主従廻戦15

 四ヶ国会談が終わるとキシトアとペテロは再び話し合う必要ができた。共同戦線を張るにあたり、どちらがどのように軍を敷き攻め入るのか取り決める必要があったのだ。


 が、その会議は長く時間を要するものではなかった。というのもホルストはトゥトゥーラの参戦に伴いドーガとエシファンに援軍を出す約束をしたからである。大陸における問題の大本はホルストとバーツィットの小競り合いが発端となっているためこの布陣は本末転倒と言わざるを得なかったが、進言をしたのがキシトアであるため他二国も殊更問題なく受け入れ、更には作戦の立案から実行までトゥトーラが一任する事を承諾したのだった。大陸の指揮権は完全にトゥトーラが握る事となり、言い換えれば、対バーツィットとその後に生じる責任の全てを担う事となったのである。この戦争が終わればトゥトゥーラは異星の寿命が尽きるまで戦勝国の名と虐殺の事実が歴史に残る事となるが、それもホルストへの配慮と平和のための戦略であった。終戦後、ホルストとバーツィットの軋轢が更に深まれば再び望まない戦争が起こる可能性は高い。バーツィットは不当に攻められたという認識するだろうし、ホルストもそれを否定しなければならないからだ。しかしそこへトゥトゥーラが秩序維持の大義名分を掲げてホルストと入れ替わればバーツィットもまだ客観的な見方ができるだろう。ホルストが正義を盾に攻め込んだとしてもバーツィットが未来永劫その行為を忘れる事はできない。それほどまでに両国の間には深い溝と数えきれない恨みが募っているのである。




「では、前線は我が国に任せていただこう。ホルストは後方支援と他戦線に注力してくれ」


「そのようにいたします。ご協力いただきまして、なんとお礼を申し上げたらよいのやら……」


「おいおい。やめてくれないか。貴殿はもはやホルストを背負って立つ人間なのだろう? いつまでも下手に出るものではない。胸を張れ胸を」


「善処いたします」


「……まぁいい。この戦争はすぐに終わる。かつて起こった内戦と同じか、それより早いか……いずれにせよ、戦後の事は決めておかねばならんから、貴殿もそのつもりでいてくれ」


「そうですな。バーツィットは幾らか代償を払わねばならぬでしょうが、できる限り、未来へと繋がるようにいたしましょう」


「その通りだ。人間同士いがみ合っていても仕方がないからな」



 キシトアのその言葉が本心からのものであろうという事はペテロにも分かっているはずだった。その証拠に、彼の目には光が留まり、拳が震えていた。

 トゥトゥーラは独立までに戦いを繰り返し、一度滅びもしている。しかし結果的に大国となり、異星において唯一自由と権利が守られる民主国家へと成長した。キシトアはそこに至るまでに犠牲となった人間達の信念をテーケーによって聞かされ、また、自身もその姿を観て、声を聴いてきた。そうして培ってきた信念は、本人も無自覚の内に体となって現れ、人の心を動かすのである。




「キシトア様」


 ペテロは改まってキシトアの名を呼び、背筋を正して敬い、礼する。


「ありがとうございます」


 キシトアは背を見せ、静かに手を振るだけだった。






 その翌日、バーツィットはフェースとコニコへ遣いを送り同盟を樹立。遠交近攻の形を作り、二つの陣営がはっきりと固まった。ドーガ、トゥトゥーラ、ホルスト、エシファン。それとドーガが支配している植民地を合わせた連合国と、フェース、コニコ、バーツィットの枢軸国との対立となる(大陸に点在する数多の小国はそれぞれのスタンスに従い両陣営に与したが、その大半が連合国に属していた)。先の大戦は半ば内輪の紛争であったがこの度は完全に国同士の争いとなっており、異星の今後を決めるターニングポイントといっても過言ではなかった。各国の動きや立ち位置で状況は大きく変わるし、万が一枢軸国が勝てば歴史をひっくり返す事となるだろう。そうなれば異星はまた長く混乱の世が続く。俺としてはさっさと終戦を迎え、連合国が主体となり新たな秩序を基にした平和を築いていただきたかったのだが、トゥトゥーラは思いの外バーツィット相手に苦戦する事となる。


「おかしい。どう考えても戦力が増強されている。それに兵器の精度も高い」


 報告書を見て唸るキシトアに対して、パイルスが茶を出しながら独り言のように声を出す。


「どこかに死の商人がいるのかもしれませんね」


 兵力を横流ししている人物、あるいは組織があると、彼は言うのだ。


「馬鹿な。一体どこにそんな輩がいるというのだ。仮にいたとしても、いったいどこから武器と兵を……!」


 そこまで言ってキシトアは感づいたのだろう。そんな事が可能なのは、そんな事をしてメリットを受けるのは、この異星において、たった一つしかない事に。


「ムカーム……奴め、植民地から人を掻っ攫ってバーツィットに流しているな!?」


 キシトアは怒りのあまり出された茶を腕で払い報告書を握りしめた。かつて自身が取った手をやり返された形となるわけだから、さぞかし忌々しく感じたであろう。それを横目で眺めるパイルスは事もなげに割れたカップを片付けながら言葉を返す。


「しかし確証があるわけではございません。恐らくは輸入している奴隷に紛れ込ませているか、手懐けている小国を経由しているのでしょうが、尻尾を掴ませるような間抜けはしないでしょう。武器の方に関してはどこかに工場があるのかもしれませんが、これも突き止めるとなるとかなりの労力と時間を割く事になる」


「気に入らん! まったく奴は人間をなんだと思っているのだ!」


 キシトアの絶叫はヒビが入ったように枯れている。余程腹に据えかねるのだろう。


「……キシトア様」


「なんだ?」


「その言葉がご自身に向けられた際は、なんとお返しになられますか?」


「……」


 トゥトゥーラの参戦は一部国民から反対意見が上がっていた。奴隷の反旗に端を発する戦争であるのであれば、トゥトゥーラが弱者の側に立たたないのは間違っているのではないかという声が少なからずあった。パイルスは、それを述べているのである。


「俺は、トゥトゥーラを守るために動くだけだ」


「左様でございますか」


 その言葉に果たしてパイルスは納得したであろうか。いずれにしても、キシトアが奴隷を使う側に立ったことに変わりはなく、それによって不穏な影が立ち上り始めたのもまた事実であった。

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