ユア ファーザー2

 シュウもまた、その過酷なノルマに追われる営業マンの一人であった。

 彼は今年で四十となる中年で、妻一人子供一人を養う大黒柱。婚暦は一度だけで不倫もしていないし隠し子もいない。これは本人の性格に依るところもあるが、単に甲斐性がないというのもある。経済的に安定しているエシファンであってもサラリーへの価値観はシビアであり、それを補って余りあるような魅力なく、年齢もそこそこな平社員は歯牙にもかからないのである。まぁそんなシュウだからこそ無駄に気負う事も憂う事もない結婚生活を送れるのであるから、総合的に見て中の下くらいの価値はあるだろう。欠点らしい欠点のない、強いていえば俗物的であるくらいの普通の男性である彼に対して妻のチャンは強い不満を抱いていなかったし、一人息子のソウシンも「こんなものだろう」と冷静に見ていた。シュウの家族は取り立てて見るところない、ドラマのドの字もない超凡庸な家族なのであった。




「帰った。遅くなって悪いね。どうにも課長の説教が長くって」



 時計の表示は二十時となっている。残業にしても飲み歩きにしても早すぎる時間だがシュウの言葉に嘘偽りはない。売り上げが低迷している営業部の全体ミーティングにおいて、発狂した課長が全員に怒鳴り散らした後、隠し持っていた酒を一気に飲み干し社歌を熱唱。そのまま潰れてしまったためタクシーを呼び、チーム一番の若手に介抱を任せてようやく帰宅にありついたのである。異星においては既に地球のはるか先行く科学力を有しているのだがこの一連の流れは昭和初期のノリに等しい。コンプライアンスの重要性やSDGsへの積極的取組が叫ばれるるようになって久しい中、こうしたやり取りができるというのはある意味で羨ましく、ある意味で鬱陶しい。



「お帰りなさい。丁度ご飯作ってる最中だから、一緒に食べちゃいましょう」


 出迎えるチャンはオートクックのボタンを入れてテレビを観ている最中だったが、帰宅センサーの反応があったためわざわざ玄関でシュウを出迎えた。妥協的な入籍であったが、それなりの情と信頼は築かれているようである。


「今日はないんだい?」


「鯖(としているがあくまで翻訳結果であり実際には異なる名称である)とサラダと卵スープと、それから湯豆腐(こちらもあくまで地球でいうことろの豆腐という意味合いであり本来は異なる料理である)」


「……随分ヘルシーじゃない?」


「あなた、この前の健康診断で血糖値上がってるって出てたし、お腹も出てきてるから、しばらくは健康的な献立にしたの。ビール(説明するまでもないがビール的なアルコール飲料を便宜上ビールとしているだけである)も控えて頂戴ね」


「……分かった。これからはハイボール(これも以下略)にするよ」


「まぁ、飲み過ぎないようにね」


 超未来になっても中高年の悩みは等しく変わらず、また、哀愁漂うものである。かつて許された暴飲暴食が封じられた時、替え際の後退が目に見えて進んできた時、明らかに白髪の本数が増えてきた時、ズボンに脂肪が乗り上げた時、男は若さの喪失を実感するそうだ。いずれ辿る道と思うと俺も他人事ではないが、今はフレッシュな時代を謳歌したい。光陰矢の如しな人生、悔いなく過ごしたいものだ。


 ちなみにこの時代異星では高血圧にも肥満にも癌にも効果的な治療が確立しており医者に行けば薬も処方されるのだが、多くの中年オヤジは面倒臭がって対処していない。この辺りも、実に昔の男性らしい生体である。



「あれ? 父さん今日は早いんだね。クビになった?」


 中途半端な時間に帰宅した父にリビングで腰を掛けているソウシンが憎まれ口を叩くと、シュウは鼻で笑い言い返した。


「生憎と個人の営業成績は悪くないんだ(あくまで比較的にはである)。早く働きたい気持ちは分かるが、もう少し学業に勤しんでくれ」


「そうかい? じゃあまだ金食い虫でいようかな。と、いう事で、小遣いくれないかい?」


「お前、ちゃんと給料日にたかってくるね」


「そりゃあ金のある内に貰っておかないと。僕も色々入用なんだ」


「未成年が何に金を使うんだ。課金か?」


「発想が古いね父さんは。今の子供はねぇ、アナログ回帰なんだよ。ギターやらCDやら紙媒体の本やらPCやら、あえてレトロなものを買って不自由を楽しむのさ」


「そんな時代、俺らの頃もあったな。みんなで金を出し合って四輪の車を買ったり」


「それ面白そうだね。今度やってみようかな」


「やめとけ。電動にしろ水素電池にしろ市場に出回ってるのはとっくに寿命だ。バッテリーは自分達で作るしかない。ガソリン車なら使えるかもしれんが、化石燃料なんざ今頃どこで手に入るか分からんぞ」


「父さんは作ったの? バッテリー」


「仲間内で作ろうってなったんだがな。バレて停学になったよ。古物取り扱い違反だとさ。まぁ、前科付かなかっただけ有情だな」


「……やめとくよ」


「そうか」


 父子の会話が終わると、タイミングを見計らったようにチャンが「できたよ」料理を持ってきた。料理がフルオートメーションなのに配膳が手動なのは配膳システムが故障しており、修理費用をケチっているからである。卓に置かれた鯖とサラダとスープと湯豆腐の原価は一般家庭よりも低いのに食欲がそそられる。これも内助の功か。作っているのはオートクックだが。



「じゃあ、いただきましょう」


「はい、いただきます」


「いただきます」



 三人とも箸を取り、料理に手を伸ばす。しばし無言。流れるテレビに耳を傾け、咀嚼の合間に画面を見つめる。



「凄いなぁ。高校生なのに」


 ハン・アタタの報道が流れ、シュウがそう口にした。天才高校生ゲームプレイヤーという触れ込みでバラエティ番組に映し出される少年の姿を観て、我が子と比較したのだろう。


「あぁ、ハンね。最近人気だよ。学校にもフォロワーがいる」


「ふぅん。結構な事だな。お前もゲームやってみたらどうだ?」


「興味ないかな。将来プロになれるでもないんだから、その時間使って他の事をやるよ」


「なんだいお前、つまんないこと言うね。夢とかないのかい? 子供の時分は夢見てなんぼだぞ?」


「夢で飯が食えたらいいんだけどね。多くの人間がそうじゃないんだ。みんながみんな好きな職業に付けたら国が破綻してしまうよ。なら、少しでも楽に生きられるよう頑張った方が得だと僕は思うんだ」


「なんだまったく退屈な奴だな。そんなんじゃ彼女できないぞ」


「いるよ? 彼女」


「え?」


「しらなかったのあなた」


「おま……言えよ……彼女できたなら……」


「父さんが毎日遅いからタイミングがなかったんだよ。休みの日は寝てるかゲームやってるし」


「そうよあなた。たまには家族サービスくらいしてもいいんじゃない?」


「……考えておく」


 言葉にこそ出さなかったが、チャンもソウシンもシュウの言葉に「やんないやつだ」と突っ込んだ事だろう。いつの時代も、父親とはこんなものである。

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