第3話 猫の正体
いつものように
昨日の不思議な光景を
(昨日のあれは見間違いじゃないよね……?)
黒猫が定期入れを
(あれ、何だったんだろうなぁ)
そんなことを考えながら自転車のペダルを漕いでいると、「おーい」と声が聞こえた。
声が聞こえたのは後ろから。
紗玖乃が振り返った先にいたのは、三十代前半くらいの男の人だ。
ずっと口角を上げていて、なんだか少し怖い。
男の人はこちらに近付いて来ると、紗玖乃を頭から爪先まで見下ろした後、
「ねえ、その制服って
「はい、そうですけど……」
紗玖乃がそう答えると、男の人は満足そうな笑みを浮かべてさらに話を続ける。
「ああ、やっぱり。この制服着てる女の子たちってかわいい子多いからさ。どこの高校なのかずっと気になってたんだよねぇ」
「そ、そうですか……」
変な人に捕まってしまった。早くこの場から逃げたい。
紗玖乃は適当に愛想笑いを浮かべる。
「あの、学校に遅刻してしまうので、私はこれで」
軽く頭を下げて、その場を離れようとした時、
「ちょっと! ちょっと待って、まだ話したいことがあるんだから」
そう言うと、慌てて紗玖乃の左手を掴んできた。
「!?」
全身に恐怖が駆け抜ける。
目の前の男の人からは笑みが完全に消えている。
「あ、あの、離して……」
「まだ学校始まる時間じゃないだろ? お願い、もう少し話をさせてよ?」
紗玖乃はそれには答えずに、辺りを見回した。少し離れたところに散歩をしているおじいさんが見える。
「た、助けて……」
言いかけた時、黒い何かがすごい勢いでこちらに向かってきた。
その黒い何かは紗玖乃の前にいる男の人のみぞおち辺りにタックルをお見舞いする。
タックルを受けた衝撃で紗玖乃の腕を掴んでいた手が離れた。
目の前にいるのは黒猫だ。
「猫……」
紗玖乃が呆気に取られていると、黒猫は男の人のの顔を目掛けて飛びかかった。そのまま彼の顔を引っ掻き始める。
「痛ててっ! 何だよ、この猫!」
男は自分の顔を引っ掻いている黒猫を引き剥がそうと手を伸ばす。
それに気付いた猫は捕まる前に彼から離れると、今度は右足の
男の人は悲鳴を上げながら、その場から走り去ってしまった。
呆気に取られたままその背中を見送っていると、黒猫は何事もなかったかのように紗玖乃の元にやって来た。
「にゃー」という鳴き声で我に返る。
「助けてくれてありがとう」
紗玖乃が屈んでお礼を言うと、あることに気付いた。
綺麗な黒い毛並みに金色の瞳。
(あれ、この猫ってもしかして)
そう思った次の瞬間、猫の体が淡い白い光に包まれた。
金色の瞳を細めるその表情はどこか満足そうだ。
光が消えると、猫は平然と歩き出す。
不思議そうに自分を見つめている彼女を振り返ると、また短く鳴いた。
早く、学校に行くぞ? そんなことを言っているように聞こえた。
♢♢♢
校舎に入って外履きから内履きに履き替える時も、黒猫は紗玖乃の側にいた。
内履きを履いたことを確認すると猫は自分に付いて来るように紗玖乃を促す。
そのまま猫の後を付いて行く。
廊下を右に曲がると階段が見えてくる。促されるまま階段を上って行くとたどり着いた先は屋上の扉だった。
猫はこちらを振り返り、「にゃーにゃー」と鳴いている。
「ここを開けろってこと?」
紗玖乃は少し躊躇してから扉のノブに手をかけた。試しに右に回してみると、なんと扉が開いた。
(開いてる! 何で鍵かけてないの?)
驚きつつもそのまま扉を開けてみる。
屋上には誰もいないようだ。
黒猫が早く来いと紗玖乃を呼ぶ。
屋上の真ん中あたりまで紗玖乃が歩いて行くと、
『まさかあの光が見えていたとはな』
黒猫の口が動いた。はっきりと人の言葉が聞こえた。
「え?」
驚いて固まっている紗玖乃を気にすることもなく、黒猫はニヤリと口角を上げる。
すると猫の体が黒い霧のようなものに包まれた。
紗玖乃がそのまま目を見張っていると、霧の中から一人の青年が現れた。黒い髪に金色の瞳、上下は黒ずくめ。
ゴールデンウィーク前日に会ったあの青年だ。
「あなたは……」
「この姿で会うのは二回目だな。俺を覚えているだろう?」
青年の問い掛けに黙ってこくりと頷く。
「あなたは、一体誰なの?」
紗玖乃の質問に青年はさらに笑みを浮かべた。
そして背中からその髪の色と同じく六枚の黒い羽根を出してみせる。
「堕天使さ」
バサリと背中に生えた羽根を動かして、そんなことを口にする。
紗玖乃は呆然としたまま目の前の青年を凝視した。
「堕天使……?」
突然黒猫がしゃべったと思ったら人の姿になって、おまけに黒い羽根まで出してきた。
さらに自分のことを堕天使だと言うんだから。
自分は一体何を見せられているんだろう、というのが紗玖乃の正直な気持ちだ。
「いや、あの……信じるしかないんじゃない?」
そう返すと、目の前の堕天使だと名乗る青年はくっくっと喉を鳴らして笑う。
「話が早くて助かるな」
「どうして私を
「協力して欲しいからさ。俺の名はナハト。あんた、確かサクと呼ばれていたな?」
(私の名前知ってたんだ)
正式にはニックネームなので、本当の名前ではないけれど。
ナハトと名乗った青年はかまわずに話を続けた。
自分が人間たちの住む世界にやって来た経緯や猫に姿を変えて人助けをしている理由など。
紗玖乃は話を聞き終わっても、まだ信じられないという気持ちは不思議となかった。
目の前で普通ではあり得ない現象(猫がいきなり喋った後、人間の姿になる)を見たせいだと思う。
そして、ナハトは当然とでもいう態度で言い放った。
「サク、俺に協力してくれるな?」
「えっ? 協力?」
紗玖乃がすっとんきょうな声を出した時、ちょうど予鈴が鳴った。
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