主従廻戦1

 三国の貿易は間もなく軌道に乗り各国間の関係はますます良好なものとなっていった。

 トゥトゥーラとエシファンはそもそも私情が入りまくった不健全ともいえる外交を形成していたため絆は強く硬い。事情を知らぬ人間が見ても「何かあるな」と思わせる雰囲気はさすがにどうかと思ったがそこはハンナの立ち回りとキシトアの人間力である。過剰な付き合いも「まぁあんなものか」と多くの者が慣れていった。

 ただしムカームだけは例外であり、油断することなく両名の様子を伺い、時には遣いを出して動向を探っていたがそんな事は勿論キシトアもハンナも承知しており、迂闊な行動は控えていたため糾弾される事もなく日々の激務に追われるのだった。また、キシトアとワザッタも公私ともに良好な関係が続き、時にはキシトアがアポイントメントの有無関係なしに屋敷を訪れ朝まで飲んだりしていた。ちなみにこれはムカームにうるさく言われていた。主にワザッタが。


 トゥトゥーラとコニコに関して言えば語るべく事もない。コニコの卑屈な連中は大国であるトゥトゥーラに対して適当な忖度を働き、強弱色濃い相関図を引くばかりであった。波風立てず、荒立てず、奔流に呑まれながらも沈まないように舵を取る方向で決定したらしい。中々強かな連中だ。


 このように、殊トゥトゥーラにおいてはいずれの国とも極めて良好かつ円滑な関係を結ぶ事に成功し、国内においても抜群の効果を発揮した。輸入、輸出共に滞りなく帳簿は黒字。国営事業や福祉は手厚くなり利便性が向上。海外の商品や文化が浸透して市場も活性化。技術交換による産業生産力の強化。果ては異文化交流により感性が刺激され芸術方面においても進化、多様化が進む。トゥトゥーラは、発展めまぐるしく、まさに時代の先端を行く先進国としての立場を確立し強固なものにしていったのだった。


だが問題はエシファンとコニコである。


 両国はかつて、ドーガが来航するよりも長く国交を結んでおり、明確な力関係ができ上がっていた。しかし現在ではそれが崩壊。ドーガに全権を握られ、コニコには一時的とはいえ管理されていた。エシファンはもうかつて誇った栄華の影もなく、落ちゆく陽が如く地平に揺蕩い、夕闇の底へと沈んでいくばかりである。手を打たなければ滅亡の鐘の音が鳴る日もそう遅くはない。だが、エシファンを統べる人間の多くは名を取り戻した事に満足しその先を考えてはいなかった。長年続いた同族への怨恨を果たし、それだけで全てを完結したつもりになっていたのだ。未来については優秀なる我が国家の子供たちがどうにかするだろうという根拠のない無責任な希望を抱き、彼らは満足と安納に呆けている。救いようがない。


 先のない国を任された人間達は絶望の淵に追いやられながらも国営を続けざるを得なかった。それは彼らにとってエシファンが故郷であり、家族が、友人が、守るべき民がいるからである。託された人間達は可能な限りの善政を敷き、故郷に住まう同族の平和を維持せんと働いたが、どうにもならぬ事も数多に、実に数多に起こる。

 コニコの人間は、時にエシファン市民に対して狼藉を働いた。それは婦女暴行であったり強盗であったり殺人であったりそれら全てあったりと蛮行の限りを尽くしたもので、決して許されていい行いではなかったのだが、エシファンは受け入れるしかなかった。元よりそれが国家復古の条件である。エシファンは名ばかりの誉のために国民の自由と尊厳と売ったのだ。


 このような背景のため、エシファンとコニコは当然険悪。コニコが撤退し多少は緩和したもののやはり遺恨は残っており、一方は恨み憎しみを募らせ、一方は嘲笑と軽視を向けている。形上の国交、交流こそあれ隔たり大きく溝深く、親愛など望むべくもなかった。


 しかし、これだけ軋轢のある国同士であったが一つだけ共通の認識があった。ドーガへの強い不満である。


 コニコからしてみればリビリの半属国としての立場から解放されたという恩恵こそあるが国がすげ変わっただけであり、結果としてはドーガに支配されている。搾取は財政を圧迫し技術は吸われ資源は奪われ、養分として存続する事しか許されていなかい。

 エシファンにおいては言わずもがな植民地になっていないだけましといったレベル。活気づいているように見えるがその内情はボロボロ。生き残る道としてはドーガとコニコからの客を相手にするしかないが、それも先行きが暗い。にも拘らず多額な支援を要求されていては敵愾心も湧くというもの。もっともエシファンに関していえば因果応報でもあるのだが、その因果を作ったのは老人達であり、もっといえばムカームに起因しているのである。国家統治本部の人間達は口々にこう述べる。「あの時ドーガさえ来なければ」と。


 相反する国同士がこの共通の価値観を持っているのは幸福であり不幸であった。

 同じ認識を持っていれば対話はできる。如何に蔑視の目を交わしていても、一つの目的を共有する事ができれば、少なくとも外交や保障といった交渉は可能である。

 それと同時に、一度交渉の席に着けば、一方が一方を出し抜き、謀る事もまた、可能なのであった。


 三国の貿易は間もなく軌道に乗り各国間の関係はますます良好なものとなっていった。

 しかし、それは嵐の前の……

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