主従廻戦3
奴隷生産農場と言われるフェースだがその設備は馬鹿にできないものであった。
出荷後に即戦力として働けるよう工業製品をはじめ農具、建築機材、危険物、家具に至るまであらゆるものが用意され、実際に使用されている。奴隷達は実習をしながら経験を積み知識と勘を養っていた。その工程で作られた製品は植民地にした外海の国へと高値で流されたりエシファンとコニコに卸されたりしていたが、後者に関してはトゥトゥーラとの貿易が行われるようになると控えられるようになる。これは上前を撥ねた方が楽に金を徴収できるからという理由もあるが、両国の不満を高めないための緩和政策でもあった。
労働費の掛からない製品の生産コストは破格の低さであったが品質事態はそれなりのクオリティであり一般的な使用には耐えうるデキである。あえて粗悪な造りにしておけば植民地などは故障の度に買い直しをしなければならず、その都度金の流入が発生する構造ができ上がるのであるが、最後に残った良心なのか、それとも必要以上にヘイトを貯める事を恐れたのか、ムカームが品質を下げる事を良しとしなかったばかりか、より一層の完成度を目指すよう命じていたのだった。
こうした理由により、ドーガの奴隷政策は後進である植民地の発展に寄与していた面も確かにあった。だが作業を行っているフェース人にとっては搾取されている事に変わりなく、怒りと悲しみが心に巣食い呪いで満ちた感情によって人格が形成されていた。産まれた瞬間取り上げられた人権は生涯において返ってくる事はない。服従と従属のみ許された人生においては理不尽への諦観と支配者への殺意があるばかりなのである。
彼らは皆、使役されながらも復讐を胸に誓い生きていたのだ。長く、代が変わっても。
「ジョーワン。朝飯くれよ。昨日から何も食ってねぇんだ」
「それはお前が欠品を見逃した罰だろう。しっかり受け入れるんだな」
ジョーワンはアダムにそう言うと、そっぽを向いた。
「そう言うなよ。同じ奴隷のよしみって事でさ」
「同じ奴隷か。確かにそうだ。お前がミスをやらかすと俺や他の奴までとばっちりを受ける」
突き放すような言葉であったが、アダムは特に顔色を変える事なく微笑んだままである。
「そうだよなぁ。辛いよなぁ連帯責任ってのは。何もしてなくたって、誰かが下手踏んだら割食うんだからさぁ」
「……」
「例えば。例えばの話だぜジョーワン。今日俺が空腹で集中できずまたやらかしたとする。今度はなんだろうな。検品不良か? 商品瑕疵か? それとも機材破損かもしれない。そうなると生産は一時中断。多大なロスを埋めるために俺達は休みなく働かされた後に集団で懲罰。更に個別に処罰されるだろうよ。悲しいねぇそんな事になったら。もし俺が食事できないまま作業をすればきっとそうなるだろうよ。だから今の内にあやまっておく。すまん他の奴にも言っておいてくれ」
「……パンを半分やる」
「今日の朝食のメニューはオレンジもあったな。それも半分くれよ」
「……お前はいい友達だよアダム」
「そうだろう? お前もいい友達だジョーワン」
軽快な語り口であったが実際食事は死活問題であった。
日に十六時間の労働を強いられるフェース人にとって食事は栄養補給以外にも娯楽としての機能も果たしており、絶たれれば脳は委縮し身心に著しい異常が発生する。当然まともに労働などできるはずがなく、まず間違いなく不備を起こす。それが続けば彼らに明日はない。不良品として処分されるか、実験動物となるかのいずれかである。
「ともかく、お前は最近ミスが多い。今のところ大目に見られているが気を付けろ。こっちまで迷惑がかかるんだからな」
「なにも好きでやらかしてるわけじゃないんだぜ。だが人間向き不向きってのがある。俺は料理でも作ってる方が性に合ってるんだ」
「……アダム」
「なんだ?」
「俺達は人間じゃない。奴隷だ」
「……」
「支持された事しかできない。やってはいけない。合っているとか合っていないとか、そんな事を考えてはいけないんだ。奴隷らしく、言われた事をやっていればいい。違うか?」
ジョーワンのこの発言は本心ではない。やり場のない、どうしようもない怒りと憎しみから逃れるために諦め、理不尽を受け入れようとしているのである。
「……そうだな。その通りだ」
アダムもそれを分かっているからこそ何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったのである。何故なら彼が常に微笑を絶やさないのも、同じく理不尽を受け入れるための逃避行動に他ならないからだ。
奴隷に心は不要ではないか。
そう提唱し実験に移したのはドーガのとある研究者である。
不平不満を感じず、言われた通りに労働を行う従順さこそが奴隷に求められる機能ではないかと彼は言うのだ。
だが、人間とは難しいもので、幼少期からどれだけ洗脳し教育しても、人を機械化する事は不可能であった。自由を奪われ労働だけを強いられた奴隷はいずれも商品には成り得なかった。
強制はできる。支配する事はできる。しかし、個人に芽生えた人格と感情までは自由にできない。それが奪われたとき、人は自然に死へと向かっていく。実験により全てを束縛された奴隷たちは早くに機能を停止し、己が精神を守ったのだった。
結果として奴隷には程度の自由が与えられ、教育もなされた。社会性と最低限の知識が求められていたのもあったし、なにより、自我の有無が寿命に繋がるのであれば、やむを得ない事であった。
しかしその自我こそが奴隷に闘争を求める魂の土壌を形成させた事になる。生物は戦って何を勝ち得るものであると、何かを得るために戦うものだと、ドーガの人間達は忘れていた。
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