11杯目 その吟遊詩人が奏でるは……
勇者召喚暦二〇二〇年・六月十六日・サラマンダー:晴れ
イェーイ! 今宵もやっぱり飲んでるシオーネさんですよぉ~!
今日もですね、お仕事を頑張ったんですよ! 大工の親方のお手伝いを!
結果、面倒な作業は八割方終わり、あとは細々とした作業を残すのみ! なので、完成の前祝いとして、ばっちり奢ってもらっています! ヒュ~♪
さて、割とご機嫌なので景気よく演奏といきたいんですが……昨日の吟遊詩人がなぜかまたいるんですよねぇ……。
う~ん……どうしましょう? 吟遊詩人同士で共演することもありますが、基本的に演奏する場所って早い者勝ちなんですよね。
あとから来たほうは別の所を探すか、前の演奏者が立ち去るのを待つか、が暗黙の了解というか不文律というか……。
はぁ~、無理に割って入って揉めるのも面倒ですし、大人しく待ちますか……。知り合いでもない相手と共演というのも厳しいですからね……。
む……お酒がなくなりました。給仕のお姉さん! お酒とおつまみ追加で!
しばらくの間ちびちび飲みつつ待っていると、
「さて、今宵の最後は王都で数年前に流行った懐かしき歌を。聞けば、主人公たちはこの街の出だとか……では、お聴きください。題は七人の冒険者たち」
予想もしていなかった演奏が始まり、思わず手から木杯が転げ落ちます。
周囲へこぼれるお酒に、給仕のお姉さんが慌てた様子で駆け寄ってきますが、正直それどころではありません……。
歌われているのは、間違いなくネブリナさんに以前聴かせた七人のことで……。
彼らが貧しい村のために無償で魔物と戦い、住民を救った小さな小さな英雄譚。
駆け出しの新米冒険者には荷が重い依頼。けれど、諦めなかった、挫けなかった、自分たちが倒れれば、大切なものを失う人たちがいると知っていたから……。
数分後、演奏が終わると沸き起こる拍手。
それに応えるように満足げな笑みを浮かべ手を振る吟遊詩人。
呆然とその様子を見つめる私に、シオーネさん? 大丈夫ですか? 今日はもう飲まないほうがいいんじゃないですか? と気遣ってくれる給仕のお姉さん。
いえ、平気です……それよりあの男性の吟遊詩人はいつから酒場に? あとどこから流れてきた人なんですか?
お姉さんの心配をよそに尋ねると、数日前から周辺の酒場に出入りしていることと、ナルベタの街から来たらしいことを教えてくれます。
ナベルタ……ここポサダの街から西に数十キロ進んだ場所にある貿易都市でしたっけ。確か、今は勇者だか聖女が滞在しているという噂の……。
元の街に留まったほうが稼げたでしょうに……。
どうしてわざわざポサダの街に? 加えて、あんな今更珍しくもない内容の詩を好き好んで演奏する意味が分かりません。
主人公たちの出身地がこの街だということを抜きにしてもです……。
そうして悩み考え込んでいると、例の吟遊詩人はいつの間にか店からいなくなっていました。
はぁ~、場所は空きましたけど、なんだかもう演奏する気にはなれませんね。
お姉さん、お酒とおつまみの追加をお願いします。
大丈夫! 平気ですって! さっきはちょっとアレだっただけです……。
まったく、飲まなきゃやってられないっていうんですよ……。
今夜のお酒
ユウヒ オフ(麦酒)(度数3度以上4度未満):一杯
キックスイの純米酒(度数15):二本と少々
おつまみ
青菜の炒め物、揚げ出し豆腐、揚げ餃子、サラダ、ご飯
連続飲酒日数:十二日目
あの吟遊詩人には早めにどこかへ消えてもらいたいですね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます