主従廻戦16

 攻めあぐねるトゥトゥーラ軍の指揮官からキシトア宛てに電報が届いた。


 大局において勝利の色濃厚。しかし、恥ずかしながら苦戦の続く戦線有。

 このまま戦力を消耗するは望むところでなく、また、大統領におかれましても同様のお気持ちではないかと愚行した次第。力及ばぬ上での進言、誠に心苦しい所存ではございますが、どうか。飛行機による爆弾投下の許可をいただきたく候。



「……」


 短い嘆願を読み終えたキシトアは茶を飲み頭を抱えた。指揮官が具申した、戦闘機を用いた爆撃をすべきか否か迷っている様子である。


 トゥトーラの戦闘機はフェースが反乱を起こす少し前に完成していた。名を、ヘカーといい、既に八十機程ロールアウトされている。

 ヘカーは速度も航空距離も飛行機一号試作八番 一点三零とは比較にならぬほどの数値を見せており、十分実戦に耐えられる仕上がりとなっていた。兵器として運用すれば申し分ない威力を発揮する事は間違いなく、まさにトゥトーラの虎の子といっても過言ではない切り札となっていたのである。それ故、こんなところで、しかもほぼ身内といっていいバーツィット相手に切り出すのは躊躇われたのだろう。もし戦線に投入すれば間違いなくドーガに悟られ技術が盗まれる。先に技術の一部を提供しているわけだから、模倣するのもそう難しい事ではないだろう。その時点でトゥトーラが有している数少ない優位性が一つ崩れるわけであるから、キシトアが慎重になるのも無理のない話である。

 しかし人の命というものは軽々に天秤にかけられるものではなく、原則的に最優先されて然るべきものだ。救える手段があるのであれば行使すべきだし、ないのであれば手を考えなければならない。人命というのはそれほどまでに重く、また尊いものなのである。

 だがここで考慮すべきは未来に救える命をどう考えるかという点である。例え現状で百人死んだとしても、結果的に千人の命が助かるのであればどちらを優先すべきなのか。即答できる人間はそれ程多くないように思える。単純にグロスで表記すれば当然、後に救える千人を救うべきであろう。だが、人一人にはそれまでの人生があり、また、関わる多くの人間がいる。一人の命が百人の命に劣るという事はなく、百人の命が一人の命のために死んでいいという事もない。命というのは前提として平等であり、等しく救わなければならないもので、また、死にゆくものなのである。

 もしここで飛行機を投入し爆撃にて制圧すれば大陸での戦闘は即座に終了するだろう。バーツィットの兵など一網打尽だし、拠点も灰燼と化すだろうが問題はその後。ドーガの連中が飛行機の実用化に成功し、運用システムも完成させたとしたら、何万、何億の人間が命が瞬く間に消えていく可能性が十分にあるのだ。そうでなくともドーガが危険な相手である事に変わりなく、早くから手の内を晒す事はそれだけ付け込む隙を与える事となるわけで、慎重となるのも致し方ない。


 仮定の話ではあるが、これがテーケーならば飛行機を温存し歩兵による進行を続けていただろう。彼は兵や軍の死に対して感傷を抱かず、チェスの駒を進めるよう、極めて冷静かつ冷酷に当たる。兵の消耗は勘定の内だろうし、一定の水準を下回らなければ死ぬための行軍を指示する。それこそ総計と確率で考えて決断を下すのだ。テーケーとはそういう男である。


 だがキシトアはそうではなかった。というより、考え方こそ同一のものだが、見ているものが違った。

 例えばここで進言を無視して前線を押し上げていく決断をすれば、必ず軍部との軋轢が生じる。その軋轢が巨大となり修復できない不和を生めばどうなるか。答えは実に簡単。フェースがやったような反乱がおきる。フェースと違うのは、それがクーデターである点だ。これが成功してしまうとトゥトゥーラの未来は暗い。軍事政権による支配などといったものが自由意思と相いれるわけがなく、間を置かずして暴力による支配が恐怖政治を形成するのである。そしてその後は革命が起こるか、あるいは他国に滅ぼされるか。いずれにせよ、トゥトゥーラは国としての終わりを一度迎える事となる。

 いささか悲観的な未来ではあるが、ムカーム率いるドーガという国の存在を考えるとあながち非現実的とも言い切れない。これらを踏まえ、キシトアは決断を下さねばならぬ立場であった。



「パイルス」


「は」


 電報を手に項垂れたキシトアは、ついに決断を下す。



「ヘカーの準備をさせろ。作戦は指揮官に任せる。ただし、可能な限り犠牲が出ぬようにと伝えろ」


「よろしいのですか?」


「致し方あるまい。勝てる戦で無駄に戦力を消耗するのは愚策よ。それよりもさっさと終わらせ、余力を使って復興させた方がいい」


「かしこまりました」



 キシトアはとうに冷め切った茶を飲み干すと、自ら代わりを入れ、しばし立ち上る湯気を見た。曲がり、廻り、消えていく白い湯気は、まるで異星の情勢を映し出したように朧気で、不安定であった。

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