主従廻戦5
ジョーワンはその後もシュンスィのもとへ通いつめ様々な事を聞かされた。最初こそ異星の歴史や社会システムに関する内容(異星人が確認できているまでのものであるが)であったが、いつしか戦術論や兵器の扱い。船の操舵技術。エシファンが開発した戦車(リビリ攻略用に開発を進めていたが終ぞ使う事はなかった)の操縦まで教え込まれていたのであった。奴隷であるジョーワンは疑問に思うどころかそれこそが選軍奴隷へとなるためのステップだと信じて疑わず、日々戦いの方法を学んでいく事となる。
「今日は特別な事をしよう」
ある日、シュンスィがジョーワンに向かってそう言った。二人が知り合い、三年が経つ頃である。
「特別な事でございますか?」
「そうとも。ついてきなさい」
シュンスィが連れ出したのは使われていない格納庫群であった。そこはかつて、バグ達が使用していた備蓄庫、並びに兵器庫であったが、設備の古さや劣悪さにより放棄を決定し、以後、忘れ去られていた。
「あの、こんなところで何をするのでしょうか」
そのような場所に連れてこられ不安にならぬわけもなく、ジョーワンは震えた声でそう尋ねる。
「君はこれまで様々な事を学んできた。しかし、現実は頭の中だけでは完結しない。外部の干渉が伴って初めて、知識が完了としたと言える」
「……」
シュンスィは有無を言わせずジョーワンの両肩を掴み強く握ると、覗き込むような視線で射抜いた。その無言の圧力は期待の表れでもあったろうが、瞳の奥に冷酷な意思が宿っているようにも見える。
「ジョーワン。君ならできる」
言葉の後に扉が開かれる。倉庫の中は明るく、人が犇めいていた。その数はおよそ百を超える。
「彼らも君と同じように学んできた子達だ。仲良くするといい」
「学んできた?」
「そうとも。もっとも。中でも君は特別だがね」
その言葉にジョーワンの口角が若干上がるが、シュンスィが次に発した号令により、すぐに真一文字に結ばれた。
「これより実施訓練を開始する。二組に分かれ、どちらかが全滅するまで戦うのだ。これまで学んできた事を遺憾なく発揮してほしい」
ざわつく一同。しかし、ジョーワンはいたって冷静だった。この状況で、何をどうすればいいのか、彼だけが知っていた。
「東西に分かれていますね。私はどちらに付けばよろしいでしょうか」
「どちらだと思う?」
「……西でしょうか。年齢別に分けられていますので、同学年の方へ入るのが自然だと考えます」
「中々洞察力が鋭いじゃないか。さすがだね」
「ありがとうございました。では、行ってまいります」
ジョーワンはそう言うと一目散に西側へと駆け出し、戸惑っている者を複数人を捕また。
「混乱に乗じて先制攻撃をかける。俺とお前とお前がまず突撃して相手の注意を逸らすから、お前。背の高いお前だ。お前が後から叫びながら攻めろ。そうすれば勝てる」
「え? あ、はい。」
「タイミングは俺が出す。しくじるなよ」
言うや否や、ジョーワンは即席のチームを組み東軍に突撃。混乱に乗じて一人、また一人となぎ倒していく。これに伴いようやく相手も戦闘が始まった事を理解し応戦するも、既に混戦の体をなしている中で少数の敵は捉えきれない。ジョーワン達は縦横無尽に敵陣を駆け巡り一人ずつ確実に倒していくと、次第に冷静さを失った東軍の人員は遮二無二拳を乱打し、同士討ちの醜態を見せるまでに至った。
「今だ! かかれ!」
ジョーワンの合図に呼応し、打ち合わせ通りに大柄の男が突撃を開始。すると、それにつられて西軍全員が動き、敵陣へと切り込む形となった。その怒涛の勢いに東軍は散り散りとなると、ジョーワン率いる先遣隊が各個撃破を開始し形勢は喫する。ランチェスターの一次法則により東軍はみるみると瓦解。西軍は圧倒的多数が立ったまま、戦闘は終了を迎えた。
「それまで。両者ともよくやったが、今日の所は年少組に分があったな。こうした実戦形式の訓練は今後も続けていくから、各自自習を怠らないように」
全員息絶え絶えであったが、シュンスィの言葉には返事を響かせる。ここにいる全員が彼の信奉者のようであり、不憫に思えた。
「ジョーワン。よくやった。やはり君は特別だ」
「ありがとうございます。しかし、もっとスマートに戦えるようになりたいです。今回は被害が大きくなり過ぎました。次回は、武器を使った訓練を行ってみたく存じます」
ジョーワンの言葉にシュンスィはにやりと笑い、「結構」と称賛した。
シュンスィの言う通り、この日から幾度となく実戦形式の戦闘が行われたがいずれもジョーワンが指揮を執った方が勝利を収めていった。そんな事が続くと、いつしかジョーワンはリーダーと見做され大きな信頼を得る事となる。人々は皆ジョーワンに敬意を払い、その後に続くのだった。
こうしてみると見事なサクセスストーリーとも思えるが、この話には裏があった。
実はシュンスィによって集められたフェース人の子供達は意図的にジョーワンに劣る教育がなされていたのだ。また、彼らの中には日頃からジョーワンを賞賛し崇めるような人間がちらほらと見えたのだが、これも意図されたものである。その他にも多数に及ぶお膳立てが陰ながら行われ、ジョーワには本人さえも気が付かぬうちに「自らは先導者である」という自覚が芽生えていたのであった。
仕組まれたカリスマが誕生し人を束ねる頃、シュンスィは既にエシファンへと帰還しており、代わりにコニコの人間が彼らの管理をするようになっていた。これはシュンスィがムカームに直談判し通った結果である。
ムカームはその明らかにおかしな行動を訝しんだが、あえて無視をしたように思える。それは戦略的な、あるいは政治的な判断によるものであっただろうが、実際の所は本人しか知らない。
どちらにせよ、フェースにおいて人知れず名もない部隊が結成されつつあった。この部隊が、後に異星へ戦火をまく事となる。
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