主従廻戦8

 日頃トレーニングをしているとはいえ実際に戦闘経験(模擬戦だが)のあるフェース人はジョーワンら百余名の名もなき部隊員のみである。他は全員素人で、人を殴るという行為自体未経験だという者も複数。軍人相手に勝てる見込みは薄く一見無謀にも思えたが、彼らはやるしかなかった。黙って死を持つのも戦いの果てに殺されるのも同じである。であれば、戦う事を選択するであろう。飼われ、強いられ、虐げられてき彼らの生に対する意識がこの時明確に変わり、自由を勝ち取らんと、魂が輝いたのだ。ジョーワンの叫びにより生物としての情動が呼び起こされ、遺伝子に刻まれた生存のための戦闘行為を思い出したのだ。そして、さがに目覚めた動物は、強い。



「なんだこいつら!」



 ドーガ兵が困惑し悲鳴を上げる。これまで生殺与奪の権を握っていた、所有物と思っていた存在に襲撃を受けたのだから無理もない。おまけにまるっきり烏合の衆というわけでもなく、何人か明らかに動きの違う者がいる。その者達は乱戦に紛れ、確実に戦力を削ぎ落してくるのだ、兵にとっては恐怖だっただろう。おまけに数で言えばフェースの方に分がある。バルトフィールドの船員八百に対し港に並んでいた奴隷は全員合わせて二千人程。二倍以上の戦力差で正面から当たれば、如何に武装した軍兵であろうと鎮圧は難しい。加えてジョーワンの現場指揮能力の高さが戦場のイニシアティブを握り、ドーガ兵達は次々っと倒れていったのだった。


「第二班! 第二班! 聞こえるか! これから艦内に侵入する! 聞こえていたら俺に続け!」


 陸地での形勢が有利に傾くと、ジョーワンは幾人かを伴いバルトフィールド内に潜入。待機していた兵達を殺しながら進んでいった。艦に残った兵達は皆外の様子に気付いているようだったが、奴隷を殺して遊んでいるのだろうと気にも留めず、仮眠をとったり酒を飲む者ばかりであった。このあまりの怠惰ぶりは、無論神の介入があった結果である。直接的に手を出すのは恐ろしいが、これくらいの手助けならばしてやれる。暴虐の限りを尽くす人間を許す事などできん。この戦闘、俺はフェースに肩入れする事に決めたのだった。






「偽善ですなぁ。自らは手を汚さない辺りがなんとも石田さんらしい」



 それに対して案の定モイがちゃちゃを入れてきた。鬱陶しい。



「歴史はそこに住まう者の手によって記されるべきだ。俺が一から十まで操作するのはよくない」


「大した詭弁でございますが、いつまでも責任から逃れられるわけではございませんよ? そろそろ、神として、いえ、その前に大人としての責任感をお持ちになった方がよろしいんじゃありませんか?」


「ニートに責任感を求める方が狂っている」


「開き直りましたか。まぁ、私はいいんですがね」


「なんだ、その含みのある言い方は」


「いえ、ただ、この後どうするおつもりなのかなと」


「この後?」


「そうですとも。この騒動。神である石田さんが介入したんですからフェース人が勝つでしょう。しかし暴動を起こした奴隷を、兵を殺した国を、ドーガが放っておくものでしょうか。そんなわけがありません。間違いなく粛清に打って出るでしょう。それこそエシファンとコニコの目論見通りとなり、また戦争が起きます。それも大規模な。それをどうするつもりなのかなと。黙ってみているのか、今回と同じようにフェースに肩入れするのか、それとも、ムカームの精神を操作し、鞘を納めさせますか?」


「……」


「仮にムカームだけ操ってもそれだけでは当然不足しています。ドーガの幹部に留まらず、他国の首脳などにも何らかのアクションを起こさなければ平和的解決は望めないでしょう。下手をしたら異星の人間すべてに平和主義の思想を植え付けなければならないかもしれません。しかしそれは、他ならぬ石田さんがこれまで嫌い行わなかった手段。ポリシーを捨て手の平を返す事になります。私は構いませんが、人の自由意思を尊重してきた石田さんがそれを受け入れますか? 人々に仮初の感情を与え、人類愛に満る星を作られますか?」


「……」


「平和的な星を作りたいのであればその方がはるかに楽ではありますので、私も推奨いたします。しかし意に添わぬ形での創造は得てして興味そのものを削ぐ事になるでしょう。私の経験から言わせていただきますと、十中八九途中で投げ出します。そうなると、震災や隕石で星を破壊するんですよ。その様子はまぁ悲惨。人間は逃げまどい、恐れ、神に祈るも、聞き届けられる事はありません。飽きちゃってるんですから」


「……」


「もし石田さんが同じようにしたら、きっと目を閉じ耳を塞ぐでしょうね。そして何もなくなった異星を見て、こんなはずじゃなかった。なんて呟くと思います。賭けてもいいです」


「……」


「それで、どういたしますか? この後は。やはり人心を操り平和な世界を実現いたしますか?」


「……知らん」


「はい?」


「後の事など知らん。それはこの星の人間が考える事だ。ただ俺は、奴隷が、虐げられてきた者達がこれまで奪われてきた権利の代わりとして奇跡を与えてやっただけ。そり上は、知らん」


「……今回は開き直りが多いですね」


「うるさい」


 俺は責任を放棄して諦観の継続を決定。以降の問題は、異星人に丸投げする事にした。


 正直申し訳ないとは思ってはいる。 

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