第3話 密会はお好きですか?
皆が寝静まった頃、ボサボサ頭の青年は宿屋を訪れた。
大きな欠伸を一つ。眠たい目を擦り、階段を上がってすぐの扉を数回ノック。中から「入って」という答え。
ギィィと音を立て、年季の入ったドアを押し開ける。
「眠そうね」
「当たり前だろ。今何時だと思ってるんだ」
「まだ十二時くらいでしょ」
「俺はいつも十時には寝てるんだ」
「すぐ分かる嘘を付かない」
「昼寝出来なかった上に午後の授業で寝る予定が吹っ飛んだからな」
「昼寝はともかく、午後の授業はちゃんと受けるべきでしょう……」
食堂で食事会を終えた一行はそれぞれ自由行動に入った。
少人数のグループを作り、街を見て回る者。早々と寝室へ移動した者。残った料理を食べ尽くす者。
今日だけで色々な事が起こった。心の整理をする時間も必要だろう。
「それで、話ってのはなんだ」
「そうね……実は私、明日森へ行こうと――」
「やめておけ」
吐き捨てるように男は言った。
鋭い眼光が呼びつけた主へ突き刺さる。
「……どうしてよ」
「逆にどうして行こうと思った」
「だって、森に逃げた皆が困ってるのよ? 助けなくちゃいけないでしょ」
「お前じゃなくても良いだろ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
声が途端に小さくなる。
「この手のゲームは死んで罠や敵の特徴を理解し、再チャレンジしながらクリアを目指す。プレイヤーが死なないように調整などされていない」
「で、でも!」
「それに能力の無い奴は足手まといになる」
気持ちだけでは魔物は殺せない。
誰かが死ねば、そこは味方にとっての
「……やけに詳しいわね」
「ゲームは好きだからな」
「このゲーム、やったことがあるの?」
「無い、が。知っている。糞ゲーとも神ゲーとも評されていた、話題になったフリーゲームだ」
「どうしてやらなかったの?」
「基本コンセプトが協力プレイだった」
もしパラメーターの中に協調性という項目があれば、間違いなくゼロに近い数字を出せる。
男の自信は揺るがない。
「なるほど、貴方らしいわね」
「
「昔から一人でピコピコするの、好きだったもんね」
「お前はよく邪魔しにきていたな」
「一日一時間のルールを破ろうとするからでしょ」
「お前が勝手に押し付けて来たルールだろ」
「だっておばさんが言ったって、聞かなかったじゃない」
彼の両親はもういない。
ある事件をきっかけに他界した。
今でも、あの時どうすれば良かったのか。深淵の奥で蹲る己はまだその答えを出せずにいる。
「腕は、大丈夫なのか」
「はいはい大丈夫よ。てかこれ何千回訊かれるのかしら」
男は幾度と尋ねた質問を繰り返す。
彼女の腕には痛々しい火傷の痕が残っている。ぶよぶよした皮膚は再生の証。
彼をある事件から助けた時に出来た
「これも何度も、いえ、何千回と言っているけど、この火傷は貴方を助ける事が出来た証。後悔なんて一ミクロだってしてないわ」
「……そうか」
「そうよ。だから、気にしないで」
「別に気になどしていない」
「ふぅん、あっそう」
女は喉の奥で鈴を鳴らすように笑った。
この幼馴染は不器用で頑固で強情、その上捻くれている。
昔から一緒にいる自分だからこそ付き合えるものの、他の者では持て余してしまうだろう。
やっぱり私がきちんとしなければ。
「ねぇ、質問良い?」
「なんだ」
「もし私が敵に襲われたら、助けてくれる?」
「……その時は既に俺は死んでいるから無理だろ」
「ふふっ、そう」
―――つまり助けてはくれるということ。よし、言質は取った。
「このゲームにレベルとかって存在すると思う?」
「有るんじゃないか」
「それって、どうしたら上がると思う?」
「一般的にゲームでは
「経験値を貯めるには?」
「
「じゃあさ、私が襲われない為には貴方のレベル上げが必要よね」
目の前の幼馴染は感情論で言っても聞き入ってもらえない。
昔からそうだった。
そんな時、彼の姉は論理的に話すことで彼を動かしていた。
渋々納得している彼の幼少期の時の顔が浮かぶ。
「それにもし、貴方がいなくなったら、私は敵を一人で倒さなきゃならない」
「……他の奴に守ってもらえば良いだろ」
「それは貴方が一番知ってるでしょ。みんな”自分が一番可愛い”って」
そんな事は口に出さなくても知っている。
彼が一番、誰よりも。
「なら、俺が独りでレベル上げすれば良いだけの話だ」
「一人で?」
「独りで」
「その間にもし、私が襲われたら?」
「……街の中にいれば安全だろう」
「けど絶対じゃない」
舌の根の乾かぬ内に言葉は続いた。
「だから私も、もしもの時の為にレベル上げしないといけない。けど一人じゃあ、きっと効率が悪い。危険も多い。死ぬ可能性だってある」
「そう、だろうな」
「それは貴方にだって同じことが言える。違う?」
「ちが……わないな」
「だから、明日二人で森への先発メンバーに入りましょう。ここで怖がってガタガタ震えている未来に、希望なんて一ミクロも存在しないわ」
男は唸りながら彼女の言葉を聞いた。
なんと言えば諦めてくれるだろうか……いや、それが無理なのは途中から気付いていた。
この幼馴染は頑固で強情で、その上真っ直ぐである。
自分の話に昔から聞く耳など持たなかった。
「……分かった。だが、無茶も無理もしない。約束しろ」
「貴方もね」
こうして二人の
闇が蠢く混沌への扉の、前へ。
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