主従廻戦14

  トゥトゥーラとホルストの会談が終わった後、今度はドーガがタイミングを見計らったように両国へ会議の要望を送りつけてきた。建前としては戦争状態となった国家への対応についてとなっている事から拒否などできるはずもなく、三国とエシファンを交えた国家会議は、日を置かずしてドーガで開かれたのだった。


「世界の有事に際し集まっていただけたこと、誠に感謝いたします。今後、我らでより良き未来を創るべく論をかわしたいところではございますが、まずは、当国の努力及ばずフェースに完敗した事、謝罪いたします。この一戦においてフェースをはじめコニコ、更にはバーツィットまで混乱の火種となってしまいました。全ては私の力不足によるところ。如何なる批判も甘んじて受ける所存でございます」


 謝罪を述べるムカームを批判する者はいなかった。全てこの男が裏で引いていると思えばその筋書きに対して文句をつけても場が好転するわけでもないし、言ったら言ったで先が不利となる。この戦い、フェース側が負ける事はほぼ決まっており、その後の処理をどうするかという点が最も大きな問題なのだ。それ故、ここで各国の心象を悪くするような発言は後々の交渉に悪影響が生じるばかりでなにもメリットがない。如何に白々しい言葉であっても悪意を向ける事はできないのである。


「先の失敗を嘆くよりも、今後の計画を練るといたしましょう。大陸においてはホルスト側にバーツィットを抑えていただく。我が国も、宣言通りそれを支援いたします。フェースとコニコに関しましては、それぞれドーガとエシファンに当たっていただく他ないでしょう。こちらに関しても、トゥトゥーラは最大限の援助をする準備がございます」


 キシトアのこの発言は「当事者同士で解決してくれ」と言っているのに等しいものであった。これはフェース以外、どの国とも友好的な貿易を続けてきたトゥトゥーラからしてみれば当然で、援助を行うと明言しただけでも十分歩み寄った形となる。それは皆承知しており、各国の人間に異を唱える者はいなかったが、唯一人、ムカームだけはこの発言に対して反発の意思を述べるのだった。



「と、申されますと、トゥトゥーラは軍の派遣はされないと?」


「大変心苦しいのですがそういう事になります」


「この世界の一大事に、トゥトゥーラだけは手を汚さず、安全な場所で見学をされると、そう仰るわけでございますか?」


 ムカームの言葉には明確な敵意が込められていた。この戦争に対して非協力的だからではない。キシトア発言を口実に、次の戦争を起こすぞという意思表示である。


「援助はいたします。武器も食料も、なんなら補給部隊も向かわせましょう」


「しかし、実戦部隊は動かされない。」


「必要であればそういたしますが、ドーガ、エシファン、ホルストの戦力を考えれば、わざわざ我が国が軍を投入する意味がない。戦力差は圧倒的。数も練度もすべてが上回っている。その上で我が国が本格的に参戦する道理がどこにございましょうか。下手に戦線を拡大すれば混乱をきたし、先の海戦の二の舞になりかねません」


「仰る事は理解できます。しかし、そう、先の海戦。我々は、誠に恥ずかしながらフェースの奴隷に負けたのです。それ加えてエシファンもコニコに押されている。確かに対極的に見て戦況は有利に進んでおりますが、局地において遅れをとっているのもまた事実でございます」


「……」


 ムカームの言う通りエシファンは一部の地域においてコニコ相手に敗走を繰り返していたのだが、敗れ始めたタイミングは不思議な事に、ドーガがフェースとの戦闘に敗れた頃と合致している。


「このまま戦闘を行えばまず勝てるでしょう。勝利は揺るぎない。しかし、各地の敗北によって兵は死にます。侵略によって民が死にます。死ななくともいい命が、戦争によって死んでいくのです。キシトア様。どうかこの現実を鑑み、今一度軍の派遣を考えていただきたい」


「どの口がそれを言うか」と、キシトアは吐き捨てたかっただろう。しかしそれができないのが国主、いや、大統領である。場の空気は完全にムカームに支配された。ここでなお援助に留めると述べれば後の情勢において間違いなく不利となる。キシトアは呑まないわけにいかず、トゥトゥーラの参戦は避けられぬものとなったのだった。


「……分かりました。では、我らはコニコを……」


「コニコにおきましては我らが何とか致します。幸いにもドーガからの援軍も駆けつけていただけるとの事。エシファンの維持にかけても、見事鎮圧してみせます」


「左様でございますか」


 横から割って入ったシュンスィに対して静かに苛立つキシトアは顎を触る振りをして自らの頸動脈を触った。怒りで血流が早くなっていないか確認したかったのだろう。


 キシトアがコニコを相手にしたい事はムカームも呼んでいた。確かに貿易の相手国であるが、フェースとバーツィットよりは今後の遺恨も残りにくく、国民感情を刺激しない。ムカームがそれを読んでいないわけはなかった。



「キシトア様。トゥトゥーラには、フェースかバーツィットを相手に軍を出していただきたく存じます」



 奴隷を買いこみ国家事業を画策しているムカームである。その両国を天秤にかけられた場合、答えは自ずと、一つに絞られるだろう。



「では、ホルストと共闘し、バーツィットへ進軍いたします」


「ありがとうございます。いや、それでこそキシトア様だ」



 ムカームは微笑を隠そうともせずキシトアに礼を述べた。この時キシトアの腰に銃がかかっていれば撃ち殺していたかもしれないが生憎と丸腰であり、銃弾の代わりに視線を送るしかなかった。

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