第四章 満月の地下集会(3)

 誰だ? 誰なのだ?

 これっぽっちの情報では、まるで見当がつかない。

「ああー、もう、どうすればいいのよー!」

 立ち上がって大きく首を振ると、帽子が後ろにとれてしまった。

 まとめている髪もほどけて、イザベラの自慢の長い髪が、背中に零れ落ちていく。

「……え、姫様? イザベラ姫様? あなたは、ヤブツバキの森で……お亡くなりになったはずでは……!」

 イザベラに気づいたウッドたち三人が、がたがたと震え始めた。目が虚ろで、明らかに様子がおかしい。幽霊にでも出くわしたように、おびえきっている。

 ここで正体が露見するのは、やむを得ない。これくらいのことは織り込み済みだ。

 ――生きてるわよ! 見ればわかるでしょ!

 という魂の叫びを、イザベラは喉の奥にのみこんだ。イザベラは客席から階段を華麗に降りて、中央の舞台上に足を踏み入れた。くるりと振り向き、胸を張る。

「そうよ。あたしこそは、ランプフィルド王国の姫、イザベラ・ルーチェ・デル・ランプフィルド!」

 よく通るダミ声で叫ぶ。

 ここは暗い。みなの注目を集めるべき、舞台の中央なのに。

 照らしてほしいと願っても、そんな設備はない。ならば、自分で演出するまでだ。

 イザベラは背中に掌を持っていき、明かりを灯した。

 彼女が唯一使える、ほのかな明かりを。

「あたしは、森で一度死んで……ここに、死霊として蘇りました」

 ひいい、と喉の奥から悲鳴を上げて、木の椅子から三人の巫女は腰を滑らせる。

「あたしを本当に消したければ、除霊するしかありません。……ランプフィルドの城から、仲間の巫女を連れてきてください。イザベラの未来を予言したプリエガーレを、ひとり残らず! あたしは死にきれずに苦しんでいます。あたしの姿は、あなたたち巫女にしか見えません。力を、貸してほしいの!」

 イザベラには、なんの力もない。

 でも、できることはたくさんある。

 木綿のハンカチを噛んで、思い切り悔しがること。どんなに情けなくて格好悪くても、あきらめないこと。力がないなら、知恵を絞ること。

 堂々と自信を持って、ハッタリをかますこと。

「もう一度、この場所で〈海読み〉をして。海神ネプナスにお伺いを立ててください。あたしの未来を、予言してください! それだけが、たったひとつの、除霊の方法です!」

 もう一度、誕生日の夜と同じ状況を作り出すのだ。

 そうすれば謎が解けるはず。

 巫女三人は取り憑かれたように、こくこくと頷いた。そして彼女たちこそが幽霊のように足音もたてずに、鉄扉を開けて、すりぬけていった。

「――もちろんこれは、絶対に部外者には漏らしてはだめよ。すべて秘密裡に遂行しなければならないの!」

「わかりました、姫様!」

 ブーツの踵を鳴らし、急ぎ足で扉前へと駆け上がりながら、ウッドたちは答えた。

 

 ***


 それから。

 面白い催し物があるとの触れ込みが『マジョーテル』から発信されて、次第に広まりを見せていった。

 マスターは恒例の魔女会議を中止すると発表。かわりに、巫女十一人による、イザベラ姫の大除霊が行われることになった。

 もちろんイザベラは幽霊ではない。生きている。マスターに借りた喪服のような黒い長衣を身にまとい、円形劇場の舞台の、中央に堂々と仁王立ちしていた。

 その周りを取り囲むように、十一人の巫女が集結した。

 ウッド。ミハル。ロリー。ロロ。ノノ。エコール。ユリ。ミレー。リンダ。カナリア。

 それから巫女ではないが、当時を再現するためにルララも同席した。

 持ち寄った正式な修道着を身にまとい、椅子にどっかりと座り込んで、目を閉じて瞑想にふけっていた。集中力を高めるために。

 客席は、五十席ほどが埋まっていた。すべて巫女である。誰もが息の音もたてずに、耳を澄ませていた。

 その中には、黒猫を連れたヒースの姿もあった。魔女の恰好をしたままだ。

「……始まる」

 ヒースが目を猛々しく輝かせて、つぶやいた。

「てめぇは……いったい何者なんだ?」

 ネロが薄闇に鋭い瞳を開く。

 ヒースは唇の端を曲げた。

「僕は、イザベラ姫の家庭教師ですよ」

 と言い、彼はネロの頭部から背中にかけての曲線を丁寧に撫でた。

「お、おい、さわるな」

 小声で嫌がり、ネロは飛ぶように隣席へと避難した。

 さて、役者はこれで揃った。

 果たしてイザベラ姫は幸せになれるのか。それとも近い未来、国を滅ぼす呪いの子なのか。

〈海読み〉が、始まる。


 いつでも、来なさい!

 どんな些細なことも、見逃さない。発見してみせる。

 イザベラはじっと目を閉じてから、瞠目した。

 まず、闇が見えた。

 ゆらゆらと、魂を持ったようにうごめく闇だ。

 次に、瞑想する巫女たちの表情が苦しげに歪み始めた。がたがたと手足が、病気のように震え、やがて椅子に座っていられなくなった。転げ落ち、身体のどこかを強くぶつけても起き上がらず、床にはいずりまわった。

 柱が崩れ落ちたかのように、床が不安定に振動した。

 ルララ以外の十人が、同じ症状に陥った。

 ただごとではない。会場は騒然となり、観客席にいる巫女たちも次々に腰を浮かせた。すぐに満場総立ちとなった。

 苦しそうだ。見ているだけで苦しい。イザベラは歯噛みした。

 ウッドたちの目に映るのは、最悪の未来だ。

 この国が、ひとりの少女によって滅ぼされる幻影。

 世界の終末――

 うめき声をあげて苦しむ巫女たちは、闇を放っていた。闇に囲まれ、闇に捕えられ、闇の力をはっきりと感じた。

 どういうこと?

 仕組んだ者は、黒魔法の使い手……?

 黒魔法は、ランプフィルドの血筋である男子にしか受け継がれない。特殊な能力だ。

 すなわちイザベラの父――ランプフィルド王国の王、モーリスその人しかいない。タスクは男だが、なぜか白魔法しか使えないのだから。

 ――つまり、お父様が元凶?

 イザベラは震撼した。

 違う。父ならば、こんなまどろっこしい方法を選ぶ理由がない。だから、お父様じゃない。

 イザベラは首を横に振る。

 今はとにかく、この悪夢を取り払わなければいけない。十人分の強大な悪夢だ。

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