四騎士の創り変えた世界

杞優 橙佳

第1話 白と赤

 物語はオートラスのスラム街に始まる。

 主人公はアシュリー・ザ・ホワイトソン。20歳。


 彼の抱えている問題は、マジックポイントがゼロで固定化されてしまうことだ。


 黒騎士の生み出す食べ物を食べてもマジックポイントが回復しない。食べないわけにもいかないので、彼の食事は安価でカロリーの取れるチーズ砂糖トーストばかり。マジックポイントがゼロなので、アシュリーはトーストを買うために、働いてマジックカプセルを手に入れなければならない。


 基本的にカプセルレスが進んだ今の社会。給与をマジックカプセルで支給する職場は、皮革職人や仕立て屋、ブリキ職人といった地位の低い職業が多かった。

 アシュリーも仕立て屋ギルドに所属して、親方の側で衣服を裁縫したり縫い直す技術を学んでいる。

 激務の割に薄給で、期限も短い仕事が多い。アシュリーは我慢に我慢を重ねて、明日の食事のために、マジックカプセルをもらうために働いた。


 1年に1度の楽しみは、青騎士のリジェネレーションを受けることだ。不思議なことにリジェネレーションを受けると、頭の中で渦巻いている億劫さや疲労感がスッキリと解消されて、爽快な気分になる。頭の中の老廃物がなくなっているのだろう。 


 この日は待ちに待ったリジェネレーションの日。

 アシュリーは節約、貯蓄したマジックカプセルを袋に詰めて、青騎士の城に向かった。

 リジェネレーション待ちの長蛇の列が城の外まで続いていた。


「ひゃあ、相変わらず列が長いな」


 アシュリーは薄汚いコートを着て、つばの禿げた黒い中折れ帽をおさえながら辟易した。

 マジックポイントをライフポイントに変換する能力は乗馬と同じで、一度できるようになれば二度と忘れることはない。しかし稀にこれができない人がいたり、できるのだがマジックポイントをライフに効率よく変換できず、1000ライフ回復させるのに20000マジックポイントかかってしまうような人がいる。不器用な人たちだ。青騎士のリジェネレーションはそんな不器用な人達を助ける。12500マジックポイントで1000ライフポイントを回復させてくれるからだ。


「このなかでオデと同じ症状の人はどれくらいいるのかねえ」


 アシュリーが苦笑いをすると、いきなり前に貴族然とした若者が割り込んできた。


「ええ? オデが並んでたんですけど!?」

「すまないね。マジックポイントを2000払うから許してくれたまえ。何分時間がないのだ」


 貴族の男はアシュリーに手のひらをかざした。太陽の光のような温かさがアシュリーに注がれる。もちろんアシュリーのマジックポイントはピクリともしなかったが、貴族の男はアシュリーを完全に見下していた。


「これでいいだろう?」


 貧乏人、と付け加えたがっているような顔。


「すんません、オデはマジックポイントがゼロになっちゃう病気で」

「はっはっは。それは哀れだな。私はつい最近、1億ポイントを突破したところでね。もう寿命にも生活にも苦労することがない。君たちが寿命を伸ばすために使っているリジェネレーションも、私にとっては安価なリラクゼーションなのだよ」

「それは良かったですね」


 アシュリーには遠い世界の話だ。

 世の中には自分のように、生きるのが精一杯の人もいれば、この貴族のように何の苦しみもなく人生を謳歌している人もいる。


――オデも1億パワーあれば、辛い仕事をやめられるんだけどな。


 アシュリーは仕立て屋の仕事を思い出して泣けてきた。目的も告げられず作業を指示され、期日までに終わらなければ殴られる。黒い中折れ帽を被っているのはゲンコツでできたタンコブを隠すためだと言ったら、この貴族は笑うだろう。


 アシュリーは貴族から漂うバラの香りをかいでいるうちに、どんどん惨めさが大きくなっていった。アシュリーの給料は月1000マジックポイント。チーズ砂糖トーストは5マジックポイント。一方バラの香水は2000マジックポイントもする。

 

――ここにいるだけでオデは惨めになっちゃうなあ。


 アシュリーが列を離れようか考えていると、前の貴族が騒ぎ出した。


「ない! 私のマジックポイントがない! ゼロになっている!」

「ええ?!」

「お前がやったのか!?」


 貴族は目を吊り上げてアシュリーの襟を掴み、いきなり殴りかかった。


「答えろ貧乏人! 俺のマジックポイントをどこにやった! 答えなければ……殺すぞ」


――こういうときに人間の本性が出るんだな。


 鼻血を垂らしながら、アシュリーはこの醜い大富豪を憐れみの目で見ていた。この貴族はこのあと底辺の生活に苦しむことになるだろう。もともと何も持っていないアシュリーにとってみれば普通の生活だが、薄汚いコートを着続けることも、毎日3食チーズ砂糖トーストを食べることもこの貴族はできないはずだ。


「オデは何も知らないよ。始めから1ポイントも持ってなかったんじゃないの」


 まわりの人々がどっと笑った。


「貴様、殺す!」


 貴族は顔を真赤にして再度殴りかかった。アシュリーの頬に貴族の細い拳がめり込む。今日まで人を殴ったことなどない美しい拳だ。自分は手を汚さず、他者から富を搾取して懐を肥やしていたのだろう。アシュリーは体制を崩して地面に倒れ、腫れる頬を触りながら唇を噛んだ。


――なんでオデが殴られなきゃならない? これはいわれのない恨みじゃないか。


 相手が殴ってきたんだからこっちも殴っていいよな?という思いがフツフツと浮かんでくる。これまで人を殴ったことなどなかったが、この貴族の頭をかち割れたらどんなに気持ちがよいだろう。頭に血が上るというのはこういう感覚なのだろう。


「待ちなさい」


 アシュリーが貴族を殴り飛ばそうと立ち上がった時、一人の女性がアシュリーと貴族の間に割り込んできた。金色の髪に翡翠色の瞳。丈の短い黒い修道服に、大きく開いた胸元。緑色のジュエリが谷間に輝いている。修道士とは思えないだらしない姿だ。しかし彼女の言葉は、多くのシスターの言葉と同じかそれ以上に、アシュリーを救った。


「あなたは貴族でしょう。貧しい人に手を挙げるとは何事ですか。マジックポイントが足りないのなら私がわけてあげます。しかし貴族であるあなたよりも、もっとマジックポイントが必要な人のいることを忘れないでください。本来はあなたのように恵まれた人に、何も与える義理などないのです。優しさを他者に分け与えられないクズは、消えてしまいなさい」


 貴族は舌打ちをしてその場を去った。多少のマジックポイントが補充されていたのだろう。だが貴族は列を抜けると畜生と叫び、道脇の木を何度も蹴り飛ばした。気が済んだかと思うと、木に爪を食い込ませ、ぐううとうめき声をあげながら座り込んだ。


「どうして私はライフポイントに変えなかったんだ、クソッ」


 肩を丸めた貴族が逆に哀れに感じられてきた。


――1億の貯蓄が一瞬で無くなったら、ああなるかもしれんなあ。この貴族なりに一生かけてためてたものだろうし。プライドの源泉でもあったろうからな。それにしても。


「あんたいい人だな―」


 アシュリーは黒い修道士に握手を求めた。修道士は雪のように白い手をアシュリーに差し出した。

 

「いえ。私はやるべきことをしただけです。私はヴァレンタイン・オーフレイム。あなたはマジックポイントをゼロにする病気と伺いました。興味深い、ぜひ一緒に生活をさせてもらえませんか?」

「オデと?」


 突如降って湧いたチャンスだった。

 

「いやでも、オデの家なんて居心地悪いし、修道士の女の子と一緒に住むなんて」

「いいのよ。さあ、リジェネレーションの順番ですよ。ねえ、あなたには力がある。私に10000マジックポイント寄付させてもらえないかしら」

「ええ!?」


 アシュリーはさすがに両手をぶんと振った。


「そんな魔力はもらえない! オデが1年働いた給料だ」

「いいのよ。あなたは、私が探し求めていた『ゼロのもの』かもしれないのだから」


 ヴァレンタインはアシュリーの手をギュッと握る。

 アシュリーがこれまで記憶にないほど、熱い手だった。

 リジェネレーションを終えた二人はアシュリーの家に向かって歩いた。


「あなたも知っている通り、この世界には強大な力を持つ4騎士がいるわ。

 世界を戦争から守る赤騎士。

 ――誰よりも強大な力で敵を殲滅する姿はまさに戦場の流血。

 世界を病気から守る青騎士。

 ――治癒魔法で数多の奇跡を起こしてきた現代の聖母。

 世界を飢餓から守る黒騎士。

 ――秤によって調節された肥料が大地をたちまち豊穣にする現代の大地母神。

 世界から個人を守る白騎士。

 ――木や石を家に作り変え、人々にプライバシーを与えた自由の代弁者」

「さすが修道士さんだ。オデは世界のことは詳しくないから」

「それも4騎士の策略なのよ」


 ヴァレンタインは十字を切った。


「私達は昔、自分自身に与えられたマジックポイントとライフポイントの中で慎ましく暮らしていた。死を受け入れて。それが今はどうかしら。人は動物を狩り、森林を切り崩し、山を掘って鉱石を手に入れて。大地が蓄えてきたマジックポイントを切り崩しながら豊かになってきた。そうしてさっきの貴族みたいにマジックポイントを溜め込むものも出てきたわ」

「あれだけマジックポイントがあったら、死ぬこともないから安心だったろうなあ。オデもそれくらいマジックポイントがほしいよ」

「本当にそうかしら。人は最後に死を迎えるから、いまを必死に生きるのではなくて? 死を超越してしまったら……死を忘れてしまったら、快楽に身を任せるだけの動物に成り下がるのでは?」

「オデも死ぬのは怖いよ。でもこれが良い生き方だとは思えないよ。必死に働いて、ケチンボになってマジックカプセルをためても、ぜんぜん寿命が維持できないんだ。今年はヴァレンタインさんのおかげで維持できたけど、普段は1年働いて100もライフポイントを回復できたら儲けものだよ」

「アシュリー」


 ヴァレンタインは覚えたての名前をたどたどしく呼んだ。


「私はあなたの生き方こそが人の生き方だと思ってるわ。必死に働いても節約しても、死からは逃れられない」

「オデはやだよ。それじゃあ何のために生きてるかわからないじゃないか」

「そうね。けれどあなたはさっきの貴族に不満を感じたでしょう? 傲慢な態度を不快に思ったでしょう? あなたが生きてきた苦しみと節制の人生が、あなたの心に善を生んだのよ」

「さすが修道士さまだ。難しいこと知ってるな」

「そんなことないわよ。私、落ちこぼれだし。実際こんな露出の高い修道士はいないでしょ?」


 ヴァレンタインは短いスカートをはためかせながら、くるりと一周回った。


「でも落ちこぼれだからこそ見える真実もあるっていうか。あなたにも似たような素養を感じたの。あ、ごめんね。あなたが落ちこぼれって言ってるわけじゃないんだけど、その、シャカイのルールを疑って見る視線というか。そういう力を持ってると感じたのよ」

「オデにそんな力あるのかな」

「あるわよ。それにあなたは『ゼロのもの』かもしれないし」

「自分のマジックポイントがゼロに固定されるって意味だったらそうかもしれないな」

「『ゼロのもの』っていうのはね。自分のマジックポイントだけじゃなくて、他の人のマジックポイントまでゼロにする力を持った人よ。さっきの貴族みたいに……しっ」


 ヴァレンタインが指を唇にあてた。

 目の前からきらびやかな衣装に身を包んだ女性が歩いてくる。


「あら、取り込み中ごめんなさい。あなたアシュリーよね?」


 女性は赤いアイシャドウの塗られた瞳をパチパチさせた。


「さっき、お家に失礼しちゃった。綺麗にしているのね、意外だったわ」

「オデの部屋に勝手に入った?」


 アシュリーとヴァレンタインは眉間にシワを寄せた。


「ええ。このあたり、土地が狭いでしょう? おかげで家畜を飼う小屋がないから、あなたの家を使えないかと思ったのよ。広さは合格だから、いくらかで小屋を買い取るわ。10000? 20000?」

「人の家に勝手に入って、家畜小屋にするって? 失礼じゃないか。そんなの売るわけない」

「ええ? それは困るわよ。家畜の寝床がないじゃない。あなたの家を購入できると思ってここに引っ越してきたのよ。断られると困るわ」

「ふ、ふざけるな。オデだってこの土地に愛着をもってるんだ。売れと言われたって売れないよ」

「どうしても、だめかしら? 子どもたちが悲しむわ」


 女の言い分にヴァレンタインはため息をついた。


「私たちはもう、やさしさを分配するに値しない相手にはとことんまで冷たくし、それによって自分の利益を最大化することに、ためらいを感じなくなっているのね」

「あら。それどういう意味かしら? 私が自分勝手って言ってる?」


 女がヴァレンタインに真顔で近づいていく隣で、アシュリーは拳を強く握りしめた。


「オデは! オデはあんたのことがあまり好きじゃない。でもこれから友だちになったら、好きになれるかもしれない。それから家を譲るかどうか考えてもいいか?」

「それじゃ遅いって言ってるのよ」


 アシュリーの差し出した手を、女ははたいた。アシュリーは視線を落とし、それから憤怒に満ちた目で相手を見た。その瞬間だ。


「あら? あらあらららら?! 私のマジックポイントがない!」


 女が体中をまさぐりはじめた。体の外にあるはずがないマジックポイントを探している。


「どおして! あなたが、あなたがやったんでしょう! 返して、私のマジックポイント」


 女はその場に座り込んで立ち上がらなくなった。

 富豪故に、今後の人生のことなど何一つ不安はなかったのだろう。彼女は、マジックポイントがゼロになったことで、自分の今後の人生と向き合うことを余儀なくされた。その重圧が彼女をここから一歩たりとも立ち上がれなくしていた。


「オデが、やった?」

「アシュリー。私の家に行きましょう」


 ヴァレンタインはアシュリーの手を引き、東に向かって走り出した。

 森を抜け、ダウンタウンを抜け、ずっと東へ。そこには聖職者の街、レクタリアがある。

 中心には赤騎士の住むレクタリアの塔が怪しくそびえる。

 ヴァレンタインの家はレクタリアの西の端にあった。


 物のあまりない部屋に、大きなベッドがひとつ置かれていた。


「アシュリー。あなたはやはり『ゼロのもの』です」

「オデが……」

「そう。あなたが二人の貴族のマジックポイントをゼロにした。世の中にあふれるマジックポイントをゼロに戻せという神のお告げなのでしょう」

「そうか、オデにはそんな力が。マジックポイントを持ってるやつが偉いって世界はおかしいと思ってたんだ」

「ええ、そうよ。4騎士の作り変えた世界は間違っている」


 ヴァレンタインはベッドに修道服を脱ぎ捨てて、薄手のシャツに着替えた。


「人々はもうずっと前から、この世界は4騎士が創り上げたものだと考えてきた。けれどなんてことはない。4騎士だって最初はただの人だったのよ。知っているかしら。

 赤騎士はマジックポイントを奪う能力を身に着け、東からやってくる敵や国中の罪人を倒して膨大な力を得た。

 青騎士は他人のライフポイントを回復させる能力を身に着け、多くの人の命を救って対価として膨大な力を得た。

 黒騎士はマジックポイントを回復させる作物を生み出し、すべての作物を置き換えて対価として膨大な力を得た。

 白騎士は住宅を安価なマジックポイントで貸し出すシステムを作り上げ、すべての借家ギルドを駆逐して対価として膨大な力を得た。

 彼らはマジックポイントを蓄えて、永遠の命を得て、着実にマジックポイントを積み上げていった。時間という力が、いつしか多くの人々を超越する力を彼らに与え、誰も彼らに逆らえなくなった。それがいまなのよ」

「知らなかった。4騎士は神様の使いだと思ってた」

「それは4騎士が作り出した幻想よ。例えば100年前についた嘘を、誰が今日嘘と断定できる? 4騎士は長い時間をかけて自分の嘘を正当化してきた。彼らは時間を利用して、権力を溜め込み、結果として神となったのよ」


 ヴァレンタインは机の上のバイブルを地面に投げ捨てた。


「けれどようやく、一矢報いるときがきた。『ゼロのもの』あなたは神が世界に遣わせた破産管財人よ」

「オデが」

「ええ。さあ、私と一緒に行きましょう。世界を人の手に取り返すために」


 ――オデはヴァレンタインの手を取った。これ以降、何人もの貪欲な貴族たちと出会い、彼らのマジックポイントをゼロにした。貴族の周りには必ず多くの民衆がいて、民衆は貴族が頭を垂れて悔しがる様を笑い、欲望に執着した結果だと蔑んだ。いつしかオデは民衆のシンボルになって、名のある貴族を次々と破産させていった。


 マジックポイントを全部ライフポイントに変換する賢い貴族もいたが、大半の貴族はマジックポイントにこだわりがあるらしく、残高がゼロになる瞬間まで、ゼロになるなどありえないと希望を抱いていた。彼らは何にでも変えられるマジックポイントという値が、命よりも大事だったのだろう。


 なんでもかんでも手に入れたいという欲望は、罪深い。オデみたいに今を生きるだけで精一杯の人間は、命の大切さがわかる。けれど貴族には命の大切さがわからなかった。ヴァレンタインの言う、善の心がないのかもしれない。オデにはよくわからないけど。


 貴族との戦いは長いこと続いた。貴族側も徒党を組んで、オデを止めようとしたけど、民衆はいつもオデの味方だったから、貴族たちをいつも返り討ちにした。無尽蔵に魔法が使えたって、遮二無二市民が雪崩を打って立ち向かえば手も足も出ない。

 オデは民衆に支えられ、貪欲な貴族を裁くという大義名分を掲げて、幾人もの貴族を地べたに這いつくばらせてきた。ふとオデが出来心から貴族の顔を踏みつけたりすると、民衆から歓声があがった。

 けれどオデは胸がいたんだ。人を踏みつけるなんて、今まで貴族にされてきたことと一緒だったから、オデはそれから貴族の顔を踏みつけるのはやめた。やめたんだけど、民衆は貴族の顔を踏むのがアシュリーの儀式なのだと吹聴し、いつしか破産した貴族の顔を踏むのが慣習となってしまった。


 オデは迂闊なことをしないよう、どんどん用心深くなった。ヴァレンタインに出会った頃よりは、賢くなったろう。オデは銀の指輪をつけて各地をまわった。この指輪はヴァレンタインにもらったものだ。オデたちはいつしか夫婦になっていた。とはいえ民衆の監視の目が厳しく、用心深くなったオデはヴァレンタインとの絆を深めることなく、時間は過ぎた。


 1億マジックポイントを保持している貴族を駆逐したころだったか。1000万マジックポイント持っている貴族についても駆逐すべきだという声が民衆から上がり始めた。ヴァレンタインは、1000万の人は見逃してあげてもいいんじゃないかしら?と提言したが、ライフポイントに換算して1000年分ももっているのはおかしいという民衆の声に押される形で、オデたちは中流貴族まで駆逐することになった。


 民衆の声は恐ろしい。オートラスの貴族はまるっと消えてしまった。自分が天上に立ち上ろうという気概ではなく、天の星々を地上に引き下ろそうという意志によって――。


 そしてゼロのものアシュリー・ザ・ホワイトソンは、オートラスの本質に立ち向かっていった。赤騎士の住むレクタリアの塔だ。ここでアシュリーは自分の運命を知ることになる。


 アシュリーとヴァレンタイン、民衆たちがレクタリアの塔に侵攻する。

 赤騎士は東からやってくる敵や国中の罪人を倒して膨大な力を得た強者だ。民衆たちは赤騎士の力によって皆殺しにされ、塔の最上階にたどり着いたのはアシュリーとヴァレンタインだけだった。


 荘厳な装飾の施された青銅の扉を開くと、部屋の奥で赤い甲冑に身を包んだ騎士が、石造りの椅子に腰掛けていた。


「ご苦労だった」

「オデが来たからには覚悟することだな。4騎士の天下もこれで終わりだ」

「何も知らない者は無様だな」

「オデをバカにしたら痛い目を見るぞ。お前が1兆マジックポイント持っていようと、10兆マジックポイント持っていようと、全てはゼロになる」

「やってみるといい」


 赤騎士はアシュリーの1.5倍もある巨体を持ち上げ、アシュリーの側までゆっくりと歩んだ。

 アシュリーは、鬼をモチーフにした仮面に威圧感を感じた。だが彼はひるまず、赤騎士に手のひらを向けた。


「これでお前はマジックポイントがゼロになる!」


 だが赤騎士はピクリともしない。マジックポイントを確認していないのだろうか。

 いや違う。赤騎士のマジックポイントはたったひとつも減っていなかった。


「なぜだ。オデの力がどうして効かない」

「トリックを明かそう」


 赤騎士はヴァレンタイン・オーフレイムを指差した。

 アシュリーはそれが何を意味するか察した。それでも彼は首を振った。


「なにかの間違いだ」


 アシュリーの目からはとめどなく涙がこぼれていた。

 赤騎士はつかつかとヴァレンタインの隣まで歩き、彼女の腰に手を当てた。

 アシュリーはもう、彼女を見ることはできなかった。


 赤騎士はアシュリーに視線を向ける。


「ご苦労といっただろう。あれは君にも向けた言葉だ。君が正義を行ってくれたおかげで、我々4騎士に敵対しうる貴族はすべて駆逐された。『ゼロのもの』などという妄想を信じた君と民衆によって、我々4騎士の支配は確定的となった」


 赤騎士の言葉はアシュリーの胸を貫いた。

 アシュリーがしてきた行いは、必ずしも彼が望んだ善ではなかった。

 民衆の声に後押しされ、否応なしに裁いた貴族もいる。温かい家庭を守りたかっただけの貴族も、節約を徹底してようやく1000万マジックポイントをためた家族もいる。アシュリーは彼らの努力すら踏みにじってここまで来たのだ。


「オデはなんてことを」

「人は僅か上の存在を妬まずにはいられない生き物だ」


 赤騎士は天を指差した。


「遥か上の存在によって支配されている状況でも、民衆の怒りはわずか上の存在に向けられる。彼らこそが遥か上の存在を打倒しうる、可能性を秘めているにもかかわらず。まるで喜劇だな。民衆はこの世界を変えるかもしれない英雄を自らの手で皆殺しにした」


 言って赤騎士が握りしめた手のひらに、この世界は含まれていたのだろうか。


「謎解きはここまでだ。君は我々が神になるさまを、英霊となってみているがいい」

「ヴァレンタイン、オデは」


 アシュリーを押し倒すヴァレンタイン・オーフレイム。

 彼女の身体は緊張していた。息もできないほど真剣に、アシュリーを見下ろしている。

 涙をにじませた瞳は、心が剣で何度も切り裂かれたように傷んでいるのだと感じさせた。


「アシュリー、最初で最後のキスよ」


 彼女はそういってアシュリーに口づけ、ナイフで心の臓を貫いた。

 アシュリーはたったひとつ、嘘ではないものを感じながら、冷たい地面へと還っていった。

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四騎士の創り変えた世界 杞優 橙佳 @prorevo128

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