第15話 冒険はお好きですか?

「GAAHHOO!」


 戦叫ウォークライで始まる三度目の衝突。

 冒険者サクリファイス巨人トロルは剣戟音を響かせながら打ち合う。

 再生能力に長ける者は高所からの落下によるダメージを癒しきれていない。

 死の淵から立ち上がった者は既に満身創痍である。

 一回りも二回りも違う体格さを保持した者同士、実力は均衡していた。

 男は床に転がった中途半端な剣を拾い上げ、そのまま巨躯を斬り付ける。

 濁った悲鳴が甲走る。

 筋肉の張りつめた腕が頬を掠めた。

 構わず逆手に剣を握締め、今度は足首の腱へ突き刺す。

 激痛によって暴れ回る巨体はそれだけで脅威。

 振り回された上腕が腹部にめり込んだ。

 勢いのまま壁に叩きつけられる。

 ありとあらゆる体液がこみ上げ、地面に吐き出す。


「……ふんっ」


 ふと、己を立ち上げるのは何だろうかと思った。

 既に死に体。限界など疾うに越えている。

 覚醒した潜在能力、天使の加護、悪魔の邪法。

 どれかだろうか。それとも想像を逸脱するようなもっと外なる力か。


「おい」


 どこまでも冷徹で、無機質な声を巨人は聞いた。

 熱気を纏った剣を右手に、柄の半分で折れた槍を左手に握り締め、ふらふらした足取りの男がこっちに向かってくる。

 応戦しようにも足腰に力が入らない。立てない。

 再生能力には自負がある。

 この場を乗り切れば、幾らでも反撃出来る。

 所詮は人間。

 得物こんぼうを振り回せば、怯んで退避するはず。


「憶えているか」


 すぐ前に転がる巨大棍棒を握ろうと伸ばした右手。

 しかし、掴んだのは己の血と熱を失った地面。

 手の甲を貫通し、地面に突き刺されたのは槍の穂先だった。


「GAHOGJOOOO!?」


 視界を覆う黒い影。

 巨人は初めて恐怖を覚えた。

 己の半分ほどしかない人間。膂力も能力も比べることすらおこがましい。

 殺そうと思えばいつだって殺せる。

 束になって掛かってこようが魔法を使おうが関係無い。

 そう、思っていた。


Kill or Die殺すか、死ぬか


 靴先が眼球を抉る。

 闇。また先を見通せない暗闇だ。


「なら、道は一つしかない」


 走馬灯のように蘇る記憶の中で、声だけが嫌に木霊した。

 挑んできて敗れた者を玩具にした記憶、小鬼ゴブリン共が捕らえてきた女を孕み袋にして最後に鍋で喰った記憶、絶望に顔を歪ませる者の前で親しい奴の四肢をもいで口に突っ込んだ記憶。

 あの時は楽しかった。あの女はいい声で鳴いた。子供の肉は旨かった。

 だが、希望的幻想は絶望的現実によって殺される。


「俺の為に死ね」


 果たして、喉から剣を生やした巨人は崩れ落ちた。

 男は痙攣する敵を無視し、力任せに刃を左右に動かす。

 びくっ、びくっと跳ねあがる足や腕に生命の残は感じられない。

 そしてついにゴトンッと鈍い音を立て、頭部が落ちた。

 恐怖と絶望に顔を歪ませた、愚かな者。


「お、終わったの?」


「一先ずは、終わった」


「うわぁ……そこまでしなくても良かったんじゃない?」


 恐怖と絶望に顔を歪ませた巨人の頭部は彼の足元で転がっている。

 首下からドバドバと蒸気を上げて血が流れていた。


「これでも足りない。次は四肢を切断する」


「え?」


「こいつの再生能力は異常だ。放っておくとすぐに復活する」


「へ、へぇ……」


「手伝え」


「は?」


「……四肢の切断を手伝え」


「いやいや、別に聞こえなかったんじゃないから。いやまぁ、聞き間違いかなって思う程度には耳を疑ったけど」


「そうか」


「いやいやいやいや、”そうか”じゃないでしょ。え、私に手伝えって言ったの? 魔物の身体をバラバラするのに?」


「俺だけでやってもいいが、その間に再生されても面倒だ。二人でやった方が確実だ」


 冗談の雰囲気は無い。

 彼は私に魔物の解体作業を手伝えと言っているのだ。

 仮にも職業ジョブが神官である。

 敵であっても死体を愚弄するのは、神への冒涜に値するのでは無いだろうか。

 いやいや、それ以前の話である。

 高校生になったばかりの齢十六の娘に死体の肉を切らせるなど。

 どの次元のどの世界にそんな常識があろうか。


「幸い武器はそこら中に転がっている。刃こぼれの心配はない」


「いやいやいや! それ以前の心配があるでしょ!」


「襲ってくることは無い」


「そんな心配はしてないわよ!」


「出口もある。あそこから外に運び出す」


 先に地下で息絶えた者の躯の下、隠し階段。

 そこから風が吹いてくる。

 外に繋がっている証拠だ。


「私、今年高校生になったばかりよ!?」


「そうか」


「自分で言うのも癪だけど……乙女と呼ばれる年齢なのよ!?」


「そうか」


「それなのに死体の肉を切れって言うの!?」


「そうだな」


 淡々と、無機質に発せられた言葉と共に差し出された短剣。


「もう一度殺し合いをしたくないなら、やれ」


「……あぉー゛! もう! 覚えてなさい! こんなの、絶対おかしいんだから! 一ミクロだって納得してないからね!」


「憶えておこう」


 彼の手から武器を奪い取り、やけくそ気味に死体へ刃を刺した。

 それを確認し、男は反対側の切断に取り掛かる。

 彼女は最早神官ではない。

 彼も最早ただの人間ではない。

 冒険者サクリファイス、未だ見ぬものへ挑む者。


 彼らの冒険はここから始まる。

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死にぞこないの腐敗勇者 乙女座野郎 @otomezayaro

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