第19話 初恋

「えっ?」


 扉を開けて飛び込んできたのは、そんな七奈の腑抜けた声だった。

 それと同時に七奈のぽかーんとした表情が視界に入る。


「よう幼馴染」


 ここはあからさまに余裕を見せる。

 何せこの状況を仕組んだのは俺。黒幕が種明かしにおどおどしていたら、物語に格好がつかない。


「ど、どういうこと?」


「それはこっちも聞きたいところなんだが……今はそんなこと、どうでもいいだろ?」


「どうでもいいって……そ、そっか」


 これから何が起こるのか、七奈はようやく察したようだ。

 

 というか何をこれからするかなんて、今七奈が持っているノートに書いてある。

 視線は一度ノートに行き、そこで確かめてから再び俺の方に視線が向く。


 きっと準備なんてできていないだろう。

 でもこれから起こることに対して期待をしているようで、何も言わずにじっと俺を見据えている。


 そんな七奈の態勢を見て俺は一度深呼吸をして、言葉を探す。


 しかしこちとらろくに準備もしていないので、「これだ!」という言葉は見つからない。

 だからどこかありきたりで、それでも最も早くかつ伝わりやすい言葉を選んで、そして口に出した。





「七奈、好きだ。俺と付き合ってくれ」




 緊張で震えが止まらない手を握りしめて、もうそらすことのないように七奈に視線を固定する。

 

 七奈は肩をビクッと震わせたあと、俯きながら言葉を涙と一緒にこぼしていった。


「……もうわけがわからなすぎて混乱してるわよ」


「そうだな、俺もだ」


「……私が言おうと思ってた」


「こういうのは早い者勝ちだろ?」


「別に競ってるわけじゃないし」


「まぁそうだよな」


「……私の心の準備を返せ」


「まさかの罵倒でさすがの俺もびっくり仰天だぞ……」


「罵倒されるのが好きなんでしょ?」


「セクハラの次はドM気質かよ。ついに俺も変態の仲間入りかな」


「まんざらでもないのね」


「嘘に決まってんだろうが」


 テンポよく紡がれた言葉たちは、どれも本心であり、どこか核をかすっていく。

 しかしこれはある意味七奈の準備期間なんだなと思っているから、俺は返事を急かさない。

 

 あとはどんと構えて待つのみ。


 だから数年間たまりにたまった初恋の感情がついに外気に触れ、お互いに届いたものの、自然と緊張感はなく、ぷっと七奈が吹き出した。


 それにつられて、俺も笑う。


 こんなおかしい初恋があってたまるか。

 三咲が焦れるのもよくわかる。

 ほんと俺たち、紆余曲折してきたんだな。


「慶」


「ん?」


「……よろしく……」


「えっ? なんて?」


「よろしくお願いします……」


「えっ?」



「よろしくお願いしますって言ってるでしょ‼ なんで聞こえないのよ! 心の腐りが耳にも移ったんじゃないの!」



 罵倒も含まれたその言葉が、俺にぐっと突き刺さる。

 

 照れくささも混じるこの言葉は、俺の……いや、俺たちの初恋を終わらせる言葉でもあって、新しい物語の幕を開ける言葉でもあった。


 ひそかに拳を握りしめて、喜びを力に逃がす。


 そして俺も照れくささを隠すように、いつものノリでツッコみを返した。


「心も耳も腐ってねぇーわ!」


「絶対嘘! もう汚きってるわ!」


「お前そんな奴が彼氏になったんだぞー?」


「か、彼氏……そ、そういうこと言うな!」


「なぜキレられた⁈ 事実だっつーの!」


「ふ、ふんっ!」


 そっぽを向かれた……。


 しかしすぐにまた吹き出して、笑顔があふれる。


 今日の七奈はよく笑う。

 でも、この先はもっと、この笑顔を見ていきたい。


 七奈の無邪気な、昔と全く変わらない笑顔を見て、その気持ちがさらに強くなった。



「なぁ七奈」


「何?」


「幸せになろうな」


「なっ……よくそんなこと言えるわね……でも、そうね」


 そんな会話を交わす。


 こうして俺たちの、おかしな初恋は、幕を閉じた。




   ***




「ちょっとお兄ちゃん! 七奈ちゃんもう来てるよ!」


「あいあい今すぐ行きますってー」


「早くしなさい! 私を待たせるとはいい身分ね!」


「いつも俺待ってやってんだろうが!」


 そうツッコみつつも、手早く支度を済ませて、扉に手をかける。

 

 このまま勢いよく出てもよかったのだが、ふとあれが見たくなって、机に視線を向けた。


 机の上には、見慣れたあのノート。

 こいつのおかげで、俺たちは新しい段階に進むことができた。


「ありがとな」


 七奈が意図的に作った『予知ノート(笑)』だったけど、結局これはどこまでも嘘をつかなかった。

 

 それは俺たちがこのノートの予言、宣言を忠実に遂行しようとしただけで、このノートには何の力もないのかもしれない。

 だって俺たちの生きる世界は、理不尽にもリアルな世界なのだから。


 でも、このノートは俺たちの未来を照らしてくれる。導いてくれる。


 きっと十年後も、二十年後も。このノートをきっと見返すだろう。


 ノートをぺらっとめくって、そして昨日書いたばかりの予言に目を向ける。









『これから、俺と七奈は幸せになる』  


 







 どこまでも青臭くて、振り返れば恥ずかしいと思うかもしれないけど、このノートに書けばそれが現実になるような気がして、俺たちはきっとこれを指標にして歩んでいける。


 今はそう、思える。


「ちょっと慶! 早く来て!」


「わかったよ! 今行く」


 ノートを机の上に置いて、俺は駆けだす。


 

 ——愛する、幼馴染のもとに。


 


                                    完





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突如現れたノートがこれから起こるラブコメ展開をネタバレしてくれるようになったのだが 本町かまくら @mutukiiiti14

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