第2話 黒猫②

 写真を撮ったり頭や背中を撫でたりして黒猫との時間を過ごした三人は急いで教室に戻った。

 自分の席に着いた瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。


 五時間目の授業は確か国語だったはず。

 紗玖乃さくのは急いで机の中から国語の教科書とノート、筆記用具を机の上に準備する。

 数分後に女性の教員が教室に入って来た。

 紗玖乃は心の中でどうか眠くなりませんように、と心の中で祈った。


 ♢♢♢


 授業の終わりを告げる予鈴が教室に鳴り響く。

 時計を見ると秒針は十五時三十分を指している。

 午後の最後の授業がようやく終わった。


 五時間目の国語の授業に続き六時間目の授業は歴史という組み合わせ。

 寝そうになるのを何とか我慢した自分を褒めたい気持ちになる。


 スクールバッグに筆記用具や教科書などを入れていると担任の教師が教室に入って来た。

 短いホームルームも終わり担任も教室を出ると、部室に向かおうとする子や友達同士で談笑する子達で辺りは賑やかだ。

 

 紗玖乃はスマホをバッグから取り出すと画像のアプリをタップした。

 昼休みに撮影した黒猫の写真を眺める。

 香織や李奈は何枚も撮っていたけれど、紗玖乃はこの一枚しか撮っていない。

 

 スマホの画面を眺めていると、香織に名前を呼ばれた。

 

 「じゃあ、また明日ね」


 手を振る彼女に対して紗玖乃も手を振る。

 香織は今日も用事があるらしい。

 

 今度は李奈がこちらにやって来た。


 「サク~、帰ろ?」


 「うん」

 

 紗玖乃はスクールバッグを肩にかけると、まだ賑やかな声が響く教室を李奈と一緒に出た。


 玄関に向かって歩いていた時、李奈が「あっ、木山くん!」と声を上げた。

 紗玖乃が顔を前に向けると、前方に一人の男子生徒が見える。

 李奈と同じ図書委員に所属している生徒だ。何度か彼女の口から木山の名前を聞いたことがある。

 木山は何やらスクールバッグの中に手を入れたり、制服のズボンのポケットの中にも手を入れている。何かを探しているようだ。


「木山くん、どうしたの?」


 李奈が声をかけると、彼は困った顔で答えた。


 「ああ、宮野さん。実は定期入れを失くして探してて……」


 「定期入れ?」


 紗玖乃と李奈が同時に呟くと、木山は力なく頷いた。

 

 「朝に電車を降りた時はあったから、たぶん校内のどこかで落としたんだと思うけど」


 「どんな感じの定期入れ?」


 李奈が再び尋ねると、


 「黒色の蛇柄のやつなんだけど」


 続けて「まだ一ヶ月分あったのに」とひとちた。


 「教室にはなかったの?」


 「自分の席の周りしか見てないかも」


 「それならもう一度教室を探した方がいいんじゃないかな?」


 紗玖乃がそう提案した時、前方から「にゃー」という鳴き声が聞こえた。

 三人が同じ方に顔を向けると、一匹の黒猫がこちらに駆け寄ってきた。口元に何か黒いものをくわえている。


 「あれ、これ?」


 紗玖乃がそう言うと木山も続けて、


 「これ、俺の定期入れ!」


 木山は驚きつつも嬉しそうに声を上げると、その場に屈んだ。

 猫から受け取った定期売れを確認する。


 「やっぱり俺のだ。見つかってよかったぁ」


 安堵の表情を浮かべる木山に、李奈が「よかったね」と声をかける。

 木山は頷いた後、顔を戻して猫にお礼を言いながら頭を優しくでた。

 猫は目を細めて大人しく撫でられている。


 木山が頭から手を話した瞬間、猫の体が淡い白い光に包まれた。

 

 (――!?)


 紗玖乃は驚いてすぐ隣にいる李奈と木山を見た。

 けれど、二人は気付いていないのか普通に会話をしている。


 「ねえ、李奈……」


 困惑したまま李奈に声をかけようとした時、黒猫の体から白い光がすっと消えた。

 黒猫はまるで何事もなかったかのように上目遣いでこちらを見上げている。


 「見つけてくれてありがとうね!」


 李奈も屈んで猫の頭を撫ではじめる。

 やがて手を離した李奈が紗玖乃を振り返った。


 「サク、どうしたの?」


 不思議そうに首を傾げる李奈に、紗玖乃は今見た光景を話そうかどうか迷っていた。

 

 (話したところで絶対信じてもらえないよね……)


 紗玖乃は適当に笑顔を作った。


 「何でもないよ。猫が定期咥えて来たからびっくりしただけ」


 「ああ、それは確かに」


 すると、話を聞いていた木山も同じように「俺も」と賛同する。


 紗玖乃はもう一度黒猫を見る。

 特に変わりはない。いたって普通の黒猫。


 (あの白い光、何だったんだろう……?)


 「にゃ~っ」


 紗玖乃の心の中の声に答えるように黒猫が鳴いた。

 猫はすくっと立つと背を向けて、来た廊下を戻って行ったのだった。

 

 

  

 


 



 

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