主従廻戦9

 チュボシ大佐をはじめとしたドーガ兵部隊の死体はゾット中将が本国へと運ぶ事になった。

 フェース部隊はバルトフィールドを奪取した後二手に分かれ行動を開始。一方は中将のいる官舎へ、もう一方は研究施設へと向かいそれぞれ制圧に成功。ドーガの常駐員とて無論反乱を想定していなかったわけではなく程度の抵抗は行われたが、実際に発生した場合において想定通りの対処ができるかどうかは別問題である。机上の空論は机の上以外のでき事に対し、あまりに無力であった。



「奴隷風情が! ただで済むと思うなよ! 生まれてきた事を悔やむ程の痛みと絶望をくれてやる!」



 そう叫ぶゾット中将の歯は抜かれ、研究施設の職員と警備兵数人と共に漁船に詰められ海へと放り出された。これがドーガ海軍大佐殺害事件の顛末である。




 このフェースの反乱を聞いたムカームは思いの外冷静であった。




「まぁ、いつかは起こると思っていた。研究内容の大半を早めに本国へと移送しておいて正解だったな」


 ゾット中将帰還後に急遽開かれた会議においてムカームは興味がなさそうにそう呟くと今後の方針を伝える。


「今回、我らは寛大な処置を取る。フェースを許し、望むならば独立も許可するつもりだ。反対の者はいるか?」


 会場が俄かにざわついた。まさか彼の暴君ムカームがそのような柔和政策に打って出るとは皆思っても見なかったのだろう。


「お言葉ではございますがムカーム将軍。事は大事にございます。赴いた我ら海軍の同胞は皆殺しにされ、戦艦も奪取されました。接収している領土も占拠されたのです。これはテロル以外の何物でもございません。どうぞ、今一度報復のご検討をいただきたく存じます」


 そう述べたのは海軍統括指令である。この失態の責任は当然彼に課せられるのだから、挽回のチャンスは欲しいだろう。自らが艦隊を指揮し、フェースの再度支配に貢献して名誉の回復を図りたいのだ。しかし、ムカームの返事はやはり戦争を避けようとするものであった。


「奴隷にやられるような軍隊は必要ではない。戦艦だって型落ちだ。くれてやってもいい。これまで散々儲けさせてもらったのだ。それくらいの褒美をやっても文句はないだろう」


「しかし、それでは国家の沽券が……」


「沽券か……確かにこれで舐められては外交上で不利になるやもしれん。しかし、これからの時代は新たな力が必要となる。トゥトゥーラが本格的に民主政治を採用し益々勢いをつけてきた昨今の時世を考えると、今後は暴力以外で国の威信を示す必要が出てくる。分かるか? 人間の意識が変わり始めているのだ。それを踏まえ、此度の件は穏便に運びたい。無論、奴らが打って出てくるのであればこちらも応えるつもりだがな」


「……将軍のお気持ちはよく分かりました。私如きの浅慮で具申した事、痛く恥じ入ります。大変申し訳ございません」


「構わん。貴様にも立場あろうからな。処分は追って出すが、まぁそこまで重くするつもりはないから安心しろ。死んだ兵の遺族に挨拶は行ってもらうが」


「は……」


 ムカームのこの処置。一見温情があるようにも見えるがまったくの逆である。彼は死んだ兵達に対して敬意を払わないばかりか、軍属である名誉すら蔑ろにしたのだ。

確かに彼の言う通り、武力の強さが絶対である時代は過ぎようとしている。トゥトゥーラから始まった人権意識の広がりは海を越えたドーガにも根付き、人々の価値観や思想に少なからず影響を与えていた。自らが人を利用し、地位と名誉を簒奪してきたムカームである。人心を察知する能力は高く、時流を見る目も間違ってはいない。しかし、だからといって彼が下した判断は余りに身内に対して冷酷である。死んでいった兵達の命を利用し、国家の方針を大幅に変更させようとしているのだ。狡猾極まりない。


 実はムカームはこの時、奴隷商売からの転換を目指していた。各国に力が付き、人の意識が変わっていけば必ずドーガは非難の対象となり国力を削がれていく。その前に打開策を打つ必要があった。

 ムカームの中では奴隷を輸出しない代わりに植民地へ各国の生産業などを委託させ、その中間に入りマージンを受け取るという構想ができあがっていた。これは後に発見される彼の日記にて明らかになったものである。植民地に住む十人が奴隷が如き労働を強いられるのは明白であったが、それでも人身売買よりは遙かに人道的だし、そもそも情報の伝達を遮断すればいいだけの話。ムカームはキシトアとは異なる視点で、次の時代を見つめていたのだった。

 だが、その方針がこの会議で発言される事はなかった。必要ならば会議に出席している人間を全員切り捨てる腹積もりで展望をひた隠しにしていた事も、彼の日記に綴られている。





「失礼。私からもよろしいですかな?」


 手を挙げたのはジッキであった。


「いいだろう。言ってみろ」


 ムカームは少しだけ嫌な顔をしたが、ジッキは変わらず好々爺然とした態度を崩さずに口を開く。



「此度の問題。おかしいとは思いませんか」


「おかしいとは?」


「如何にバルトフィールド一隻とはいえ、海軍がこうも簡単にやられますかな。どうにも手馴れている感がございます」


「こうなる日を予測して訓練をしていたのだろう」


「それにしてもでき過ぎている。フェースでは当然軍事に関する座学など行っておりませんし、戦闘訓練もしておりません。にも拘らず軍人を易々と制圧し島を占拠。聞くところによると武器の扱いも難なくこなしていたとの事。いったい誰がどのようにしてそれを教えたのか。それが気になります」


「……」



 ゾットは当然分かっていて言っているだろうし、ムカームにおいても見当はついているだろう。コニコか、あるいはエシファンの人間がフェースに入れ知恵をしたと、彼らが分からぬはずはなかった。しかし、ムカームは先に述べた理由により黙殺しようとしていた。それ故、ゾットのこの発言は彼にとって大変面倒であり、煩わしいものであったに違いない。


「貴様の言はもっともだし、私も不振だと思う。本件については調査をする故、報告を待て」


「は」



 半ば強引にジッキを黙らせたムカームを不審に思う者もいただろう。しかし、面と向かってそれを言えるものはドーガにはおらず、ジッキとて追求できる力は持っていなかった。ともかくとして、フェースの反乱は一端静観とされ、その処置を伝える部隊の選定がなされる事となるのだが、その前にまた、ひと騒動起こった。コニコの離反である。

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