鍵が開いた(Twitter300字SS)

伴美砂都

鍵が開いた

 アパートは二階なのに見晴らしがよくて、川向こうに鉄塔がみっつ並んでいるのが見えた。よく晴れた梅雨入り前の夕方で、空は紫色に染まっている。沙央子のほうを見ると、少し緊張したような面持ちをしていた。管理会社に渡された鍵を、鍵穴に挿す。かちり。


 「あ」

 「え?」


 声を出してしまってから彼女ははっとしたようで、ううん、と言った声があわてていた。


 「……あのね、鍵、開いた……開いたなって、思って」


 髪をかけた耳が赤くなっていた。当たり前に鍵は開いた。でも、それが彼女にとってとてつもなく大切なことだったのだろうと、思った。うん、開いたね、と言うと沙央子は頷いた。そして、ぼくたちは、はじめてふたりで暮らす家に帰った。

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