Country Lord1

 ドーガは分裂後、ツィカスはムカームが、バーツバはライト・フォンド・ドーガがそれぞれ治めるようになる。

 ムカームはともかくとして、このライトとは如何なる男かというと、まぁつまらない人間である。保身第一の自己優先思考は低俗極まりなく部下と同僚からはいちじるしく嫌われていたいが、上司へのへつらい方が上手く可愛がられるというような、そんな人間だ。

 そんなライトであったが仕事は抜かりなく完遂するので順調に出世していった。といっても彼が周りを巻き込んで進め、最終的な手柄を独り占めする形であったのは言うまでもないが、彼の上に就いた人間はそんな事承知していた。全てを把握した上でなお、ライトを昇格させていったのである。

 基本彼は無能とまではいわないまでも突出して秀でた点のない凡庸な男であったのだが、ある一転だけは天賦の才を有していた。それは他者の能力を正確に見抜き、適時適切に適材適所へと充てる事ができるというものである。この能力は存外有益で、大規模な組織行動時に一人いれば信を置いて運営の方向性を定める事が容易となるのである。人間性はひとまず置いておいて、駒の一つして入れておきたい人物であった事は確かなのであった。


 だがその有用性は、彼の人徳と人間性を考慮すると中間管理の立場においてはじめて発揮されるものであり、だからこそ、これまでの上司は一定以上の昇格を見送ってきた。中尉、大尉、精々少佐くらいまでが適当なところで、それ以上の権限与えるのは害としか成り得ないと誰しもが考えていたのだったが、ムカームはそんな人間だからこそ、あえてライトをバーツバの国主へと使命したのである。狙いは明瞭。傀儡化である。

 ムカームは自身が意のままに操る事のできる人間にバーツバを統治させ、実質的に二国の支配者となる算段があった。そういう意味においてライトは餌をぶら下げた方へ素直に動くのだから実に御しやすい手合といえただろう。その判断自体は間違っていなかったと思うが、味方内に寝首を掻こうとして人間がいるのであれば、登用はもう少し慎重に行うべきだったのではないかと、結果論でしかないがそう思う。

 バーツバの国主となったライトはしばらくムカームの支持通りに国家運営を行っていた。生産数も国内利益もツィカスを越えないよう絶妙な調整を行い、また、意図的に損失を発生させて噛ませ犬としての役割を全う。国民の不満は溜まり批判も殺到していたのだが、多額の金とその他諸々の報酬を受けているライトは満足していた。この手の人間は自身の立場を脅かさない相手の言葉など意に介さないから悪い意味で尊敬はできる。人を人と思っていない典型的な下衆であるが、強さに直結する恐ろしい特徴だ。



 故に、より多くの益を提供する人間が現れたり、寄生している人間が弱った場合、乗り換える事に微塵も躊躇を抱かない。



 それは国が分裂して五年の月日が経つ頃、ライトから、今後、バーツバは如何なる干渉をも受けず、自らの考えの元国家運営を行う。との報せがムカームに送られた。恐らくムカームは悟ったであろう。何物かが、ライトを買収したのだと。そしてその何者かが誰であるかを。


「ムカーム将軍、よろしいでしょうか」


 タイミングよく表れたのはジッキだった。彼は国の分裂にあたりムカームの相談役兼補佐官としてツィカスに籍を置いていたのだが、これはムカーム自身が彼を目の届くところに置いておきたかったからである。補佐、相談役という実質的な権限のないポストを与えたのも動きを抑えるためであった。しかし、それでこの妖怪の身動きを封じたと思っていたのであれば、ムカームも随分と甘い計算をしたものだ。ジッキが飼っている人間が裏と表合わせてどれほどいるか、少し想像を働かせれば、数は分からなくとも脅威であるという計算はできたであろう。ムカームにしてみれば迂闊である。もっとも、そう思考するようジッキが操作していたのであれば話は別で、この老人の恐ろしさがさらに増す事となる。時の支配者をここまで手の内で転がす事ができるというのはまさに魔人の所業。こいつが若い内に活動せず心底よかったと、俺は思う。



「……貴様の差し金か?」


「おっと、なんですかな藪から棒に」


「……っ!」


 ムカームは舌打ちを鳴らし睨みつけるに留まる。どうする事もできない事は、彼が一番よく知っている。


「ご機嫌がよろしくないところ心苦しいのですが、ワザッタ殿から報せが」


「あの馬鹿から支持もしてない連絡を寄越すなど珍しい。いったいどういう要件だ」


「簡潔に申し上げますと、今後、CDEモーターズはムカーム将軍の命令を受けないとの事でございます」


「なんだと!」


 ムカームはジッキから書状をひったくりその内容を読むと、ワナワナと戦慄き、テーブルの上に叩きつけた。


「こんな事をあの馬鹿が書くわけがない! キシトアの仕業だ! おのれふざけた事をしてくれる! いいだろう! こうなれば武力を以て分からせてやる!」


「恐れながら、それはお止しになった方がよろしいかと」


「なんだと!? 貴様! この俺に指図をするのか!」


「将軍。貴方は今、冷静さを欠いていらっしゃる。だからこのご時世に戦争などという手段を選択しようとしているのです。先のフェースの一件で我らの国の評価が揺らいだ事をお忘れか」


「ではどうするのだ!? このまま奴らの思惑に嵌り虚仮にされ続けろと!?」


「国主とは、時に恥を忍び、侮辱を甘んじて受ける度量がなくてはなりません。どうぞ、その旨ご理解いただきたく」


「……クソ!」


 このムカームの取り乱しぶりからして、もはや後がなくなっている事に気が付いていたのだろう。

 かつての彼ならこの場でジッキを殺していたかもしれないし、恐らく、それしか再起を図る道はなかった。それができなくなったムカームの衰えは確かであり、一つの時代が終わろうとしている予兆でもあった。


 驕れる者久しからず。ただ春の夜の夢の如し。

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