変化

 休日明け、また学校が始まる。奏と同じ電車に乗り、奏の練習を見、授業を受け、二人で昼食を取り、また授業を受け、一人で帰る。そんな感じの一週間はあっという間に過ぎていった。金曜日の昼休み、奏と日曜日に遊ぶ約束をした。今週の日曜日は、部活が休みらしく息抜きをしたいそうだ。私が母にそのことを伝えると心底驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になり、気を付けてねとだけ言っていた。年頃の女の子が、休日、どこにもいかず家に引きこもっているのは、親としても心配だったのだろう。

 約束の時間は、11時だ。何かを待ち望むというような気持ちは、不思議な感覚で、そわそわして仕方がなかった。目が覚めたのは、朝8時頃、せっかく、友達と遊びに行くから、少しぐらいはオシャレをしようと考えて、早めに起きた。とりあえずは、朝食を食べ、軽く身なりを整えた。そこからが苦労した。髪の毛を整えるのに、結ぶか、そのままか、二つぐくりか、三つ編みか、色々試したが、試行錯誤の結果、軽く後ろで束ねる形で落ち着いた。次の問題は、服だ。普段、学校以外で外に出ることが無いので、服の種類はそんなに持ち合わせていない。今持っている服を鏡の前で合わせていく。緑色のシャツに、ベージュ地の花柄のスカート、それが私の最大限のお洒落だ。

 時計は、10時15分過ぎを指していた。今から出れば、十分に間に合う。待ち合わせ場所は、月山中駅だ。軽めのトートバックに財布と携帯、ハンカチ等を入れて、一足しか持っていないスニーカーに足を入れ、家を出た。駅に着いたのは、10時35分だった。 

 待ち合わせ場所に決めた、時計台の下には、もう奏が待っていた。奏の服装は、すらっとしたパンツに、パーカーを着、上からジージャンを羽織っていた。奏は、携帯を見ていて、私には気づいていない。恥ずかしかったが、私の方から声を掛けた。


「奏、おはよ。」

「心咲!早いよ~。」

「それはこっちのセリフ。」

「それじゃあ、行こっか。」


 待ち合わせ場所は月山中だが、私達が今日行くのは、学校の最寄駅、山の出駅よりも3駅向こう側の、芦原駅だ。芦原駅は、地元の若者にとっては、聖地のような場所らしい。都会で有名になった店が、この駅周辺に出店してくる。

 移動中の電車の中で、奏に、まずはカフェに行くことを宣言された。そのカフェは、ハニートーストで有名な店らしく、最近できたらしい。さっき奏が携帯を見ていたのはこの店について調べていたからだそうだ。私は、そういう情報には疎いので、奏に任せっきりになってしまう。悪いとは思いながら、慣れていない私が調べるよりはいいかと、思っている。

 芦原駅に着くと、すぐにその店に向かった。彼女曰く、開店時間は12時からだが、開店前から列が出来るそうだ。幸いにも、店の前には列はできていたが、すぐに入れるぐらいの人の数だった。私たちが並んでいる後ろにもどんどん列は連なっていく。

 それを見越してか、店は、15分前倒しで開いた。私たちは、第一弾で、席に案内され、メニューを渡された。奏はメニューを見ながら目をきらめかせている。5分ほど悩んだ末、私達はそれぞれのハニートーストと飲み物を注文した。

 注文したものが届く間、私の虐めのことについての話題になった。学校では、出来なかった話だ。話は、奏の方から振ってきたのだが、気付けば、私が一方的に話す形になっていた。奏になら話しても構わないと思った。今まで、どういう虐めに遭ってきたのか、なぜ虐められたのか、その時どんな思いだったのかを、隠すこともなく話した。奏は頷きながら、その話を聞いているだけだった。途中で、ハニートーストが運ばれてきて、奏のテンションが上がることもあったが、一通り、見た目を楽しんだ後は、食べながら私の話を聞くのに徹してくれた。


「私は、奏のおかげで少し変われた気がすると思う。今まで、何もなかった学生生活がほんの少しだけ楽しいと思えるようになった。だから、ありがとう。」


 私は、話の終わりに、奏に助けられたことが嬉しかったことを彼女に告げた。私の言葉に奏が、何を思ったのかはわからないが、私をじっと見つめ、ほほ笑んで言った。


「どういたしまして。」


 私の話が一段落する頃には、二人とも食べ終わっていた。外を見ると未だに行列が出来ている。さすがに、この店で長話は、迷惑になると思い、お会計を済ませ、外に出た。

 次に、どこに行くかという話になった。さっきの話を聞いて、なぜかイメチェンをしようということになった。確かに、この機会に新たな自分を見つけるのも悪くないと思っていたので、その案には賛同した。しかし、イメチェンと言っても何をどうすれば良いのかまではわからない。そこは、もう奏に全てお任せだ。

 まずは、美容室に行こうという話になった。奏の行きつけの美容室が、この辺にあるらしい。私は、奏に連れられ、美容室に行き、美容師に案内されるままに、椅子に座った。美容師さんから、どんな髪型が良いですかと聞かれたが、正直今まで、同じ髪型しかしてこなかったので、返答に困った。


「思い切って、バッサリと切ってしまえば?」


 奏が、大胆な案を提示した。イメチェンというには、そこまでした方が良いのかと思ったので、ボブヘアぐらいまで切ってもらうことにした。それ以外は、美容師さんに任せた。今まで、胸ぐらいまであった髪を今日、初めて、短くする。ドキドキと似合うかどうかの不安とが混ざった感情で、落ち着かない。

奏の計らいで、私は目をつぶらされることになった。目を開けていいと奏に言われたのは、30分ぐらい経った頃だった。目を開けた瞬間の驚きは忘れることは無いだろう。本当に自分なのかと思った。見た目だけだが、前の自分とは大きく違うのがわかった。自分で地味だと思っていた見た目が、一変して明るくなった。奏も、そっちの方が良いと絶賛してくれた。その後は、いつもの美容室と同じように、シャンプーをしてもらい、乾かし、軽くセットまでしてもらった。

 ここまでくれば、とことんイメチェンをしてやろうということになった。何店かまわり、奏と服を選んでもらった。これからの季節に着られる服をいくつか、奏にピックアップしてもらい、中から私がかわいいと思うものを選んだ。中でも、私が気にいった水色の少し涼しそうなワンピースは、その場で着させてもらった。靴も、ベージュのパンプスを一足だけ買って、履き替えた。最後の靴屋を出た時には、日が傾きかけていた。奏がどうしても行きたい店があるというので、そこには行くことにした。

 着いた店は、お洒落なアクセサリーショップだった。狭めな店内には、客は私達しかいなかった。


「心咲、お揃いで何か一緒に買お!」


 お揃い…。凄くいい響きに聞こえた。しかし、何をお揃いにすればいいのか、わからない。


「どんなのがお揃いに良いのかな」

「うーん、ネックレスでも、指輪でもお揃いには出来ると思うよ。これなんてどう?」


 奏が勧めてきたのは、ピンクゴールドの、モチーフがハートのネックレスだった。そんなに目立つ感じでもなく、値段も高校生が持ちそうなものだった。奏はこれが気に入ったように見えた。


「私も良いと思う。これにしよ!」


 二人同じものをレジに持っていった。すると、今なら、プレートの部分に無料で印字してくれると言う。折角ということで、印字してもらおうということになったが、印字してもらう文字で私は悩んでしまった。


「奏はどうするの?」


 先に決めて、印字の申込み用紙に記入している奏を見ると、“K&H”と書いていた。


「奏、それって私たちのイニシャル…」

「ん?そうだけど。」


 奏にとっては当たり前のことだったようで、首をかしげられた。私からすれば、そういうのはカップルでするものだと思っていたから意外だった。奏がそうしているなら、友達でもするのだろうと思い、私も同じことを申込み用紙に書いた。店の人はそれを受け取り、10分ぐらいで出来るから待っててくれと言い、店の奥に入っていった。待っている間、二人で店内の色々なアクセサリーを見て、これは似合いそうだとか、これは違うとかいう、会話をしていた。実際には、10分も経たないうちに完成した。今、つけるかと聞かれたので、奏と顔を見合わせて、つけて帰ることにした。


「心咲のは私がつけてあげる。」

「えっ、あっ、うん。」


 思いがけないことが起きると未だに焦ってしまうが、奏の言葉にあまえることにした。


「じゃあ、奏のは私がつける。」

「ありがと。」


 奏はつけやすいように、後ろ髪を持ち上げて、首を前に傾けてくれた。二人のお揃いのネックレス。自分のネックレスに目をやり、奏のも見ると心が満たされたような感情になった。奏も同じようなことを考えていたのか、私と目が合い、笑い合った。奏が記念に写真を撮ろうと言った。律儀にも店の人に確認までとって。店の人はにこやかにどうぞと言われたので、二人で何枚か写真を撮った。

店を出た後は、今日は帰ろうということになり、芦原駅に向かい、電車を待った。

 電車の中は、混んでいたが幸運にも、二人とも座ることが出来た。座ったとたんに、急に体が重くなった。普段、あんなにも歩くことはないから、一気に疲労が押し寄せてきた。瞼が落ちるのを必死に堪えようとしたが、気付いた時には、月山中の1つ手前の駅だった。起きてから気づいたが、私は奏の方に寄りかかっていた。それを奏は、黙って受け入れてくれていた。


「起きた?」

「うん、ごめん、寝ちゃってた。」

「疲れたもんね~。」


 奏は私が寝てしまっていた事なんて微塵も気にしていない様子だった。まだ、眠気は取れていないまま、奏と電車を降りた。あたりは、もう夜のとばりが下りていた。約2週間ぶりに帰る道、やっぱりまだ少し怖い。それを察したのか、奏は私の手を握った。


「これで、少しは怖くなくなるかな?」


 私の方を見て、そっと微笑えむ。胸が高鳴る、今までに触れたことのない感情だ。怖さから来るものでもない。ただ、表現が出来ないような感情に覆われている。もやもやした気持ちが晴れないまま、手をつなぎながら、帰った。私の家の前に着くと、今日の写真を送るね、とだけ言って奏は帰っていった。私は、奏を見送ってから、家のインターホンを鳴らした。母が鍵を開けに来てくれた。私の変わりように、さすがに母も驚いたようだったが、詳しいことは聞かれなかった。

 一旦、部屋に荷物を置き、夕食のために下に降りた。ただ、私が夕食を食べている間、今日の気持ちの勢いならば、と思い、今日の出来事を思い切って母に話した。時々、相槌を打つだけだったが、日頃自分のことを話すことのない私が話したことがよほど嬉しかったのか、終始笑顔だった。食べ終わると、そのままお風呂へ向かった。今日は、湯船につかるとそのまま寝てしまいそうな気がしたので、シャワーで済ました。いつでも寝られるように、準備をして、自分の部屋に戻った。部屋に置いたままだった携帯に目をやると、奏からメッセージが来ていた。


『今日は楽しかったね、また行こうね!』


この文と、写真が送られてきていた。アクセサリーショップで撮った写真と見覚えのない写真が1枚混ざっていた。何の写真かと思えば、そこには私の寝顔と、奏の笑顔が移っていた。しまった、寝ている間にこんな写真を撮られるとは不覚だった。急に自分の頬が熱くなるのがわかる。このまま、この写真を見ていると、おかしくなりそうだったので、携帯を机の上に置いて、ベッドに突っ伏した。さっきの鼓動が蘇る。必死に抑えようと別のことを考える、でもまた奏のことを思い出す。そんなことを繰り返しているうちにいつの間にか寝てしまっていた。

 朝起きると、鼓動は消えていた。昨日のあれは何だったのかと思いながらも、準備をし、家を出た。今日も、いつもと変わらず、電車で奏に会い、二人で学校に向かい、奏の練習を見て、二人で片付け、教室に向かった。 

 私が教室に入った瞬間、教室がざわつくのがわかった。金曜日と今日では、私の見た目は大きく変わった。男子も女子も、皆、私の方をコソコソと伺うようにしていた。そんな彼らを横目に、何事もなく自分の席に座り、授業の準備をした。すぐにチャイムが鳴り先生が入ってき、授業は始まり、またいつものクラスの雰囲気に戻った。

 その日も、奏とお昼を一緒に食べようと、屋上に向かった。奏は、いつもの場所にいたが、他の子と話していた。私は、奏の所まで、少し怯えながら近づいて行った。奏は私に気付くと、声を掛けてくれた。


「心咲!この子達、バスケ部の友達なんだけど、お昼誘われたから心咲も一緒に食べよ?」


 急な誘いに驚きを隠せていたか定かではないが、見た目だけ変えるのでは意味がないと思った。奏の近くからは離れなかったが、奏の友達ともご飯を食べることにした。この友達の中には、前に私に奏の伝言係をしてくれた近藤さんもいた。他の子達は、山口千尋さんと、片山沙羅さんということを奏が教えてくれた。奏たちの話にはなかなかついていけなかったが、居心地が悪いとは感じなかった。時々、奏や近藤さんが話を振ってくるので、どぎまぎしながらご飯を食べていた。予鈴が鳴るまで、ずっと話していた。そして、明日からもこのメンバーで食べようということになった。

 チャイムが鳴る前に私たちはそれぞれの教室に戻った。私にとっては、奏以外に話せる人が出来たと授業中にふと考えていた。

 授業が終わり放課後になると、近藤さんは早々に教室を出て、体育館へ向かっていった。今日もバスケ部は練習があるのかと思い、一人で帰った。

 その日から、本当に毎日奏と奏の友達と昼食をとるようになった。次第に、私も彼女たちと話せるようになり、会話を楽しめるようになってきた。さらに、近藤さんは、教室にいる時でも話しかけてきてくれるようになった。勉強の事、奏の事、何でもないことを話すだけだったが、私にとっては大きな変化をもたらしてくれた。近藤さんが話しているならと、今まで牽制していた人たちが話しかけて来るようになった。最初のうちは、戸惑っていたが、話していくうちに段々と慣れてきた。相変わらず、私を虐めていた子達は寄ってくる気配はなかったが、私は気にすら止めなくなっていた。

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