003 幼馴染と話しています。
未晴と遊んだ翌日。
公彦は美術部に遊びに来ていた。別に美術部に所属しているわけではない。幼馴染が在籍しているので、よく遊びに来ているのだ。部員数も少ないので、勧誘はあれど立ち入りを禁止されることはない。
しかも今日は都合がつかないのか、幼馴染しか部活動に参加していない。だから公彦は他の部員に邪魔されることなく、適当な椅子に腰掛けて雑談に興じることができるのだ。
「新作を描いているのか?」
「うん、次のコンクール用に……」
少しか
もし野暮ったい印象を払拭することができれば誰もが魅了されるだろう。無論、そのことに幼馴染である公彦が気付かないはずがない。萌佳の臆病な性格と身近な女を取られたくないという身勝手な考えで、口を閉ざしているのだ。
もっとも、公彦自身は萌佳のことを半ば姉弟(誕生月では萌佳の方が年上)のように思っているので、今すぐ進展する、ということはないだろうが。
「にしても……抽象画? って分かりづらいな」
「うん、私の
「そんなものかね……」
芸術とはとんと縁のない公彦は、一度立ち上がって萌佳の絵を眺めてみた。しかしかろうじて分かるのは、人間が二人いることくらいだろう。
やはり芸術は分からない、と公彦は再び腰掛けた。
「……公彦君、退屈じゃない?」
「大丈夫。いつも通り、退屈なら帰るから」
「う、うん……そうだね」
この問答も、いつものことだった。
別に恋人とか恋愛感情とかは考えたことのない公彦だが、萌佳のそばにいると落ち着くからと、いつも近くにいた。周囲も幼稚園からの付き合いになる人間が何人かいるので、そこから『男女の冷やかし』を避けられているのが大きいのかもしれない。普通ならからかわれるところだが、この二人に関しては姉弟みたいなものとして見ているのだ。
そんなことを考えている時だった。
「…………ん?」
「公彦君?」
「いや、メッセージが来ただけだ。気にしないでくれ」
スマホを取り出して画面を見ると、送信者が未晴だと分かり、すぐに内容を確認した。
『好きな子はできた?』
……ただの遊び相手にしか見られていないことにやきもきするも、公彦はどうにか気を取り直して返事をすることに。
『今度プールにでも行きませんか? ナイトプールでも可』
『下心が丸見えだぞ、少年』
「どうかしたの?」
「いや、ナンパしたお姉さんが手強くて……」
「……ナンパ、したの?」
「昨日暇な時に、目の前に好みのお姉さんがいてな」
萌佳が振り返ってくるのは分かったが、公彦は気にせず未晴に向けてスマホを操作している。
『じゃあ映画とかどうですか? 映画館でもネカフェでもいいですよ』
「とはいえ相手が人妻だから、ただの遊び相手だな。今のところは」
「ふぅん……そうなんだ」
『仕方ない。映画館で妥協してあげよう。今度公開されるドラマの劇場版ね』
了解、と返事をして、今度は日程調整に入る。
「その人の旦那さんとか、怒らないの?」
「単身赴任しているらしい。一応周囲の目は気にかけておくけどな」
「そう……」
次の
それに気づくこともなく公彦は立ち上がり、美術部の活動場所である美術室から出て行った。
「じゃあな萌佳、あまり遅くなるなよ」
「うん、またね。公彦君」
家は近所なのだが、高校での二人は一緒に帰る機会がほとんどない。
別に仲が悪いわけでも、一緒に帰るところを見られてからかわれるのが嫌なわけでもない。
単に、合わないのだ。性別とも性格とも違う、根本的な……間が。
「ふぅ……」
一人残された萌佳は、公彦の足音が離れているのを確認してから絵筆を置くと、椅子に腰掛けたまま軽く背伸びをした。
「ん……んっ!」
ずっと同じ体勢でいたからか、身体が軽く
「ここは柔らかいんだけどな……」
そんなことを一人ごちながら、制服越しに胸を揉む。
「ん……」
**********
部活動の時間も終わり、萌佳は一人静かに片付けてから、校舎を後にしていた。
夕暮れの中、下校しようとした時だった。
「よう、今帰りか?」
「公彦君……?」
通学鞄を肩に掛けて通学路を歩いていると、近くのコンビニから出てきた公彦が唐揚げパックを片手に萌佳に近づいてくる。
「まだ帰ってなかったの?」
「あの後バイトのヘルプを頼まれてな。今から帰りだ」
公彦は爪楊枝で唐揚げを一つ刺し、器用に口に含みながら答えた。
珍しく並んで帰ることになり、萌佳は両手で鞄の持ち手を掴みながらも、どこか嬉しくなって口元をほころばせている。
「まあ手伝いと言っても、萌佳の部活時間までに終わる程度だったけどな」
「そうなんだ……お疲れ様」
「おう……萌佳もな」
そう言うと、公彦は唐揚げに爪楊枝を刺して……
「ほら」
「え……」
……萌佳の口元に運んできた。
「ほら、口を開けろ。一個やるよ」
「あ、うん。ありがと……」
ちょっと恥ずかしくなりながらも、萌佳は唐揚げまで顔を寄せ、
「ん……」
口に入れた。
「うまいだろ?」
「うん……」
ゆっくりと
「……ありがとう」
「おう」
最後の一つを口の中に入れると、公彦はパックを丸めてから制服のポケットに詰め込んだ。そのまま持ち帰って捨てるのだろう。
「……ねえ、うちでご飯食べてかない?」
「いや、いいよ……」
同じ両親が共働きでも、家に帰ってこない公彦にとって、家族が決まった時間に同じ食卓に着いている萌佳の家は、どこかまぶしく感じてしまうのだ。そう思い始めてからは、彼女の家に行くことはなくなった。
男女の思春期特有の気恥ずかしさは、公彦と萌佳の間にはない。家庭の温度差から生まれる嫉妬が、皮肉にも疎遠という言葉を遠ざけてしまったのだ。
「じゃあ、また遊びに行ってもいい? ご飯持っていくよ」
「だからいいって……今日は作り置きのカレーがあるから、それ食って寝るわ」
「そう……」
少し残念に思う萌佳だが、もう公彦とはお別れの時間だ。
二つ並んだ一軒家の内の一つで萌佳は立ち止まり、公彦はその隣の家に歩いて行った。
「じゃあ、また学校で」
「うん、またね……」
萌佳はすぐに、家には入らなかった。
扉を開け、家に入っていく公彦が見えなくなってから、ようやく家の中へと入っていく。
「ただいま……」
「お帰り~萌佳。お腹空いたでしょう? 早く着替えていらっしゃい」
先に帰って来ていた母に促され、萌佳は自室へと足を運ぶ。
しかし自室に入った萌佳は制服のまま、ピンクのシーツに包まれたベッドの上に寝転がった。
「おいしかったな……唐揚げ」
唇に指を這わせ、咥えたまま萌佳は、公彦のことを思った。
小さい頃からずっと一緒で、姉弟のように思ってきた彼を異性として見るようになったのはいつのことだろうか。気がつけば萌佳は、公彦に想いを寄せては自分の気持ちを慰める日々だった。
「公彦君、私と……」
想い人が他の
自己嫌悪に陥った萌佳は、母から催促されるまでずっとベッドの上で身悶えていた。
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