主従廻戦6
事が起こったのはジョーワンが十四になった頃である。
その日はドーガ海軍における視察があり、同時に選軍奴隷を選出する目的もあった。
ジョーワンは既に従軍の希望を出しており受理されていた。座学においても体育においても優秀で、労働でも優良と判断されていたため、まず問題なく入隊できるはずであり、その旨は本人にも伝えられていた。普段感情を見せないジョーワンが珍しく、小さく喜び跳ねたのも無理からぬ話だ。奴隷である彼に与えられたたった一つの夢が叶うのであれば、その歓喜もひとしお。抱いた希望が絶望に代わるなど、想像できなかったろう。
事件前日。とある場所のとある部屋にて、密談が行われていた。
「どうかな。ジョーワン部隊の様子は」
そう語るのはシュンスィである。彼はセワと共に、幾度と渡って密かなる計画を練っていた。
「大変優秀でございます。兵として、軍としての機能は十分に果たすでしょう。いつでも戦える状態でございます」
「そうか。さすが私が見込んだだけの事はある」
「明日は万事抜かりなく進むでしょう。その後の事は……」
「分かっている。ところで、この事を知っている人間は本当に貴様だけだろうな?」
「無論でございます」
「であれば良い。エシファンもコニコも、もはや信に値する人間はいないと思っていいだろう。事が始まれば私と貴様で裏切り者を炙り出し粛清せねばな。骨の折れる事だ」
「しかし、それもかつての栄華を取り戻すためでございます。微力ではございますがこのウンセイ。粉骨砕身の覚悟でシュンスィ様に従い、祈願成就のため働きたく存じます」
「うむ」
シュンスィは大きく頷き、セワの忠誠に言葉を添えた。
「もはや貴様しか信頼できる者はおらん。頼んだぞ」
フェースに訪れるために用意された艦はロングアイランド級バルトフィールドである。視察のためにわざわざ戦艦を持ち出したのは指揮官であるゾット中将の酔狂に他ならない。
「奴隷共に我が偉大なるドーガの力を見せつけてやらんとな」
そう言うや否や即座に手続きを指示し出航許可を得た。戦艦一隻を動かすためには大量の燃料を喰うし人員もいる。なにより疲労の蓄積が巡洋艦などと比べてはるかに重く船員は皆渋ったが、上官命令であるのならば従うしかない。ちなみに何故運用許可が下りたかといえば、訓練目的の他、トゥトゥーラへの牽制の意味も含まれていた。「我が国はいつでも戦艦を動かせる用意がある」という事を誇示すためのパフォーマンスである。
こうした政治的な目論見において困るのは常に現場で働く兵士で、艦内では案の定陰口や愚痴を聞かない日がなく、鬱憤を晴らす度にまた違う鬱憤が募っていくという不毛かつ不健全な状態が続いた。ゾット中将の副官を務めるチュボシ大佐も、例に漏れず巨大な不満を矮小な手段で発散していたのであった。
「司令官殿は気まぐれで物を決める傾向にある。戦場でもこの調子で指示を出されたら堪ったものではない」
彼は酒が入ると決まってそう愚痴を零した。上官とは往々にして部下に疎まれ嫌われるものであるが、この視察に関してはより顕著に嫌悪の兆候が表れており荒れに荒れ、彼の部下もまた、彼と同様の感情を抱き、彼の愚痴を吐き出すのであった。隊員の士気は最悪。常に誰かが苛立ち、怠惰を働き、規律を軽んじ不貞腐れる。そんな日が続けば暴力的気性が育まれた軍人がどうなるかは想像するに容易い。彼らの内に沸き立つ暴力性は血に飢え、他者に対し、支配による理不尽の強要を望んだ。彼らの敵意は上官から次第にフェース人へと向けられていく。
「あいつらがいるから俺達がこんな苦労をしなくちゃならないんだ」
「どうして俺達が奴隷なんかの見物をしなくちゃいけないんだ」
「あいつらが悪い」
「殺してやる」
軍人たちは口々にフェース人を侮辱し、未だ見ぬ奴隷を虐げるための算段を共有し酒の肴にするようになる。ロープで縛って石を投げてやろうとか、指を一本ずつ切り落としてやろうとか、各々が思いつく限り野蛮で残虐な催しを思い描き笑いあっていた。愚かな事だ。
いったい何故人間というのは不幸の歴史を繰り返すのか俺には分からない。命の尊さを、人の権利をどうして重んじる事ができないのか。争いや暴力など悲しみしか生まないというのに。
こういう事をモイに言うとまた例の自説を持ち出してくるだろうか俺は何も言わなかった。言わなかったが、奴の方から「これでまた進化への道が開けますね」などと倫理観の欠片もない発言を吐いたためさすがに一言物申そうかとも思ったが、この状況をただ俯瞰して見ているだけの俺も同類であるため止めておいた。俺はいつだって何もできない。頭の中で「こんな事はおかしい」「世界は間違っている」と考えるだけで実行には移せない。今の俺の立場であれば、異星に対し、容易に干渉ができるというのに、何もできないのだ。
何気なく、端末を操作してメニューを開き、天罰の欄を選択してみる。
洪水。
雷。
地震。
いずれもその破壊力は底知れず、恐ろしい。これらの震災によりいったいどれだけの命が失われるのだろうか。その責を取るのは果たして誰なのか。考えるだけで震えが止まらない。
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