこまでで、たちまち掻き消えた。

 「国祖の神」の玉座ももはやなく、温かい光の四次元霊界でヨハネとイェースズの二人だけが向きあって立っていた。

 ヨハネはまだ呆然としていて、見たものの強烈さにすべての思考が奪われているという状態だった。だいぶたってから、やっと少しずつ我に還ったヨハネは、前に立っているイェースズを認めた。

先生ラビ!」

 涙とともにヨハネは、力なくイェースズの足元に崩れてすがった。しばらく、何も言葉が出ないようだった。イェースズも、しばらく何も言わなかった。霊界における表象を見せる力、それをイェースズは使ってヨハネにすべてを示した。何も語らず、黙って示したのである。

 ヨハネの体は震えていた。そしてやっと顔を上げて、小さな声で途切れがちに、

先生ラビ、ローマは、ローマは滅びるのですね。イスラエルの民の世が、新しいエルサレムが天から降臨するのですね」

 と、だけ言った。今までの表象を見てのヨハネの理解力がその程度だったとしても、それは仕方のないことであった。おそらくヨハネだけでなく、ヨハネが書き記すであろう彼が見た幻の記録を読んだものも、その程度の解釈しかできないに違いないとイェースズは思った。

 しかし、天の時が来れば、神理のみたまがすべての真実へと人々をお導きになるはずである。

 イェースズは、震えるヨハネの肩に手を置いた。

「これは秘めおけと言われたこと以外は、見たことを書き記して、人々に知らせなさい」

 ヨハネはそのままイェースズの足から離れて、地に頭をつけてイェースズを礼拝した。

「生ける神の御一人子、主よ」

「いけません!」

 ぴしゃりとイェースズは言った。

「私を拝んではいけない! 私を崇めてはいけない! おろがむべき方は神様のみで、神様にのみ仕えなさい。私は神の子、しかしあなたも神の子、すべての人は神の子だよ。私だけが神の御一人子だなどということはない」

 イェースズは、ゆっくりとヨハネを立ち上がらせた。

「やがて来る世は罪で魂が曇っている者はますます包み枯れを積んでしまい、浄まったものはますます神性化していく世となる。信賞必罰の世になるから、犬のように神向しんこうがあるように見えてもそれがご利益神向であったり、自分本意の自己中心的な、神をかつぎ出して利用するだけのお神楽かぐら信仰であったりするもの、邪霊と霊波線を結んで奇跡を行う霊媒信仰のもの、想いと言葉と行いが一致しないものは、皆神の国には入れない。今日あなたが見たものからは、誰も逃れられない。必ず起こることである。しかし、それは今のままならばの話だ。今日、私があなただけにこのことを告げ知らせることが許されたのは、それを聞いた人類が一日も早く一人でも多く悔い改めることによって、火の洗礼を少しでも小さく、少しでも先に延ばして頂くためだ。苦しくても、神の教えにス直にかじりついていくことだ。神に義なる人には、神試しも来る。磨かれもする。しかし、あなた方の信仰は、いわおのごとき不動の精神で護持していきなさい。そうしてこそはじめて神からでられ、弥栄いやさかえていくもととなる。私は明けの明星だ。私が帰る所も、そこだからだ」

 イェースズの言葉が終ると、ヨハネは頭が朦朧としはじめたようで、しかしそんな意識の中でも力を振り絞って、「マラナタ《来たりませ》!」と叫んでいた。

 

 イェースズが三次元の自分の肉体に戻って再び老人の姿になった時、やはり老人に戻ったヨハネはまだ足元に倒れていた。もう彼の魂や霊・幽体も肉体に戻っているはずだが、疲れて眠っているのだろう。

 イェースズはもう一度、ヨハネのしわだらけの老人としての顔を見た。目覚めたあと、ヨハネは見たことを夢だったと思うかもしれない。ただ、書きとめてくれさえすれば、それでいい。必ずヨハネはそうするであろうことを、イェースズは知っていた。

 そしてそれを読んだ一人でも多くの人が救われることを、イェースズは切に祈っていた。そして母の骨像と遺髪をしっかりと抱いて、意を決してイェースズはその場をあとにした。

 洞窟を出ると、ひんやりとした風が頬に当たった。岩山を歩いて、やがてすぐに海岸に出た。監視のローマ兵が慌てて駆け寄ってきたが、しかしそれよりも早くイェースズは落ちていた板切れを二枚拾うと、それをさっと海に投げた。穏やかな波間に漂うその板の上にさっと空中を飛んで飛び乗ると、呆気にとられているローマ兵を後にイェースズは海面を歩行して、夜の闇の中を沖合いへと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る