ユア ファーザー1

 エシファンは最上位の国々にこそ一歩劣るものの先進国である事に疑いはなく、大企業CDEモーターズの躍進もあってか経済的には十分に安定していた。

 とはいえ問題は山積みである。多数の民族が一個の陸地に介している時点で揉め事は不可避だし、隣国のアバリバも厄介極まりなく綱渡りのような外交政策がひたすら続いている(なんとも今でも軋轢が消えず冷戦数歩手前のような状況がずっと維持されているのだから驚きである)。ツィカスとバーツバの実質的支配下に置かれていた手前、この両国とも微妙な関係が解消されていない。頼みの綱はトゥトゥーラとコニコくらいなものであるが、トゥトゥーラとは物理的な距離的に問題があり連携が取りづらく、コニコは独自性が強く貿易は面倒で、さらにある問題を抱えていたため精神的な距離が置かれていた。

 このように、エシファンは多くの問題に頭を悩ませ、時には荒波に揉まれてきた。それでもなんとか時代の流れにしがみつき今日まで発展を続けてこれたのは、偏にCDEモーターズ、延いてはワザッタの尽力があったからこそである。なんとワザッタは、奴隷戦争後にムカームへ絶縁状を叩きつけ、傀儡からの脱却に成功したのだ。

 




 今日まで祖国のためと思って貴殿へと尽くしてきたがそれもこれまで。独裁にもほとほと飽き申した。この書面をもって、我は檻より解き放たれますれば、今後一切エシファンへの介入は承服できず、正当な手段を以て異議を唱える事、御認識いただきたく候。更に、これは大きなお節介ではあるが、これから先の時代、汝の思うところにものは動かぬと忠告させていただく。

 今後は、貴殿の国とは対等な立場で接していただく故、貴殿においても、快くその旨了承していただける事を願う。

 CDEモーターズ代表 ワザッタ・ローシン。


 

 この絶縁状、当然ワザッタ本人が認めたものではない。誰かとは言わぬが、とある国のとある大統領が執筆したもので、政治的圧力と多大な裏金を使って名義だけ変更し、本人の許可も曖昧なまま送付したのである。受け取ったムカームにおいてもそんな事は分かっていたが公な批判は避けた。当時の彼には内外問わず戦うべき相手が数多におり、迂闊な言動を封じられていたのだ。ワザッタは後日、ムカームから「承知した」との旨が言葉少なく書かれた返答を賜り発熱。数日寝込む事となる。


 ムカームという後ろ盾を失ったワザッタは社内において四面楚歌の様相であった。周りにいる大半はムカームの息のかかった者であったし、役員クラスとなればドーガの関係者ばかりである。誰もが善い顔をするわけなく、反ワザッタ派となる。それだけで済めばよかったが、暗殺計画すら立てられるような切迫した状況でさえあった。下手をしなくとも立場は崖っぷち。立って死ぬか座して死ぬか歩いて死ぬかの実質一択な三択に毎晩うなされまともに眠れない日々を送っていたがワザッタであったが、ある日を境に、誰もが彼に協力的な態度を取るようになる。当人にしてみれば罠と疑うに十分な急変ぶりだったが蓋を開ければ至極簡単な理由があった。皆、買収されたのだ。

 ワザッタがそれを知るのはバーツバとツィカスの定期連絡船が入港した際の事である。船に乗ってやって来たジッキとの懇談において、全てを悟ったようであった。

 ちなみにこれは余談であるが、丁度同時期にCDEモーターズの役員が数名、忽然と姿を消している。死体もなく、どこかへ向かった形跡もなく、本当にそこに存在していたという痕跡から消失していたのだ。世間は不思議な事もあるものだと無理やり納得しながら冷たい汗を流していたが、最も顔を冷たくなっていたのはワザッタであろう。



 ともあれ晴れて企業の協力を得られるようになったワザッタはそれはもう遮二無二働いた。土地を買い上げて工場を拡大し生産能力を大幅に強化。トゥトゥーラから金で買った最先端の技術を惜しみなく注ぎ込み品質を向上。作業者のモチベーション管理のために末端であっても福利厚生を充実させ昇給賞与を徹底させた。そのあまりに火急な先行投資により一旦は会社が傾きかけたが、努力の甲斐あって即座にV字回復。それから長くない年月の間、エシファンの至る所に子会社や支部、関連会社が立ち並び経済基盤は盤石なものとなっていった。まさに企業国家というに相応しい社会が構成されたのである。


 そんな歴史もあり、エシファンは異星において最高に安定した雇用状況を維持していた。誰もがCDEモーターズ関連の会社に勤め、給与を貰い、CDEモーターズの商品を購入するというインチキ臭い生活循環が組まれ、歯車のように回っているのだ。エシファンの人間の大半はゆりかごから墓場までCDEモーターズの世話となる。病院も学校も会社も墓地も家も店も全部が関連企業。何が恐ろしいかというと、国民がこの独占ともいえる状態を受け入れているという事である。これもワザッタが地域貢献をしてきた結果であろう。CSRは大事である。


 しかし、そんなCDEモーターズにおいてもウィークポイントはあった。これは先述した、コニコとの精神的距離感に繋がる要因なのだが、エシファンは、超未来における主要商品であるデバイスの売り上げがすこぶる悪いのだ。


 この頃の異星における端末のシェアはコニコ一強といってよかった。なんといってもテルースがコニコ産のタイトルなのである。ゲーム以外でもコミュニケーションツールなどとして有用な同タイトルに接続するデバイスやガジェットは本国コニコ産のものに最も信頼が寄せられており、それはCDEモーターズのお膝元であるエシファンのリューイにおいても例外ではなかった。CDEモーターズのデバイス事業部の営業は、常に厳しい契約ノルマに四苦八苦していたのである。

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