第13話 帰郷

「そこまでです!」


 ライカたちは善戦した。

 術の発動時間差による戦力差は、六人で歌って互いの隙を埋めることで補完。だが倍の人数差をもってしても圧倒できないほどラグリォスの三人は強かった。

 故に六人は時間稼ぎを選択。ディルマュラへの接触を防ぐことを念頭に立ち回り、ディルマュラは自身を囮にしたり術で遠距離から援護したりと三人を攪乱していた。


 エイヌ枝部からの救援が到着したのは、六人が接敵してから約十五分後。

 距離を考えればこのぐらいか、とライカは思い、予想以上に早かったわね、とオリヴィアは思った。


「私は風の神殿エイヌ枝部維穏院長、パラヤ・エルハムです。

 ラグリォスの方々。不可侵の条約を破られるつもりなら、こちらとしても枝部の総力をあげてお相手しますが、よろしいか」


 その言が本気なのは、後続する十頭ほどの騎馬隊が証明している。

 十頭とはいえ重種。街道いっぱいに巨体が土煙を上げながら突き進んでくる様は圧巻であり、ユーコは少し怯えているように見えた。


「ここは退く。だがお前が贄になることに変わりは無い。忘れるな」


 長身の女が言い捨てると三人は音も無く消えた。


 はああっ、とオリヴィアが長い息を吐くと六人は同時に残心を解き、地面にへたりこんだり木にもたれ掛かったりした。

 パラヤは修練生たちの様子に苦笑しつつ、どうにか立っているディルマュラに歩み寄り、ひざまづく。


「やめてください。いまのぼくはただの修練生です」

「いえ。エイヌ王より、ディルマュラ修練生を、ディルマュラ・エイヌ・リュクス・アリュハ・サキア王太子殿下として扱い、保護するようにとご依頼がありました」

「まったくあの人は……。じゃあ、少なくともはは上はこうなることを予想していたのですか?」

「はい。今回お呼び立てしたのはそのことが起因しています」


 ならば、とディルマュラは表情を引き締め、強く問いかける。


「確認します。エルガートさまの御身になにかあったのですか?」


 言葉に詰まった。


「厳密に言えば、そうです。が、ライカたちを休ませるほうが先と存じます。一度エイヌ枝部までご案内したいのですが、よろしいですか?」


 あっ、と小さく漏らしたのをシーナは聞き逃さなかった。

 いくら精霊術が万能とはいえ、限界以上に使い果たした体力を回復するのには向かない。


「聞きたいことはわたしにもありますがディル。ここはお言葉に甘えましょう」

「ありがとうシーナ。みんな、立てるかい?」


 おう、としゃがれ声のライカが手をあげたのが唯一の反応だった。

 いい加減ノドを使わずに歌う方法を習得させないと、彼女の美声が喪われてしまうな、とディルマュラは危惧した。


        *        *        *


「眠ったほうがいいですよ」

「いえ。ここはもうエイヌ領。そしてあなた方がぼくを王太子として扱うのなら、そうもいきません」

 

 パラヤと同じ馬に座るディルマュラはしかし、眠気を見せることもせず、きりりと前を見据えていた。

 オリヴィアでさえ目を開けているのがやっと、他の四人は睡魔に抗うことを早々に諦め、手綱を握る風師に馬の背から落ちないよう支えて貰っている状態だ。

 一同が乗る重種は背中が広く、鞍は乗せていない。その背には馬の横っ腹まで届くサイズの柔らかな布がかけてあるだけ。安定して騎乗するためには他種の馬のそれとは違う技術が必要となる。この技術習得は修練生一年目の必修カリキュラムに含まれている。


「そういう頑固なところ、王后陛下によく似ていらっしゃいます」

「母上のこと、知っているのですか?」


 こちらを振り仰ぐディルマュラの瞳は熱を帯び、眠気は感じなかった。


「そりゃあもう。わたしも王后陛下もエイヌ生まれのエイヌ育ち。修練生の同期でしたから、何度も何度も拳を合わせたりしました」

「へえ、母上の現役時代、ですか……」


 瞳の熱の奥にあるのは逡巡。

 いくら肉親とはいえ、王后の立場にいる女性の過去を興味本位で訊いてはいけないのでは、という。


「大丈夫ですよ。あの人とわたしの間に墓場まで持っていくような秘密はありません。ですのでなんでも訊いてください。眠気覚ましぐらいにはなると思いますよ」


 そう言われて質問がぱっと思いつくほどディルマュラの意識は覚醒しておらず、ただぐるぐると頭部を回すだけに終わった。


「ふふ。ではわたしからお話しましょう。王太子殿下の伽を務めさせていただけるなんて僥倖ですもの」

「あ、はい。お願い、します」

「では、折り紙と野良猫の話から」

「な、なんですかそれは」


 そのタイトルから一度は目を見開くディルマュラだったが、柔らかなパラヤの声音と緩やかな蹄の音。そよ風は心地よく、加えて先ほどの激闘による疲労。         

 これで眠るなと言うほうが酷というものだ。

 ゆらゆらと揺れていた頭はやがてパラヤの豊かな双房へとすん、と乗り、それでも意地で開いていようとするまぶたは、パラヤがひっそりと展開する子守歌(ニンナンナ)によってゆっくりと閉じていった。

 にも関わらずオリヴィアだけはまぶたを頑なに閉じようとしなかったのは、もはや執念すら感じるほどだった。


        *        *        *


 六人は枝部に到着するとその足で寮の空き部屋に通され、翌朝までの休息が命じられた。

 王太子として扱う、と明言されたディルマュラも同室だったことにオリヴィアは訝しんだが、眼前のベッドの魔力には抗えなかった。

 そして翌朝。

 

「面会の予定が遅れたことに対して修練が足りません、とは言いません」


 ライカたち六人はエイヌ王アメルテと、王妃ルリのふたりと面会していた。

 場所は王夫妻の執務室。

 事務机に書類の山。壁や本棚に染み込んだコーヒーの香り。こういうのはどこも一緒だな、とライカはどこか親近感を感じていた。

 が、そこかしこにディルマュラの写真や、幼い頃の彼女が描いたとおぼしきクレヨン画、果ては彼女のフィギュアまで並べられているのは、さすがに親莫迦がすぎるのではとも思った。


「ラグリォスの方々を相手によくぞ無事に切り抜けたことをまずは喜びたいと思います」


 親子の再会ならこっちまで付き合わせないで欲しい、と内心毒づくオリヴィアに、執務机に座るアメルテが視線を向ける。

 オリヴィアが立つのは王夫妻の正面から少しずれた壁際。

 ディルマュラはアメルテの右。ライカとミューナは執務机の前に置かれたソファに並んで、ユーコはふたりの正面にちょこんと座っている。

 シーナの姿が見えないが、きっとどこかに隠れているのだろう。


「無論、あなた方の無事も喜んでいます。……オリヴィアさん。ルイマ村のこと、私からもお礼を言わせてください」


 ルイマ村、と言われて疑問符を浮かべるオリヴィアに、シーナがそっと耳打ちする。


「ああ、あの件でしたらディルマュラ殿下よりお礼を賜ってますので」

「それでも、です。わたし自身、国庫は国民のためにあるもの、という原則を忘れそうになっていたのですから。エイヌの王として、改めてお礼をさせてください」

「あたしはただの民草です。そういうことを言われても困ります」


 相手は王族で、同僚の親なんだからもう少し愛想良くした方がいいんじゃないか、という思いも少しは湧き上がったが、自分も血筋だけなら王族なんだからいいや、と踏み潰した。

 なにより、八つ当たりのようにエウェーレルの国庫を使わせた、という慚愧の念がオリヴィアの心を不安定にさせている。


 そんな思いがにじみ出ていたのか、アメルテは顔を曇らせ、


「……そうですね。失礼しました」


 言って傍らに立つルリと共に頭を下げる。

 王族がそんな簡単に頭を下げていいのか、と思うがこれ以上本題が逸れることを危惧して止めた。


「ともあれ、今回お呼び立てしたのは他でもありません。リーゲルトさんの行方が判明しました」


 え、とユーコが小さく驚きの声をあげる。


「発見されたのはファルス山脈の最奥。エルガートさまのお住まいです」


 オリヴィアでさえ、驚きの声をあげた。

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