第25話 恋のようなもの

「やっぱり、固く閉じた心はぶん殴ってこじ開けたほうが手っ取り早いと思う」


 うちの尻軽のことはさておいて、と切り出したシーナの提案に、「やっぱり?」とオリヴィアはぼやく。


「うん。マュラもそうだけど、意固地になってる相手に言葉を重ねても徒労に終わるだけ。幸いわたしたちは修練生だ。修練中ならいくらぶん殴っても問題はない」

「……物騒なこと言うわね」


 眉をひそめるオリヴィアに、シーナは淡々と返す。


「両性のひとは、両方付いているからそれぞれで打ち消し合って性欲は薄いって心理学の本にも書いてあった。だから色仕掛けで迫っても反応は薄いと思うから」

「……まあ、そうだろうな、とは思うけどさ」

「リーゲルトも落ち着いた。立秋祭も近い。そうなればたぶん、わたしたちも通常の修練に戻れる可能性が高い。少なくてもトーナメント用の組み手は参加になるだろう。なら、ミューナはそのときに思いっきり伝えればいい。わたしはそう考える」


 いちどにまくし立てられてミューナは目を回している。


「な、なんでそこまで、言うの」

「あ、言い過ぎたか。ごめん。ライカはマュラと似ているところがあるから、つい」

「ちがう。ありがとう」

「そ、そう。ならいいんだ」


 あんなに屈託無く微笑まれて、シーナは心がぐらつくのを感じた。

 そっとオリヴィアに顔を寄せ、


「これでなんで手を出さないんだ、ライカは」

「知らないわよ。大方、自分は穢れてるとかそういうのでしょ」

「ライカだってじゅうぶん綺麗だと思うがな」


 それだけは聞こえたのか、ミューナは目を輝かせ、


「うん。ライカは、とってもきれいでかっこいいの」


 熱っぽく語るものだからシーナは内心頭を抱えた。


「……これは、苦労しそうだな」

「でしょ。だから相談したのよ」

「頼ってくれて、うれしいよ」


 お茶請けのクッキー焼けましたよ、とユーコが入ってきたのはそのときだった。

 頭を抱えつつも、頭を働かせるには糖分が必要、と三人はありがたくクッキーにありついた。


     *     *     *


 その夜、検査が終わったライカは病室のベッドで横たわっていた。

 ベッドの右脇には大きな窓。星空と街明かりに僅かばかりの間心奪われる。

 個室なのでベッドを隠すカーテンはないが、そのぶん部屋自体が狭っ苦しい。ベッドの左脇には小さなテーブルと丸椅子がふたつ。テーブルにはライトとイルミナが置いていった、リンゴやブドウやバナナが敷き詰められた果物籠が鎮座し、ほどよく甘い香りを放っているが、病人じゃねぇんだぞ、と見るたびに思う。

 

「ったく、ひとのからだだと思っていじくりまわしやがって……」


 精霊化しかけた、しかも両性の身体、というのは研究者にとっては貴重な検体なのだろう。血液から大小の便、皮膚や粘膜や毛髪、果ては性器からの分泌液や精子まで採取、CTやMRIを使った内臓の診断まで。

 あとは何人もの医師なのか研究者なのかわからない連中からの問診を繰り返され、ライカは心身ともに疲弊していた。


「結果は、明日、だったな……」


 採取したサンプルの調査結果は早ければ明日中にわかるらしい。

 どうせそのときにも問診はあるのだろう。

 きょう一日で何度同じことを言ったか覚えていないのに、また明日繰り返すのかと思うとげんなりする。


「あいつ、また怒ってないだろうな……」


 思い浮かぶのはミューナの顔。

 ああいう状況ではあったが、自分はあいつと唇を重ねた。

 柔らかかった。

 暖かかっ、


「……うん、キモいキモい。やめだやめ」


 あれは人工呼吸のようなものだ。それをキスと誤認してその記憶を呼び起こすなんて、気持ち悪いにもほどがある。

 いままで一度も自分から出そうと思ったこともない精子を強制的に出さされたせいで変な感情になっているだけだ。

 きっとそうだ。


「寝よ寝よ」


 シーツを頭からかぶって余計な思考を追い払う。

 けれど、浮かぶのはやはりミューナの顔。声。仕草。肌のきめ細やかさ。そして、

 拳の鋭さ。


「あたしは、いつごろからあいつのことを……」


 出会ったのは六歳。

 なのに、去年、入殿式の日に再会するまで名前すら忘れていた。

 それでも修練初日にケンカするまでは、なんとも思っていなかったのに。

 いつの間にか気になる存在になり、舞踏の世界へ、と口走っていたときにはもう。


「……なんなんだよ、もう」


 あいつを、ミューナを好きなのは間違いない。

 あいつも、自分を好きだと言ってくれた。

 でも、どうすればいいかわからない。

 確かに自分は穢れている。我が子に暴力をふるって笑い転げるような両親から産まれた分が、他者を、ましてあんなにきれいなやつを他のやつがやっているように愛せるかがわからない。

 ただでさえ自分は、意識こそしていないが、修練中は満面の笑顔を浮かべているらしいのだ。

 いまは修練だけだからいいが、ふたりっきりになったときに、苛立ち紛れに両親と同じことをしない保証はどこにもない。

 だから、いまのままでいいのだ。


 そう決めたのと、入り口のドアが開くのは同時だった。


 面会時間はとっくに過ぎているから看護師だろうか。


「えっと、ライカ、起きてる?」


 ミューナだ。驚いてからだが大きく跳ねてしまう。


「起きてるならいい。そのまま聞いて」

「お、おう」

「んっとね、わたし、立秋祭でライカと制限なしで闘う。だから、ライカも本気でやって。……好きなひととなら、勝っても負けても楽しい、から」


 どう返せばいいかわからない。

 少なくとも、人工呼吸に関しては怒っていないことだけはわかった。


「わかった。あたしも、できるだけ、本気でやる」

「うん。だいじょうぶ。ライカの本気ぐらい、わたしが引き出してみせるから」


 さいごは、笑っているように聞こえた。

 おい、とシーツから頭を出したときにはもう、部屋にはいなかった。

 疲れた頭でへんな事を考え続けたから、へんな夢でも見たのだろうと思いたかったが、果物籠からリンゴひとつとバナナがひと房なくなっていた。

 よく見れば、果物籠を重しにしてメモが一枚挟んである。

 そこには流麗な字でたったひと言。


 ──いただきます。


 ったく、とひと息ついて、


「……、おめーのじゃねぇよ」

 

 さすがに、苦笑した。

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