第26話 立秋祭開幕
『えー、ことしの組み手大会は、かなり趣向を凝らしています』
時は流れ、立秋祭当日。
『今期の修練生たちは本当に優秀です。ひとりも脱走しなかったことをはじめとして、愛娘のミューナを含め、歌えるようになった者が合計二十三名』
六角形リングの中央でマイク片手に語るのはクレア。
詰めかけた観客たちもクレアの言葉に騒然となる。
『みなさまの驚きも当然です。例年、修練生時代に歌える者は多くて数人。新しい時代が来ているのかも知れません』
ふふ、と小さく笑って。
『なので、今回の大会は、本戦の出場枠を例年よりも増やし、昨年惜しくも選外となった修練生も大勢皆様にお披露目できます』
わっと歓声があがる。きっと身内や保護者だろう。
『そして組み合わせも単純なトーナメント戦ではありません。これは、とある修練生への懲罰と報酬の両方が入っています』
ちらりと見た花道の根元、客席からは見えない場所にはライカがいる。
『覚えていらっしゃる方もいると思いますが、ライカ・アムトロンです。彼女はこの一年、いろいろな意味で活躍し、いろいろな意味で周囲に迷惑をかけてきました。
見習いであり、まだまだ子供でもある修練生のやらかしなんて珍しくもありませんが、彼女の場合、度が過ぎて、こちらも頭を抱えることが多いです』
学舎院時代と違い、現在のライカに関するウワサにイルミナは箝口令を敷いていない。元々他者からの評価を気にしないライカには無用と判断し、修練生に上がると同時に解いている。
『つい先日も、とある大物と大立ち回りを演じ、生死の境をさまよったほどです』
観客たちがざわつく。さすがにそこまでのやらかしを行った修練生は長い神殿の歴史でも数えるほどしかいない。
『なので、彼女にもの申したい修練生たちからの願いと、彼女に想いを届けたい、ただひとりの修練生のために、今回の大会の仕様を変更したことを、ここに公言します』
反対の声があがるだろうと覚悟していたクレアだったが、個人の想いが重なり合うトーナメント戦は毎年あるから、たまには違う趣向の大会もあってもいい、楽しめる、という歓迎の声のほうが強かった。
『ありがとうございます。では、ライカ、おいで』
観客席に向けて深々と頭を下げ、そのまま花道に控えるライカを呼ぶ。
緊張した様子でライカが姿を見せると、観客たちから拍手が起こる。
『で、今回の仕様ですが、例年通りのトーナメント戦と、ライカへのご褒美、その両方を並行して行います。改めて申し上げますが、修練生は歌えなくて当たり前。神殿としてはむしろ歌えない子の方が欲しいぐらいなのです』
この言葉に偽りはない。
前線で動ける、働ける者は多いが、後方支援を専門に行える者は少ない。修練が終わったばかりの者たちを戦場に出すつもりがないのは風を含めた四つの神殿の総意。
なのでライカたちのように歌える者が増えるのは有り難いが、扱いに困るのだ。
ライカたちをリーゲルトの世話にあてている間、修練は後方支援の基本を中心に行っていたぐらいだ。
無論、修練生たちからの不満はあったが、「ライカたち六人のうち誰かひとりにでも勝てたら聞いてあげる」と黙らせていたのは本人たちには内緒だ。
──ま、ライカたちなら教えれば支援もやってくれるんだろうけど。
いま必要なのは、黙々と支援を行ってくれる者。
そういう者たちの自由意志を踏みにじるつもりは毛頭ないが、間もなく来る非常事態に向けての措置だとしっかり念を押してクレアは指導に励み、修練生たちもそれに応えた。
『ライカの試合はすべて制限なし。通常の試合は、とくに申請がなければ制限ありとします。制限をかけている試合はどうしても地味になりますが、本人たちは真剣ですので皆様も応援よろしくお願いします』
もう一度ふかくお辞儀をする。つられてライカも。
『で、は。まずはライカの試合から行います。ユーコ、おいで』
手招きされ、がちがちに緊張した様子のユーコが姿を見せる。
客席から見て中央にクレア、一歩下がった左側にライカ。ライカの背後を通ってユーコが右側に立って客席へ一礼する。
『彼女はユーコ・ブランセッサ。普段はディルマュラと同じ班で、組み手ではサポートをメインにやってます』
簡単な紹介のあと、するりと下がってふたりに握手を促す。
「よ、よろしくお願いします」
「ああ。サシでやるのは初めてだな」
「あ、は、はい」
ユーコの顔がほんのり赤いのは、去年の判別組み手のときに強気なキャラを演じていたことを思い出したから。ライカはもうすっかり忘れているので首を傾げるに終わったが。
『それでは、第一試合、はじめ!』
唐突な開幕の合図に観客たちは驚くが、当のふたりはバックジャンプで間合いを取り、同時に歌声をあげる。
「──響陣! 合唱交響曲!」
* * *
「念のため言っておくけど、あいつには今回の目的悟られないようにしてね」
結局ぶん殴ったほうがはやい、と結論付け、クレアに立秋祭でのことを提案することに決まったあの日、オリヴィアはこう付け加えた。
「でもクレア先生があらましを説明するときに知られてしまうのでは?」
手を上げたのはシーナ。となりでユーコも頷いている。
「まあそこは、ライカに挑みたい人、とか、わからせたい人、とか適当に理由付ければいいんじゃない? さすがにあの莫迦でも自分がどれだけ迷惑かけてるかの自覚ぐらいあるでしょ」
そこでミューナが、
「わ、わたしはライカに迷惑なんて思ったことないよ?」
「あんたはそうでしょうね」
皮肉交じりにオリヴィアがぼやくように言うと、ミューナはえへへ、と屈託無く笑う。
こっちはこっちで重傷だな、とシーナは思い、ユーコはユーコでミューナの言葉に同意していた。
──これだけ愛されててなにが不満なのよ、あんのくそ莫迦は。
特別戦には出ないつもりでいたオリヴィアだったが、やっぱり一発ぶん殴っておこうと出場を決めた。
* * *
ほかのふたりの陰に隠れてはいるが、ユーコも通常トーナメントに参加すれば優勝できるぐらいには強い。
得意戦法は小柄なからだを活かしての攪乱と、間合いを一気に詰めての投げ技。最高速度だけ見ればライカでも捕捉は難しく、気がつけば腕に足に絡みつかれて石造りのリングに何度も叩き付けられていた。
「けどなぁっ!」
いつまでも投げられ続けるライカではない。これだけ動かれればさすがに目も慣れる。しかし自分から殴りかかっても、ユーコはエルガートがやったように攻撃をいなしてしまうため無理。だから、罠を張る。
「せっ!」
掴ませるために打った右ストレート。いままで何度も投げてきたクセで掴んでしまうユーコ。それが罠だと気付いたときはもう遅い。
「しまっ、」
「掴まえたぁっ!」
離れようとするユーコの奥襟を左手で掴み、解放された右腕で股の間に手を通して細い左太ももを裏側から掴む。
「きゃあっ?!」
そのままぐるりと半回転させ、ユーコの頭を下にして肩に担ぐライカ。
「おりゃっ!」
そのままジャンプし、縦回転。竹とんぼのように激しく回転を加えてユーコの目が回ったのを見計らって、リングへ投げつける。
「きゃふっ!」
背中からリングに派手にめり込み、大の字になってユーコは一瞬意識を失う。
『そこまで! 勝者ライカ!』
わあっ、と爆発的な歓声があがる。
それで目を覚ましたユーコが飛び上がって起きるが、すぐに状況を察し、ありがとうございました、とライカと観客席に一礼して去って行った。
『ったく、初戦からリング壊すなっての!』
クレアの怒声にライカは叱られた犬のように身をすくめる。
『はい、というわけで、次の試合はリングの応急処置を終えてからとします。ほらライカも手伝う!』
「う、うす」
すっかり恐縮したライカに、観客席から暖かい笑いが起こる。
ともあれ、きょうは丸一日ここで試合や、試合がなければクレアたちの補佐を行うのがライカの仕事だ。
イルミナが近くにいるし、彼女自身なにかしらの懲罰は欲しいと思っていたので、不満無く受け入れている。
オリヴィアがなにか企んでいるようだが、そのときはそのときだ。
少なくともいまの段階では、覚悟は決まっていた。
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