21杯目 その戦いの果てに、私は――、
勇者召喚暦二〇二〇年・六月二十六日・パラケルスス・天気:雨
失敗した、失敗した、失敗した……。
本当なら、森の深部ではなく外縁部に誘き出して戦うはずだったのに……。
走りながら自身の失態に小さく舌打ちした直後、肩先を掠めるヤツの鉤爪。
横をすり抜けていくその姿に、歯嚙みしながら手にしたリュートを鳴らし、反響定位で索敵。捉えたときには遙か後方の樹上。
先ほどから似たようなことの繰り返しです……。
流石は夜の王の眷属、蝙蝠たちの主、魔獣ムルシエラゴ。
でも、諦めませんよ……絶対に!
再びリュートを奏でると、音がこちらに向かってくるヤツを捉えます。
三……二……一、今! しかし、絶好のタイミングで振り抜いたはずの片手剣は、虚しく宙を切ります……どうして?!
愕然としつつも急いでリュートの弦を弾き、ヤツを探すと――、
――真上?! さっきまで正面にいたはずなのに!?
咄嗟に横へ跳び地面を転がると、小馬鹿にしたようにこちらを見やり再び森の闇に溶けて消えるヤツの姿が……クソッ!
思わず普段使わないような悪態を吐きますが、事態が好転するはずもなく……。
そうして数時間後。
ようやく森の外縁部に辿り着いたときには心も体もボロボロで……。
朦朧とする意識の中、ただただ悔しさだけが募ります。結局、討伐するなんて無理だった……。ヤツに一矢報いることすら叶わなかった……クソッ! クソッ!
腹立たしくて、情けなくて涙を浮かべていると、歪んだ視界の先にあり得ないはずの人影が……。あぁ、ついに幻覚まで……もしかしてこれが走馬灯ですか?
ノンネ、グラディ、シエール……ごめんなさい。先に皆のところへ行きますね。
朧気に見えた仲間たちに謝ったそのとき、私の横を駆け抜ける雷光!
直後、後方から響く爆音と獣の怒り狂ったような叫声!
それらに驚き倒れそうになった瞬間、そっと誰かに抱き支えられます。
あり得ないと思い震えながら見上げると、
「まったく、お前は相変わらず無茶をしすぎだ、シオーネ」
そんな言葉とともに優しげな視線を向けられます。
短く刈り上げた茶色の髪に、精悍な顔つきの青年。私をしっかり支える腕は右の一本のみ……。嘘です……どうしてグラディがここにいるんですか?
困惑しながら呟くと、
「彼だけじゃないんだけどね? まったくボクをこんなところに運ぶなんて、酷い話もあったものさ」
赤い髪を風に揺らし車椅子に座って不満げに肩を竦める少女、シエールの姿が。
そして、その後ろではノンネがどこか困ったように微笑んでいました。
混乱する私に、まだ終わってないぞ! と一喝するグラディ。
彼に支えられながら振り返ると、唸りながらこちらを睨む魔獣ムルシエラゴと目が合います……。
そうですね……決着を付けましょうか……。
実は一人だと使えなかったとっておきの技があるんですよ……。
全員、耳を塞いでおいてくださいね? そう言って手にしたリュートへありったけのマナを込めます……。
リュートに使用した魔物の素材は竜のそれ……いきますよ、魔獣ムルシエラゴ!
響け! ドラゴンハウル! 私は音でぶん殴る!
叫び、十五本の弦を一気に弾いた瞬間、放たれる天を裂くような轟音と同時に砕け散るリュート……。
数秒後、森に反響していた音が消えると、宿敵である魔獣は口から泡を吐き、耳からは血を流し、白目を剥いて絶命していました……。
その姿を確認すると、安心したせいか急速に遠のいていく私の意識……。
仲間たちがなにか慌てていますが、もうよく分かりませんねぇ……。
はぁ……これがもし夢ならどうか醒めないで……。
今夜のお酒
なし
連続禁酒日数:二日目
最大連続飲酒日数:二十日
仇を……討ちましたよ……。
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