ヨッパライの帰還5

 ジッキとトゥトゥーラが繋がったのは内戦が落ち着いてすぐの事である。

 まだリャンバを名乗っていたトゥトゥーラは市場流通の基礎を構築している最中だったのだが、そこにひょっこりとホルストの役人が現れこう言った。


「いい物を作っているようですね。どうですか? 売れる見込みはございますかな?」


 応対したのは未だ健在だったパイルスの父モントレーであったが、その時彼は馬鹿正直に「それがさっぱり」などと本音を漏らしてしまった。ホルストの人間など本来であれば最も警戒すべき人間であり、如何なる情報においても、たとえそれが嘘であっても軽々に話してはならない相手である。それをリャンバの重鎮がこうも簡単に破るというのは随分と軽率な行いで本人も口走った後「しまった」と実に素直な表情を露わにしたのだが、この出会いがリャンバの商業と市場を拡大へ繋げるきっかけとなるのだった。


「ここから南東の森に大きな屋敷がある。そこにはムキョウという男が住んでいるのですが、私の名を出せばきっと力になるでしょう。どうぞ、お尋ねになってください」


 男はそう言って自らの名を告げて去っていった。この時モントレーは半信半疑であっただろうが、どうにも気になって言われた通り南東に向かってみると確かに城と見間違えるほどの巨大な屋敷が木々に隠れ建てられていた。モントレーが敷地に入るとすぐに案内人が現れ屋敷内へと連れていき、程なくして男が言っていたムキョウが現れる。話を聞いてみるとこのムキョウ。どうやらホルストの商会や組合に顔が利くらしく、とんとん拍子で事が進みリャンバの販路開通の確約が取り付けられた。この時にできた流通は後にマトゥームが成立しても強く残り、現在でもホルストとトゥトゥーラを繋ぐ主要経路となっている。



 あまりにできすぎた話をモントレーは訝しみ、「どうして我らのような小国にここまで手厚く施していただけるのか」と聞いたところ、ムキョウはすぐさまこう述べるのだった。


「ジッキ様のお頼みなればこそでございます」


 ジッキは卓越した能力も然る事ながら人たらしにおいて右に出る者はいなかった。得たいのであればまず与えよの精神で人に施し、そうして救い上げた人間を自身の周りに置き厚遇する。一見すると聖人のように映るがこれは間違い。彼は自身の利になる人間しか救わなかったし、また、そのような人物を見極める目はずば抜けていた。そして実った果実を収穫するように、彼は一角の人物となった人間から成果を徴収するのである。本人がそれを望むように。


 このあからさまな搾取モデルは多数の人間に見抜かれ嫌悪唾棄の対象ともなっていたが、実際に才覚のある人間を救済し表裏問わず舞台に上げているのは確かで、その点については後世の歴史達からも好意的な評価を受けている。彼が育てた偉人は数知れず、また、彼がいなければトゥトゥーラもなかったかかもしれないのだ。いわば異星における影のフィクサーといっても過言ではない人物だといえる。この事実を踏まえると、ジッキはリャンバの将来性を確信し手を貸した事になるが、彼の正体を知っていれば後にどのような要求を受けるか知れない。手放しには喜べないであろう。



 販路の確保に成功したモントレーはすぐさまそれをテーケーとキシトアに伝えたのだが、二人は神妙な顔で少し考え込んだのだった。


「ジッキという人間の名には聞き覚えがある。なんでも、人の心に付け入るのが非常に上手いらしい。手駒の数は知れず、ホルストの裏の顔とも言われていると専らの噂だ。父上。この話は止めておいた方がいいのでは?」


「その話は俺も聞いている。とはいえ、このまま策も見いだせずにいるというのも愚かだ。せっかくの好機を無駄にする事もあるまい」


「しかし相手は俺達を利用しようとしているかもしれない。ますます掌で踊ってやる事もないでしょう」


「……いや、ここは乗ろうキシトア」


「しかし」


「相手が俺達を利用しようとしているという事は、逆にそれだけの価値があるという事だ。相手の思い通りに動けば、こちらにも旨味が出てくるだろう。まずは当面の食い扶持を稼がねば、なんともならんからな」


「……食い扶持を稼いだ、その後は?」


「そうだな。その先の事はお前が考えておいてくれ」


「……」



 こうしてホルストとリャンバの流通が始まる。結果どうなったかといえば、今の通り。ジッキの目論見通りリャンバは大国へ成長。今や世界随一の国家である。


 そしてジッキは後に販路開通の恩人として多額の金を送られ、更にはムキョウ経路の流通で発生するコストの一部を得る事となる、また、それとは別に前述した裏金(名目上は福祉運営費となっておりリャンバ・トゥトゥーラからジッキが代表を務める福祉施設へと送金されている)も受け取っており、金満というに相応しい存在となっていた。しかもこれと似たような手口を複数で行っているのだから恐ろしいし、その金とパイプを手土産にムカームへと取り入りドーガの重鎮となってまた金を得るという立ち回りができるのも化物じみている。



 こうして得た金をジッキはまた才覚のある人間や将来性のある組織などに与える。そのサイクルに、トゥトゥーラとエシファン、コニコの貿易が組み込まれるといのは、なんともはや、言葉にできない壮絶な背景である。




 ※前回また国名を間違えていたので修正しました

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