プラネット・ギア3

 学校が終わるとだいたいバイトへ直行する。

 指定されたシフトまで時間的な余裕はあるが、「早く入れる日は早く来てくれ」との事なのでフレックスタイムのような感覚で勤務していた。とはいっても、調整できるのは入り時間だけで、退勤はいつも目一杯。時代場所問わず、飲食業というのは人手不足で激務なのである。





「やぁ。今日も早出かい? 精が出るね」


 ファミレスのロッカーに入ると既に中谷君がいた。ユニフォームを着てない辺り、彼も今来たところなのだろうと予想がつく。


「中谷君だって今日は十八時入りだろう?」


「仕事は楽しいからね。なんならサービス残業でもいいよと店長には言ってるんだけど、今のご時世は難しいらしいよ。それどころか、優良作業員として逆に賃金が上がってしまった。これで恵まれない子供達が少しでも豊かになればいいんだけどね」


 中谷君は軽薄に笑って見せ、センスのいいベストを乱暴にハンガーにかけた。推測だが、それ一着でバイト代が飛ぶような金額の物である。彼が寄付している孤児院の子供達の多くは、恐らく、一生そんな服を着る事はないだろう。それを考えると世の中の不公平感を感じる。

 異星においては地球と同じく資本主義が台頭し、もうずっと長い間、通貨が価値観の基準となっている。

 金のない人間はやはり苦労しているし、不幸が多い。その辛苦や悲惨さを、何十万もする洋服に袖を通せるような連中が理解できる日などこないだろうが、だからといって資本家そのものを批判する気にはなれなかった。それは俺が中谷君と知り合いだからというわけではく、今俺達が生きている資本主義という思想の世界、社会構造においては絶対的に金持ちが必要であり、貧富の差も止むを得ないという理屈からである。それはそうだ。富める者が労働者に金を渡さなければ経済の成長が滞り市場が衰退する。市場が衰退すれば労働ができなくなり国は国の体をなさなくなるのだ。単純な話だ。

 資本主義に関して、以前はまるで拝金主義のようだと否定していたが、生活のシステムとして考えると中々よくできており、軽々には金持ちを悪と断じる事はできないという思考に今ではなっている。それでもやはりトリクルダウンなどといった富の一挙集中には賛同できないが、幸運な事に、異星においてはとうの昔に理論が否定されていたため、今は資本家が労働者への対価を過剰に払い疑似的な富の再分配を行うようになっている。その代わり労働基準法の緩和がなされたため、痛し痒しではあるが。

 これに関しても賛否はあったが、個人の消費が増えた他、税収も増額し、かつ安定したという事らしいので、結果的には成功といっていいだろう。一部経営者側では大きな不満があるらしいが。賃金の引き上げに伴い、法緩和によって労働時間も実質増加しているのだ。競争と発展のためと思って金持ちには我慢していただきたい。



 労働時間といえば、中谷君、ここ一ヵ月店に出ずっぱりで規定時間まで働いているが大丈夫なのだろうか。家では勉強もしているだろうし、心配である。



「中谷君、随分働いているようだけど、身体や勉強の方は大丈夫なのかい?」


「心配には及ばないさ。学校の勉強なんてイージーだからね。身体はいたって健康だし、大学の判定も問題ない。それに、僕の遺伝子的ルーツでもあるコニコではその昔、二十四時間労働が当たり前だったと聞く。先祖の血を継いでいるのであれば、これくらいの仕事どうという事はないだろうよ」


 彼の言う、コニコが二十四時間働いていたというのはブラックジョークである。

 コニコは昔、一時間における生産性が最も悪いという屈辱的烙印を押された事があった。これは世界労働組合なる組織が調査した結果なのだが、役員の大半がエシファンとツィカスな時点である程度不公平な数値が出ている事は予想がつく、が、それがあってもコニコは本当に生産率が悪かった。要因は諸々あるが最も顕著な例として無駄な中休みが異常に多い。やれタバコ休憩だの茶飲み時間だの間食時だのと、なにかにつけて十分から十五分程の休憩を取っていたのだ。それで生産性など上がるはずもなく、遅滞は日常茶飯事であった。

 これに激怒したのが当時の産業大臣(便宜的にそう述べておく)である戸山素概とやまそがいである。富山は、なんとしてでも仕事の効率化を上げるよう各企業に通達。合理化のためならば何をしてもいいという鬼気迫った発言を内々にして送った。


 だが、結果は芳しくなかった。


 これまで遅延牛歩が当たり前だった人間がそう簡単に真面目に取り組むだろうかといえば否である。彼らは休憩の回数さえ減らしたものの、業務中にサボタージュを行うようになっていき、メリハリがつかなくなった職場では事故や不備が目立つようになっていったのだった。こうして更に数値は落ち、結果の出せなかった戸山は任期を待たずして大臣を退く。形上は辞任であったが、辞めさせられたのは明白だった。


 次に産業大臣に就任した雅牙突みやびがとつは短期間で驚くべき結果を出した。なんと生産数が昨年比の三倍となったのであるが、これにはカラクリがある。

 雅は民間出身であり、現場改革を行うためには膨大な時間と設備が必要だという事を知っていた。しかし、先の予算は渋られているし、速度も求められている。結果が出なければ戸山の二の舞。考えた雅は、一つの結論に至る。


「生産効率向上は無理でも、生産数でカバーすればひとまずお茶を濁せるのでは」


 と。


 こうして雅が法改定を推し進め労働の制約を緩和すると、企業に対して厳しい法人税を課した。これには裏があり、一旦回収した税金は別の勘定で返還されるようになっていたのだが、そんなものが公開されるわけはなく、各社代表は「すまんが働いてくれ」と若い人間を無理やり長時間働かせる事に成功したという具合である。この時、産業相が出したキャッチフレーズが「二十四時間臨戦態勢」という恐ろしい物であった。

 当然こうした無茶苦茶が長く続く事はなくすぐに労働基準法は見直され再改定されたわけだが、その頃には既に効率化の準備が完了しており、コニコはなんとか最低生産効率国家の汚名を返上したのであった。その陰に、どれだけの過労死者、労働災害被害者がいたのかは、公式には語られていない。

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