009 ホテルではしゃぎ直します。
ホテル、と聞いて真っ先にラブホテルでの
実際にラブホテルというものの用途は、その手の連れ込み宿としての役割を担っているからだ。
商売として成り立つという認識は間違っていない。
だからこそ、ラブホテルのような連れ込み宿や、性風俗といった性欲を発散させる商売が成り立っているのだ。
しかし、だからといって、ラブホテルが儲かっているかといえばそうでもない。
客商売である以上、肝心の客が来なければ利益が得られないのだ。宿泊でも休憩でも、目的がなければ見向きもされない。ラブホテルだろうとそれ以外の宿泊施設であろうと、その点は揺るがず変わらない。
そのため、近年のラブホテルは連れ込み宿以外の用途として活用されるよう、設備やサービスを充実させるケースも少なくない。その内容は多岐に渡り、一種のカラオケルームやゲーム喫茶を
今回未晴達が訪れたホテルは、その中でもかなり高額で、珍しい部類のものだった。
「……あれ、泳がないの公彦君?」
「あ、はい。今行きます……」
微妙に納得のいかないまま、公彦は再びビキニパンツを穿いて、水着で泳いでいる未晴の待つプールへと入っていった。
ここはラブホテルの中でもかなり高級な類で、数時間休憩するだけでもその時間分の万札が飛んでいくような場所だ。しかし未晴はあっさりとその代金を支払い、衝立越しに生乾きの水着を身に纏うや、すぐに飛び込んでいったのだ。公彦も交代で着替えて、軽く身体を
「この時期は混んでるからね~こういうところでゆっくり泳ぐのもいいものでしょう?」
「まあ、若干狭いとはいえ、たしかにゆっくりできますけど……」
いつもなら未晴の水着姿に視線を這わせていただろうが、今の公彦には気がかりな点があるので、あまり乗り気ではない。
「別に料金なら気にしなくていいよ~私、
「そうなんですか?」
「そうそう、それに……」
一度潜水した未晴は、軽く足を掻いて公彦に近づくと、ブハァ、と髪を広げながら急浮上した。
軽く水を被ってしまったので、顔を拭う公彦に向けて軽く笑いながら、未晴は仰向けに浮かんでいる。
「こういうところは結構来慣れているんだよね~気兼ねなく泳げる場所とか、結構限られてくるし」
「未晴さん、ってかなりの遊び人ですよね……」
「ちょっとした稼ぎ方を知っているのよ。たとえば……」
沈む足を軽く横に広げ、ようやく性欲が出てきた公彦の視線を誘導する。
横目を向いては戻される視線は、未晴の水着、秘所が隠されている部分に固定されていた。
「……こうやって、興味を持ってくれている男の子達に水着姿を見せたり、」
上半身を起こし、その勢いで後頭部から沈んだ未晴は、水中で縦に反転してから立ち上がった。水深はそこまで深くないので、立ち泳ぎせず、底に足を着けている。
「実際に身に着けた水着や下着を売ったり、ね。今はその手の店が潰れたりして近くにないから、あまりやってないけど」
「あまり、って……宛てはまだ残ってるんですか?」
「というか……物流センターで働いていた頃は裏で結構、その手の話、給料少ない分多かったよ」
知らなかった? という視線に、公彦は残念そうに肩を落として答えた。
「基本的にトラックの運ちゃんとの猥談だけです……」
「まあ、私も公彦君と会ってなかったし、部署が違えばそんなものか」
納得したのか、腕を組んでうんうん頷いていた未晴は、今度は平泳ぎでもするのか上半身をプールに沈めていく。
「とか言いつつ、相場が安かったから、私はあまり売らなかったけどね~」
「それでも売ってたんですよね……今度下さい」
「はっはっは~」
公彦の願いが届いているのかは分からないが、未晴は聞いてか聞かずか、そのまま奥まで泳いで行ってしまった。
**********
「ふう……さて、そろそろ帰ろうか」
「もうこんな時間ですか……」
服を着替えた二人は、ホテルをチェックアウトしてから電車で帰路についていた。サービスが珍しい分、離れた場所で商売していたので、わざわざ移動しなければならなかったのだ。それでも移動した価値はあったのか、未晴達は身体を動かして何処かすっきりした面持ちになっている。
「いやぁ~今日は開放的になっちゃった。これでも人妻なのにね~」
「未晴さん、本当大胆ですよね……」
「やっぱ旦那がいないと駄目だわ~いろんな意味で」
軽くステップを踏みながら歩く未晴を危なっかしく思いながら、公彦も慌てて追いかけていく。
「人間、見られていないとだらけちゃうから困り者だよね~……本当はさ」
立ち止まり、公彦の方に振り返った未晴は、上目遣いに
「ストレス発散がてら、旦那に嫉妬してもらいたかったんだよね。全然連絡
「未晴さんを置いて、ですか……?」
「性格的に、自分から浮気とかはないと思うけど、どっかで
ふと身体を起こした未晴は、そのまま公彦の横に立ち、スマホを取り出しながら肩に手を回した。
「未晴さん?」
「ちょっと手伝ってね~顔は隠しておくから」
スマホのレンズが向いたかと思えば、軽いシャッター音と共に、一枚の写真データが作成される。
写っているのは公彦と未晴、後頭部から肩に掛けて手を伸ばし、身体と顔を引き寄せて近づいた一瞬を撮影したのだ。
「……よし、都合よく公彦君の顔は途切れてる」
「旦那さんに送るんですか?」
「連絡を
意味もなくスマホを持つ手を高々と上げたかと思うと、未晴はメッセージアプリを操作して写真を送信した。気が済んだのか、そのまま公彦の腕を取って組みだした。
「俺、旦那さんに殺されたりしませんよね……?」
「だったらとっくに返って来てるって。ほら」
そして見せられたのは、今まで未晴がその夫に送り付けていたメッセージの履歴だった。特に公彦と初めて出会った日の、『今日、男子高校生の友達ができました。いいかげん連絡くれないと、その子浮気相手に昇格しちゃうよ』というメッセージを見ると、たしかに殺しに来るとしたら、このタイミングだろうと妙に納得してしまう。
「本当だ……既読すらついていませんけど」
「このところずっと、ね。捨てられてはないと思うんだけどなぁ……」
スマホを仕舞った未晴は、空いた手の指を振りつつ話してきた。
「今日、『
「きちんとお金だけは払って連絡ゼロ……妙な話ですね」
「でしょう? もう私疲れちゃった。だから……」
ポン、と公彦の頭を軽く叩いてから、未晴は離れて行った。
「相手してくれてありがとうね~。じゃあまた今度」
気がつけば、未晴が住む公共住宅の近くだった。近所の目もあるのか、もう見送りはいらないとばかりに、さっさと歩き去っていく未晴。その背中に公彦は言葉もなく、ただ手を振るだけで応えた。
『ほれほれ、早く連絡を
「これで連絡が帰ってきたら、苦労しないか……」
操作を終えて、テーブルの上に置かれるスマホ。
洗濯機を回し終えた水着の
未晴は洗濯物を一つ一つ広げて干しながら、今日一日の出来事を思い出して、口角を歪めた。
「ほんと、今頃何やっているんだろうね~あいつ」
未晴のスマホ、メッセージアプリ上のやりとりには、いまだに既読の二文字が浮かび上がってこなかった。
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