自分と違う人
「んなもん決まってんだろ。てめぇを殺して生き延びてやるよ」
「いいんだな、それで。人生は選択の連続だが、これがお前にとって最後の分岐になる」
「ふざけんな。ボスについてくって決めた時点で俺の選択は終わってんだよ。てめぇの勝手な考えを押し付けんじゃねぇッ!」
「……すまなかった。その通りだな」
両手の直刀を握り直し、慧は自らの精神を研ぎ澄ます。
阿久津の声の響きから彼の位置を特定した。脳内の図面に印を打つ。
「最後に、言っておく」
こんなのは望む展開ではない。
しかし、道端にあるモノまでは拾えない。
生きていくなら、目的を目指すなら、選ばなければならない。
何を守り、何を捨てるか。
選んだモノを守るための障害なら、乗り越える。
それができるよう、慧は強くなった。
「恨みたければ恨め。全部背負ってやる」
スッと、慧は敵の潜む部屋の前に姿を晒す。
予想通り敵はライフルの銃口を向けていた。
鋭敏化する視覚。銃口を、引き金を、指を捉える。
寸秒の戸惑い。慧の翡翠のように輝く片目に、敵の反応が鈍る。
疾走する視界。それでいて、水面を走るがごとく足音を殺す。
忍び足でありながら不可解な走力。
強烈な違和感。阿久津は当惑するが、本能のままに引き金を引く。
あろうことか、慧は至近距離で銃撃をかわした。
順手に持つ直刀を水平に。恐怖が滲む阿久津の瞳に、色のない刃が映る。
銃撃が止まった。
嘘のような静寂が室内を包む。
阿久津の指が引き金から離れた。ライフルが硬い床に落ち、乾いた音が反響する。
突き出した刃が、敵の胸元を貫通していた。
「がぁっ……!」
阿久津は口角から吐血しながらも、胸から刃を引き抜いた。傷口を手で押さえる。戸惑った様子で慧を見据える。
「てめぇ……んだよソレ。聞いてねぇよ」
次に彼が浮かべたのは、ぎこちない苦笑。
夥しい血で軌跡を描き後ずさる。阿久津は壁にもたれかかった。
「……敵わねぇな。てめぇの先輩面をしてたが、てめぇのほうがずっと上手だったわけだ」
「世話になったことは感謝している。ただ、道を違えただけだ」
「ろくな死に方はできねぇと思ってたけどよ、まさか、てめぇに
「俺を呼び出したのは始末するためだろ? 何故お前だけで来た」
荒い呼吸を繰り返す阿久津。深く息を吐き、頭を垂れた。
「なぁ、てめぇさっき選択がどうとかって言ったよな。俺だって、無関係な奴らを巻き込みたくはなかった。当たり前じゃねぇか。誰だって誰も殺したくねぇんだ。けどな、そうせざるを得ない状況ってやつがあんだよ。この腐った世界には、殺さなきゃ殺されるって状況がいくらでも転がってる」
「AMYサービスの気を引いて先手を打ちたかったんだろ? 他に方法はなかったのか。被害が大きすぎる」
「容易くアジトを潰すような連中が相手なんだぜ? 何人殺すとか計算してられるかよ」
もたれていた状態から、阿久津は座り込んだ。壁にペンキをぶちまけたような跡が残る。慧は息絶えようとしている彼を見下ろした。
阿久津は変わらず俯いている。憐れな姿だった。
「てめぇを殺すのも嫌だったんだ、俺は」
翡翠色の慧の右目が僅かに揺れる。
「そのわりには、妨害されないように陰気な場所に呼び出したようだが」
「これ以上犠牲を増やしたくなかったんだよ。関係ねぇ奴らの」
「なら殺害を断念すべきだった。俺なら殺せるとでも思ったんだろ?」
「否定はしねぇよ。千奈美と違って特別目立ってたわけでもねぇお前になら、待ち伏せさえすりゃあ負けねぇと考えてた。それが、千奈美と同じ異能に目覚めてて、ずっと隠してたなんてな」
喋り声に生気がない。もはや死んでいるも同然だった。男は自嘲するように乾いた笑い声をあげる。
「慧、俺は裏切ったてめぇが憎かった。俺と同じようにボスがいなけりゃくたばってたくせに、今さら正義だとか言い出すなんてな。けどな、すげぇって思ったよ。ボスの捨てた正義を、お前は一人で拾おうとしてるんだってな」
「そう思うなら、どうしてこんな方法を選んだ」
「わかってねぇな慧。誰もがお前のようにはなれねぇんだよ。欲しいもんが二つあっても両方を拾おうとすら考えられない俺たちは、そう簡単に変われやしねぇんだ」
五感を研ぎ澄ませた慧は、見逃さなかった。
いまにも息絶えようとしている男の右腕が、ズボンのポケットの内側で微かに動いたことを。
注視する。
ポケットから引き抜かれた彼の手が、慧が装着しているイヤホンマイクほどの小型機械を掴んでいた。
「わりぃが、ボスの邪魔になるてめぇを放っておくわけにはいかねぇ」
瞬間、阿久津の手にある機械の正体と彼の意図を確信した。
単身で待ち伏せたのは、自信があったからだけではない。周りに何もない元アジトを舞台にしたのは、欠片ほど残っていた彼の良心だ。
阿久津は勝つつもりだった。
それでいて、敗れた場合にも確実に相手を葬れるよう構えていた。
大型スーパーを襲撃した際に使用されたモノ。
彼の手にあるのは、作動させるスイッチだ。
――馬鹿がッ!
かつての同僚の愚かな選択。嘆き、慧は両手の刀を投げ捨てる。
一歩でも多く距離を取らなければ。彼は部屋の出口に踵を返す。
「じゃあな――」
別れの言葉。室内の空気が圧縮される。
可能な限り衝撃から逃れるため、慧は振り向きざまに跳躍した。
けれど、間に合わなかった。
両足が地面を離れ身体が浮いた状態で、辺り一帯が白光に包まれる。
視界を奪う鮮烈な光。皮膚を焦がす灼熱の熱風が吹き荒れる。
……その様相を、自爆に巻き込まれたはずの慧自身が見届けていた。
どういうわけか、彼は青色のジャケットを着た人物の腕のなかにいた。
状況の把握に思考が追いつかない。目の前の爆発が収まっていく過程を呆然と眺める。
床に伏せようと飛び込んだ慧は、爆発の間際に乱入した人物に抱きとめられていた。
薙刀を握る左手を慧の腰に、右手は彼の肩越しに爆心地へと伸びている。
手のひらの先で、淡い緑の燐光が盾のように広がっていた。
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