第12話 ハッピーエンド(仮)はお好きですか?

 巨人トロル戦叫ウォークライが合図となった。

 戦士ファイターは巨大棍棒を掻い潜り、大腿だいたいへ突き刺す。

 ジンジンと手の平が痛みを訴える。

 それは生きている証拠。

 まだこの状況に踏ん張れている証他ならない。


「GAAJJGO!」


 巨体から繰り出される衝撃に床が悲鳴を上げる。

 天井から埃やすすが落ち、二者の間に疎らに散った。

 講堂内の闇は不気味さを孕む。

 腰から逆手に抜いた剣がヒョゥと風を切った。

 濁った怒声一つ。

 トロルの右肩に短剣が突き刺さる。


「GAAFGOOO!」


 転がっている武器を拾い上げ、突進。

 互いの間合いが重なる。

 振り落とされた巨大棍棒。

 左上腕の肉が容赦なく抉られた。

 痛覚がズキンッズキンッとシグナルを伝える。

 咄嗟に距離を取る。

 背後に壁を感じた。

 崩れかけた、でこぼこした岩が傷口に沁みる。

 動物と魔物、人間の躯から発せられる腐敗臭は吐き気を催すと同時に意識を確立させた。

 大地を蹴り飛ばし、前転の要領で再度距離を取る。

 反響する打撃音。

 今さっき自分がいた場所は沈下している。

 左腕を抑えながら立ち上がると、ふと入り口が視界に入った。

 女神官が泣きそうな顔でこちら側に走ってこようとしている。魔法使いメイジは必死に止めている。

 彼女は何か叫んでいるのだろう。

 それが「大丈夫」なのか、「逃げて」なのか。

 知る術は無いが……十分だ。

 あいつはまだ生きているし、自分だってまだ生きている。手だってある。


「GAGOOOGHOOO!」


 足元でバリバリと踏み砕かれる骨や小枝。

 濁った瞳と透き通った瞳が重なり合った。


 その様子を遠くで眺める一党パーティー

 小鬼ゴブリンの軍勢は斥候シーフの加勢により、二の足を踏まされていた。

 敵陣の中心で演舞のように踊る彼の周りでは、次々と死体が積み上げられていく。

 討ち漏らした者は槍使いランサーの餌食だ。

 女神官は杖を握り締め、講堂内にいる幼馴染を見続けている。今にも走り出しそうなのを、ついさっき魔法使いに止められたばかりだ。


「それにしても、あれっすねー」


 短刀が敵の頸部を一刺し、抜いた勢いを利用して別の個体の頸動脈を掻っ切る。

 致命傷を受けたゴブリンはよろめきながら彷徨い、槍の穂先を口から後頭部まで飲ませられる。


「戦士の類だと思ってたっすけど」


 ちらりと視界の端で広場を捉える。

 左腕はぶらりと力無く垂れ下がり、足腰だってふらふら。

 素人なりに構えられた剣は赤黒く染まり、切れ味に如何程の期待が出来ようか。

 紙一重で避けた筈の巨大棍棒に肉を抉り取られている。

 満身創痍とは、今の彼の事を言うのだろう。


冒険者サクリファイスだったんすね」


 何度目の剣戟音だったのか。

 硬い石の床を踏みしめ、”冒険者”は足裏の感覚に確証を得た。

 講堂内には己とトロルしかいない。

 条件は揃えた。


「おい、でかぶつ」


 呼びかけに応じた巨人は声のする方向へ顔を向ける。

 すると顔面に何かが貼り付いた。

 しかもそれは刺激臭がし、再生し掛けている瞳が開けられないほどの涙を促す。


「GAOGOO! GAHHOO!」


 あまりの苦痛に泣き叫ぶトロル。

 縦横無尽に巨大棍棒を振りまわす。

 淀んだ水が跳ね、腐りかけの躯は原型を失った。

 光を失った恐怖は全生物共通。

 闇は等しく生きとし生ける者を襲う。


「こっちだ、でかぶつ」


 愚かで生意気な人間の声がした。

 迷いなく、屈強な腕に握られた巨大棍棒が振り落とされた。

 そして、それが最後だった。

 突如、足裏から床の感触が消え失せた。

 何が起きたのか。

 次に身体を襲ったのは不快な浮遊感。

 断末魔の叫びを上げ、空を切る手は何も掴むことは出来ない。

 漆黒の、地の底にいざなわれるように、魔物はその姿を闇の中に溶かしたのだった。

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