第四章 満月の地下集会(2)
さっきから大声で呼んでいるのに、ふたりは別世界にいっているのかというほど、立ち止まったまま動かない。海辺でいい雰囲気で微笑みあうふたりを見ていたルララは、マジョーテルの入口前で、悔しそうに唇をかみしめた。
「ううっ……完全にふたりの世界を形成してる……」
「一ミリも出る幕ないな、ルララ」
むうう、と鬼の形相でうめき声をあげ、ルララは悔しさを紛らせるようにネロの腹をつかんで抱き上げた。むぎゅむぎゅ、と胸元で強く抱きしめる。
「いてて、こらやめろ、へっぽこ!」
「へっぽこじゃないもんー!」
ネロを抱きしめたまま、ルララはステップを踏むようにその場で何度もジャンプする。もくもくと、砂埃をたてた。
「こおらー、はやくこーい!」
***
マジョーテルは、夜の世界に生きる魔女にふさわしい場所だった。
窓はすべて鎧戸を閉め切っている。卓に置かれた蛍蝋の火が、トンネルのごとく暗いフロアを、ぼんやりと照らし出していた。
アンダーグラウンドの巣窟を思わせる、妖しい店だ。
狭い店内には、すでに十人ほどの魔女が集って、酒を飲んだり、おしゃべりしたり、カードゲームに興じたりしていた。
三人と猫一匹で入店したイザベラたちは、当然のように人目を引いた。
「おや、あんた、ルララかい? 久しぶりだねぇ。ネロも」
「えへへー……ご無沙汰だね」
角の丸いカウンター席の中央に腰かけると、ルララはマスターである中年の魔女に挨拶した。脱帽して会釈する。
マスターは、大きな鷲鼻に眼鏡をかけた魔女で、目に染みるオレンジ色の長衣を着て、その上からエプロンをつけていた。イザベラとヒースも、なるべく気配を殺して、ルララの隣に座った。
奥の棚には、普通の酒類や、得体のしれない薬品の壜が並んでいる。
マスターは十本の指すべてにキンキラの指輪をはめた手で、ルララにオレンジジュースをふるまった。
ルララは子どものように、丸椅子の下で足をぶらぶらさせた。
「聞いたよ。城のお抱え巫女、プリエガーレになれたんだってね。お手柄じゃないか。どうだい、もう慣れた?」
「うん……実は先日、クビになっちゃって」
「えぇ? もう? いくらモロイの後釜だからって、よくあんたがあんな良い仕事に就けたなって、ついこの前、みんなで噂してたところなんだよ……予想通りの展開だわねえ」
「まったくだぜ」
ルララの肩で、ふてぶてしく溜息をつき、ネロはうなだれるように前足を伸ばした。主人も同じように、顎をテーブルにつける。
「ねえ、なんかいい仕事ないかな? 今、かなり困ってるんだよねー」
「そう言われても、特にないよ。ここの給仕は足りてるからねえ」
二人の世間話を聞き流し、イザベラは目ざとく店内を見回していた。
「ねえマスター、ところで、ウッドたちは……城で働いてる巫女たちは、元気? なにか知ってる?」
「え? あんたの同僚だろ。そっちのほうが詳しいんじゃないの?」
「それが、もう連絡とれないんだよー」
「そんなのは、こっちが聞きたいくらいさ。あの子ら、最近こっちにはあんまり顔出さなくてね。たまに来ても、なんだか元気なくて、おかしくなっちまったんだよ。ルララだけはなにも変わらないのに、へんだね。……ああ、ほら、噂をすれば……だ」
マスターは心配そうに頬をゆがめ、消極的に、あごをしゃくった。
三人の女が入店してきた。
噂通りの陰気な顔つきで、のそのそと歩いてくる。
「――きた。姫様、あの人たちだよ」
ルララが耳打ちして名前を教えてくれた。
背が高く頬のこけた、巫女ウッド。小太りで巻き毛の、巫女ミハル。そしてモロイと親しかった、巫女ロリー。三者とも例の修道着ではなく、丁寧に魔女に扮装していたので、イザベラにはわからなかったが、確かによく見ると見覚えがある。
その三人が、幽霊でも目撃したような青白い顔で、かたまってテーブル席についた。
イザベラは高揚して、すっくと立ち上がっていた。
――やった……やっと会えた!
あのときの巫女!
気が急いて、胸が焼けるようにくすぶった。
ぐずぐずしている暇はない。彼女たちから真実を聞き出すのだ。イザベラはカウンターテーブルに身を乗り出すと、両手を合わせた。
「おねがいマスター、少しの間、地下ホールを貸してください!」
魔女会議が始まるまで、あと数時間。それまでに片をつける。
***
借りた鍵で鉄扉を開けて、イザベラたちは地下ホールに入った。店のフロアよりもさらに暗い、円形劇場だった。
中央に小さな舞台があり、三百六十度の角度で、ぐるりと取り囲むように客席がある。400ほどの客席がある、小劇場だ。席は、すべて雛段状に広がっている。
窓はひとつもない。壁の換気扇がぐるぐる回っている。
あまり頻繁に使われていない、すえた地下のにおいがした。
かつてここでは、見世物の賭け格闘技や、演劇などが行われたらしい。
ルララに頼んで、ウッド、ミハル、ロリーをここまで連れてきてもらった。鍵をしっかりと施錠する。これで、この地下の秘密は守られる。
「いったい、どうしたっていうんだい……? ルララ……」
ウッドたちは、後ろのほうの客席に腰かけて、広いホールを見回していた。
イザベラは顔が判別できないほど帽子をまぶかに被ったまま、ななめ後ろで耳を澄ませた。ヒースも同様だ。
ルララが質問役を務めた。
「三人に聞きたいことがあるの。イザベラ姫の誕生日の夜に、〈海読み〉の予言をしたでしょう。あの時、なにか……妙なことは起きなかった? 城の外から、人が尋ねてきたとか」
「妙なこと……?」
ウッドが重たそうに口を開いた。
「べつに思いつかないねぇ。いつもと同じさ」
「うん、特に何もなかったけど……」
「そうだねぇ」
三人は口を揃えた。彼女たちはいずれも、目の焦点が合っていなかった。夢でも見ているように惚けている。ルララもぼんやりしているところがあるが、その比ではない。体の筋肉が弛緩する毒でも飲まされたような様子だ。
何かがあったことは、明白だった。
黙って耳をそばだてているイザベラは、どくどくと心臓の音を高ぶらせた。
固い木椅子に座って、膝元のスカートの布地をきつく握りしめる。
おそらく真犯人は、なんらかの方法で巫女たちを洗脳した。金を積んで狂言をしろと脅したわけではない。強力な魔法による『洗脳』だ。
まだうら若き巫女たちが病気のように青ざめ、すっかり老け込んで見えるのが、なによりの証拠ではないのか。
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