国を見つめて6

 反政府組織のアジトとされるモーテルをトゥトゥーラ軍が包囲したのは昼過ぎである。

 その日のその時間、報告書には組織の主要メンバーが全員集まるとの記載があった。キシトアは持てる兵力を使えるだけ使い、微塵の慢心もなく一刀にて乱麻を断つ腹積もり。状況は既に整っており、後は合図さえあれば先遣隊が突入できる。

 その合図を送る指揮車両にキシトアは乗っていた。一応無線はあるが電波が弱いためほぼ前線に位置している。つまり、何かがあれば巻き添えを食う可能性が非常に高いのである。そんな場に一国の指導者が待機しているのはまったくもって非常識であり考えられない事であったがそれも本人の希望。然らばまかり通る(正確には妥協した結果の乗車であり、初期案では自らを突入隊のメンバーに数えていたのだがさすがにそれは止められた)



「準備は既に完了しております。勘づかれる前に作戦を決行いたしましょう」


 幕僚として乗り込んだ中将階級の進言にキシトアは頷く。


「よし。先遣隊突入」


 命が下り、程なくして騒音が広る。爆発、発砲、悲鳴、炎上。暴力と殺傷の不協和音が破壊的な旋律を奏で静寂を追いやり、巻き上がる粉塵は街の一角を濁らせていった。長く続いた平和の石垣が崩れ、トゥトゥーラの大地に血が染み込んでいく。しかし争いの起こらない土地も死ぬまで穢れぬ土地もないのである。長く先延ばしとなっていたが、ようやくトゥトゥーラの番が回って来たと思えば、なにも不思議ではない。


「よし。第二派突入。味方を撃つなよ」


 第二陣がモーテルへと駆けていく。反撃はなく、ひび割れた大地に注した水のように無理なく入っていく。敵の戦力は大した事がないようだ。

 断続的な攻勢を波状攻撃と取るか戦力の分断と取るかは状況によって変わるが、今回のトゥトゥーラ正規軍における作戦は間違いなく後者に分類されるものである。しかし圧されている様子は見えないどころか一手目で勝利してしまいかねないような、圧倒的な戦況であった。死傷者の報告はなく気配はただただ良好。危惧していた自爆も起こらず、逃げ出す者もいやしない。いくらなんでも脆すぎると思ったであろうキシトアはしばし考え込んだが、伝達にやってきた兵の一言により顔色が変わった。


「制圧はほぼ完了。また、パイルス様を生きたまま捉えました」


「……! そうか。他、何かあるか?」


「いえ、ございません」


「では、待機していた兵を投入し調査に当たれ。今後の憂いと成り得る存在を全て断ち切らねば許さぬと伝えろ」


「は!」


「……」


 想定以上の速さで終息し喜ぶべきであるが、キシトアの顔は優れない。パイルスの名を聞いた瞬間一瞬硬直し、血の気が引いていく様子が見て取れた。気丈に振る舞ってはいるが、やはり内心穏やかではいられないのだろう。



「如何なさいましたか?」


 見かねた中将が声を掛けたが、ただ一言「なんでもない」と返すばかりである。

 それでもなお俯く事なく指揮車両に残ったキシトアは、作戦終了から二時間経過後に執務室へと戻り、ソファに腰を掛けた。いつもであれば待っていたパイルスから茶か水か酒。そして軽食が用意されるのだが、今はもう誰もいない。静寂の中、窓から見える街の様子を伺うも曇っていて星がなく、闇が広がっているばかりである。


「……」


 ソファに座るキシトアは例の報告書を読み返す。単に手持無沙汰なのか気になる事でもあるのか、静かに、よく観察している。そして。


「……!」


 突然目を見開くと、食い入るようにページを見比べていき、こう呟いた。


「なるほど。まったく……」


 何かに気が付いたのか、キシトアはテーブルに報告書を投げ置き天井を仰いだ。その様子は感嘆するようでいて、呆れていたようにも思えるたが、実際のところは彼自身にしか知る由がない。






 翌日。反政府組織の壊滅とパイルスの逮捕が報じられるとトゥトゥーラの国民は主に三つの意見に分かれた。キシトア派と、反キシトア派。そして中立派である。中立派の中には無関心と諦観も含まれているが、その辺りは些末な事であるため捨ておく。それよりも問題は、キシトア(と、現政権)を良しとするか否かの対立が激化し、暴力を伴う論争に発展しかねないという点であった。

 トゥトゥーラのメディアは立場と報道の自由が約束されているためそれぞれがそれぞれのスタンスで記事を書いていた。その結果何が起こっていたかといえば過剰な対立煽りと思想の誘導である。各社がそれぞれ極端な内容の記事を書けばそれを読んだ国民が俄かに感化され歪な持論を展開するようになる。すると、それを聞いた相反する思想の持ち主としばしばトラブルへ発展しヒートアップ。単なる口論が暴力事件へと発展するというのがざらにあった。平素でさえそんなものなのだから、今回政府が打った強硬策について議論が白熱しないわけがなく、街に論客を自称する無法者が闊歩する事は目に見えていた。そうなると巻き添えを喰らわぬよう商店は休業するだろうし、暴力を好まない人間は街に出なくなる。経済の低迷が、まさに起きようとしていたのだ。戦後数日。未だ混迷。早めに手を打たねばならない状況。キシトアは朝から朝まで対応に迫られる事になるはずであり、執務室に張り付いていなければならないはずなのであったが、彼の姿はどこにもない。どこにいるかといえば、軍部の特別収容所。パイルスが収監されている場所である。




「久しいな」


 キシトア既にパイルスの前にいた。涼しい顔をしているが、心拍数は大きく上昇している。


「……」


「なんとか言ったらどうだ。それとも、口もききたくないか?」


「……」


 パイルスは沈黙したままキシトアを見据えた。しかし、その瞳には怒りや憎しみなどなく、それどころか、親愛すら感じさせる、温かい眼差しであった。

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