龍虎挨拶1

 この時代リャンバでは撮影機と映写機が実用化され映画などの娯楽が大変盛んとなっており流行ハデモノ好きなキシトアは大変喜びそうなものであったが実際はそうもいかなかった。


 ホルストへ向かわせた内偵によりミツの処刑を知ったキシトアは平静を装っていたがその実腑は煮えくり返っているようで、公務中にも関わらず酒を何杯も飲むとグラスを叩き割りそのまま寝てしまう始末であった。この時ばかりはパイセルも小言を言わず、割れたグラスを片付けると黙ってキシトアに毛布をかけて静かに部屋を出て行った。これ以降、キシトアの不機嫌は続く。


 また、映写機により会見の様子が映像として残るのも彼を腹立たせる要因となっていた。トーキーではなかったが、書面と違ってキシトアの不敵な態度が全て伝わってしまうのである。彼の言動が国民の意に沿うものであればそれはプラスに作用されるが、その逆ならば公と民の間に大きな軋轢を生む。ミツの行方不明についてはまさにそれであり、さらにいえば、いずれ真実が露見した際どうあってもキシトアに批難が集中するという点が、彼を一層苛立たせるのであった。

 トップの不信が高まれば当然国は機能しなくなる。これまで如何に善政を敷き市民のために尽力してきた人間であってもそれは変わらない。人間とは往々にして一時の感情に流されてしまうもので、それが集団であればなおの事。市民から突き上げをくらえばキシトアとて退任は必至である。そのような形で任を退くのを、彼は良しとしない。


 それでもなお市民と国のために動くのがキシトアである。歴史が層であれば、英知よりも感情の割合の方が多いだろう。誰しも、心から響く訴えには争い難いのであるが、それを押し口に勤めるキシトアはさすが傑物といったところだろうか。もっとも、そうでなければこの先生き残れないと本人も承知しているからであろうが。


 キシトアの元にドーガから書簡が届いたのはミツに関する会見を開く数日前の事である。彼が差出人の名を見た時の緊張感は筆舌に尽くし難い。


「ムカーム……」


 遠方にある大国の国主から直々に書かれた便りに、キシトアは柄にもなく、恐る恐る手紙を開いた。記されている内容は交友のための会談の提案。外交が落ち着いた故、大国同士で話がしたいとの旨である。



 これを読んだキシトアは嘲り手紙を破り捨てた。


「戦争、侵略を外交で片付けられたら堪らんな」


 ムカームを侮蔑するその言葉は同時に恐怖の念も含まれていた。キシトアはリビリについての知識を知っている。どのように発見され、どのように滅びたかを。それを考えれば彼の心中は決して穏やかではいられなかっただろう。よりにもよってこのタイミング。ムカームがミツについての情報を掴んでいる可能性は高い。実行するにしろしないにしろ、それを利用しリャンバを支配するという考えは当然あると想定しなければならない。国主としては手を打つ他にない。諜報などさせては国家転覆もあり得るのだ。


 だが、だからといってムカームの誘いを無碍にする事もできない。名目上は友好関係を結ぶためである。断れば戦乱のきっかけとなるかもしれないし、今後手にしたい情報の入手経路も狭まるだろう。先を考えると、ここは受けるしかない。


 この会談に対して市民の意見は賛成と反対の二つに分かれた。それぞれの勢力を構図にすると単純明快。ガーデニティと非ガーデニティである。神の名の下に自由と平等を尊ぶガーデニティは奴隷商売をしているドーガに不信感を抱いており、教義など知った事ではないリアリスムを旨とする商人や職人などは独立気鋭のあるドーガを評価している。両者における対立はミツの影響もあって大きな争いにこそ発展しなかったが、酒場や集会で愚痴が吐かれるくらいには不満が燻っており、この辺りの機微もキシトアの頭を悩ます原因となっていた。




 このように、ケオスの復興政策に追われる中で降り掛かる様々な問題にキシトアの眉間は皺が寄ってしまっており、側近のパイルスですら声をかけるのに躊躇する具合であったのだが、ようやく一つ、キシトアの顔に笑みが戻る報告がなされた。



「ついに完成したか!」


 報告書を手にしたキシトアは、しばらくぶりに歓喜の声を上げて不敵な笑みを見せた。


「試験段階です。しかし、実地運用には耐えました」


「十分だ! いや長かった! この頃ろくな事がなく対応に四苦八苦していたが気力が満ちた! 早速実物を見に行く!」


「まだ公務の途中です。それに、この後会食が……」


「仕事は適当な奴に任せる! 食事は待たせておけ! この世紀の大発明を見逃さずにいられるか!」


「ですから、まだ試験段階でありまして……」


「つべこべ言うな! 早く行くぞ!」



 足早に執務室を後にしたキシトアとそれを追うパイルスが辿り着いたのは軍の機密工場である。そこはトゥーラの一角にありながら都市から完全に遮断される作りとなっており普通であれば偶然でもまず到達できない場所にあった。


 二人がスルスルと道を抜けると、厳重な扉の前に出る。それを開けて入った先にあるのは、布を被った大きな何か。


「これか」


「はい。今ご覧に入れます」


 パイルスはそう言って、作業員の一人に指示を出し覆っていた布を剥がさせた。すると出てきたのは、巨大な主翼とプロペラのある物体。そう、それはまさしく。




「これが飛行機か!」




 そう。プロペラ飛行機である。この時代、リャンバ空の世界を手にしようとしていた。

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