王女シェークリーテの結婚

真木ハヌイ

1 はじまり

 むかし、むかし、ある国にシェークリーテという大変美しいお姫様がいました。

 あまりに美しいので、たくさんの国の王子様から結婚を申し込まれるほどでした。

 しかし、当のお姫様はというと――


「お待ちください、姫様! シェークリーテ様!」


 ここは深い森の中。


 あわてふためく召使の少女の声が聞こえます。


「そんなに森の奥へ向かっては、みなとはぐれてしまいます。お戻りくださいませ!」


 召使の少女は、そう叫んで、必死に一人の女の子、つまりはお姫様を追いかけています。つややかにきらめく黒く長い髪に、夜空のような深い紺色の瞳の、それはもう大変な美しさのお姫様です。


 しかし、お姫様なのに、今はドレスを身につけておらず、ぴっちりとした乗馬服を着ています。さらに、お姫様らしくないくらいに、ものすごい速さで走っています。


「そんなの知るもんですか。もう私は城になんか戻らないんだから!」


 お姫様は走りながら、怒ったように叫びます。「ああ、そんなことおっしゃらないで!」召使の少女はぜいぜい息を吐きながら、お姫様を追いかけます。


「今頃は騎士や勢子達が、姫様を探し回っているはずです。帰りましょう、姫様。王様もきっととても心配なさっておいでのはずですよ」


 青い顔で召使の少女はお姫様に訴えます。


 勢子、というのは、王様やお姫様達の狩りの手伝いをするのが仕事の召使のことです。


 どうやら、お姫様はその狩りの最中に抜け出してきたようです。王様とケンカでもしたのでしょうか。


「お父様が私を心配? そんなことあるわけないわ。絶対に!」


 と、ますます怒ったように叫ぶお姫様。走るスピードがまたぐんと上がります。召使の少女も、ますます青い顔に。


 と、そのとき――、


「あ、見て、あれを!」


 お姫様が何か見つけたようです。急に足を止め、空を見上げます。


 その見ている先にあるのは、金色のうろこの――竜。


 そう、なんと大きな竜が空を飛んでいたのです。


「ああ、なんておそろしい!」


 召使の少女はその竜の飛ぶ姿に、たちまち震え上がりました。


「姫様、私は聞いたことがございます。この森の奥には人を食べるおそろしい竜がいると。きっと、あれでございますよ」

「人を食べる竜? あれが?」


 その話にぎょっとしてもう一度空を見上げるお姫様。やはりそこには竜の姿があります。人を食べるというだけに、とても鋭い牙と爪をもっているようです。ああ、おそろしい。


 しかし、お姫様は竜を見てもあまり怖い気持ちになりませんでした。というのも、その空を飛ぶ姿はとてものんびりで楽しげで、その金色のうろこは太陽の光を反射して、きらきらと、とてもきれいに輝いていたからです。


「あんなに美しい竜が、本当に人を食べるのかしら?」


 お姫様は、うっとりと竜を見上げました。


 そして、もっと近くでそれを見てみたいと思いました。


 と、そのとき、竜が空中でくるりと向きを変えました。どこかへ降りる様子です。


「私、あの竜のところへ行ってみるわ」


 お姫様はもう我慢できません。再び駆け出します。


「お、お待ちください。それは大変危のうございます!」

「だいじょうぶよ。竜に見つからないように、少しはなれたところから見るだけだから!」


 そう言うと、お姫様は召使の少女をその場に残したまま、一人で森の奥へ、竜のもとへと走りました。

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