世渡り上手のセリカさん
聖火
プロローグ
かつて『記録者』と呼ばれ名を馳せた彼女は、今となってはもうただの神様だ。
世界を渡り、時を超え、空間を捻じ曲げる、ただの神様。
こんな風に言うと、ただの、という言葉をくっ付けるのはおかしい、と意見する者もいた。
でも少なくとも、俺の中ではただの神様なのだ。
それに神様って、世界を渡ったり、時を超えたり、空間を捻じ曲げたりするだろ?
じゃあやっぱり、ただの神様だ。
いやぁやっぱり、ただのニートと言った方が的を射ているかもしれないな。
「ぬぅ……なかなか酷いことを言うじゃあないか、
俺にとってのただの神様、もといニートであるセリカは、心を読んだかのようにジト目で唸る。
実際、心はしっかりと読まれていたようだ。
「ついに佑までもが『記録者』である私のことをニートと呼称するようになってしまったか」
美しい苦悶の表情を浮かべるセリカは、いつも通りどこか楽しそうだった。
「だってニートだろう。月一しか仕事しないし、なんならその仕事も前よりできなくなってるし」
「好きでこんな風になったんじゃないわい! 少しは気を遣え、バカ佑」
「食っちゃ寝し放題やりたい放題、ゲーム三昧のニートに気を遣えと? 笑わせるなよ、金を稼いでるのは俺だ。俺が上、セリカは下、だ。オーケー?」
神様を相手にこんな軽口を叩けるくらいには仲もいいし、それなりに長く生を共にしている。
「佑、そんなこと言ってると怒っちゃうぞ? ほれほれぇ」
怒っちゃうぞ、と言いながら何もしない——訳でもないようだ。
赤く艶やかな唇の端を上げ、ぬっと真白の指先を突き出し、次にはくるくると回す。
そこから放たれたのは無数の衝撃波。
飄々と避ける俺に対して必死に避ける神様という、なんともシュールな絵面になった。
「なんで……私まで動かにゃならんのだ……」
物が散乱した部屋で、ぜえぜえと背中を揺らすセリカ。
当たり前だろうとか、馬鹿だなとか、そういうことは言わなかった。
これ以上はさすがに怖い。
とそこで、ドアがガチャリと開き、メイド服の少女が姿を見せる。
「紅茶を入れてまいりました。……何ですかこの荒れ具合」
「おおアイリスか、聞いてくれよぉ。このバカ佑が私のことをニートとか格下だとか言うんだ……慰めてくれよぉ」
セリカに駆け寄られるアイリス。
抱きつかれる前に、持っているトレイを慌てて頭上に上げながら一言。
「近づかないでくださいマスター。ニートが移って格下になってしまいます」
「なるか‼ 二人して酷いじゃないか、私は神だぞ⁉ 横暴だ‼」
これが俺らの日常。
齢五百のくせして、ちっこい間抜けな神様と。
まだ十六歳の黒髪ロングのメイドさん。
そして俺、かつて夜を統べったヴァンパイア。
「じゃあいいよ、もうニートは終わりにするよ」
「もうあれから一ヶ月経ったのか。早いな」
「そうですね。もう前回みたいなのは御免ですよマスター」
「いいじゃないか、死ぬわけでもなかろう。じゃあ次はここがいいな」
ちなみに前回、俺は死にかけた。
主に太陽に殺されそうになったのだが、それはまた別の話。
「よし、『記録者』の力見せたる!」
「は? 今から⁉ 準備とかしないのかよ⁉」
「今回は早く帰ってきてくださいね。あと面倒事はここまで持ち込まないでください」
「わかったよアイリス、なる早で帰る。ゲート!」
腕を前に突き出し、もう片方で俺を引くセリカの言葉に呼応して部屋が歪む。
出現したのは何度見ても不気味な異空間への入り口だった。
それから漏れる風に、セリカの白金の長髪が激しく揺れる。
「さあ行こう、佑! 新しい世界、せいぜい楽しもうじゃないか!」
セリカ曰く『記録者』の仕事は三つ。
その一、世界を記すこと。
その二、なるだけ助けること。
その三、全力で楽しむこと。
……後半二つは絶対にセリカが勝手に言ってるだけだ。
そんなことを思いながら、俺は漆黒のゲートに飛び込んだ。
世渡り上手のセリカさん 聖火 @SeinaruHi
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