0/苦痛

「おい!!阿木里!!資料はまだか!!」

「すみません!!あと少しです!」

 いつもの様に上司の声がオフィス全体に響く。

 私は慌てながらも印刷されたばかりの資料をまとめ、ホチキスでとめていく。

「はぁ、はぁ......すみません、遅くなりました...」

「ったく、遅すぎる!こんな資料をまとめるのに1時間掛けて...もう新人じゃあないんだからさ、もう少し効率上げれないのか」

 私がまとめた資料100部分を袋に入れ、上司は私にお礼も言わないまま席を外した。

 周りからはヒソヒソ声で何かを話し始めるが、きっと私と上司の事だろう。最悪笑い出す人もいた。

 見て見ぬ振りをしている人達がこんなにも腹ただしく思ってしまう。

 確かに上司から頼まれたのは私だけ。

 生きにくい性格をしているのは自覚している。けれど……


「出勤してすぐに、一人で、100部は、無理でしょ!」

 お昼ご飯を食べながら溜まった愚痴を外に出す。

「その部長さん人使い荒いって噂だったけど、本当だったんだ」

 違う部署で仲の良い同期の子とお昼がてら愚痴も聞いてもらっていた。

 同じ部署でも仲の良い子はいるけれど、その子が他の人に話してしまうのではと心配で……お昼は外の公園で違う部署の人と取ることにしている。

「別に印刷は良いんだよ?でも、昨日印刷し忘れたのを私に押し付けて、時間ギリギリまで何もしなかった上司が平然としているのが許せない!」

 思い出す度に腹が立って仕方がない。仕事に戻るのが憂鬱になる。

「叶絵もさ、誰か一緒に手伝ってって誰かに声を掛ければ良かったんじゃない?」

「それもそうなんだけど、手伝わされているのを見られると上司に何か言われそうで……」

「とりあえず、食事くらいは楽しく食べようよ、ね?」と言い、スマホでオススメの動画を見せてくれた。


 すっきりした訳では無いが、だいぶ楽にはなった。

 ……明日はお礼に何か甘いものでもご馳走しよう。


 お昼を済ませ職場に戻ると、私を待っていたのは大量の資料の山だった。

(残業確定かな……)

 周りの人達は自分の仕事だけで午後を終え、帰り仕度を始めている人もちらほら現れた。

 昼間に言われたアドバイスを思い出し、隣にいた女の子に話しかける。

「あ、あの!少し、手伝ってくれませんか?」

「あ、ご、ごめんなさい……今日用事があるから」と申し訳ない顔をされた。

 すぐさまもう隣の人に声を掛けようとすると、逃げるかのように足早に帰って行った。

「……」

 私も先に自分の仕事を終わらせたけど、この誰の仕事か分からない物も私が処理しなければならないのか?

(おかしい)

 流石に不服に思い、上司に問いかけた。

「あの、私のデスクに置いてある誰の仕事か分からない物が混ざっていたのですが……」

「はぁ?自分のデスクに置いてあるなら、お前の仕事だろ」

「私の仕事は午前中に置いてあった物だけです。昼食を終えた後に何故か増えていたんです」

「あのさ、途中で仕事が増えるのは当たり前。決められた仕事しか出来ないのか?お前は。みーんな自分の仕事以外に他の仕事もしているわけ。お前だけ自分の仕事だけをして帰れると思っているのか?……いいから残っている仕事を片付けろ。残業は好きなだけして良いが、給料は出ないからな?じゃあ、俺は帰る」

 そう自分の言いたい事だけを言い終えた上司はさっさと帰って行った。

 周りで見ていた人達も何事も無かった様に仕事をし始め、そして次々と退社していった。


 時計の針の音が聞こえてくる頃には、オフィス内は私だけになっていた。

 キーボードを打つ音と時計の針の音だけが響く。

「何してんだろ、私……」

 急に虚しくなり、泣きそうになる。

 でも、負けたく無かった。

 ここで泣いても仕事は終わらないし、あんな奴に泣かされるなんて真っ平御免だ。

 私は鼻水を啜りながら、残っていた仕事を気合いで乗り切った。


 定時から2時間過ぎてやっと退社。

 足取りが重い。酔っているわけでも無いのに何故かふらふらしている。

 このままでは家に帰れそうに無い。

 途中でタクシーを捕まえて、自宅へ帰る事にした。

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