第12話 六対三

 ライカたち六人は強い。

 見習いの身分で維穏院長クレアに一撃食らわせる、という事例がいままでなかったわけではないが、それでもここ数十年はなかった。

 そういう話は六人の耳にも入っているが、六人がおごりを感じたりすることはない。なぜか。倒していないからだ。

 治安維持を主な任務とする維穏院において、相手を無力化できないことは自らの敗北だけでなく、背後にいる民間人に被害が及ぶということだからだ。

 それぞれ励みに思うことはあれ、ただ一撃を当てただけでおごるような者は神殿にはいない。


 その六人が、自分たちを取り囲む三人に対して一様に圧倒的な力量の差を感じ取っている。

 ディルマュラの正面にはプラチナブロンドの長髪。身長も高く、六人で一番高いシーナよりも頭一つ高い。目つきも野獣も逃げ出すほどに鋭い。

 ディルマュラを先頭にして右舷側には小柄な、まだ学舎院に通っていそうな見た目の女。

 左舷側には顔つきも体つきも、平凡な女。ディルマュラでさえ、明日どころか別れた瞬間からどんな外見だったか忘れてしまいそうなほどに。


 だが三人共にすさまじい殺意を浴びせ、六人をここから逃がすつもりはないと無言で語っている。


「ラグリォス……、そうか、思い出したよ。ファルスの森に住んで、ヌシであるエルガートさまに使える方々、だったね」


 脂汗を垂らしながらディルマュラは、絞り出すように語りかける。


「でもなぜいまになってエイヌを、絶えさせようとするんだい? エルガートさまの逆鱗に触れるようなことはしていないはずだよ」

「黙っていろ。エルガートさまの御意志だ」


 自らの正面に立つ女の言葉に、ようやくディルはとっかかりを得た。


「それはおかしいんじゃないかな」

「黙れと言った」

「だってエルガートさまはこの森のヌシ。風の神殿を建立する際に、人間と不干渉の約定を交わしている。悪さをした人間を懲罰するならともかく、六王家の一角たる我がエイヌ家をお取り潰しになさろうとするなんて、」


 そこで一旦言葉を切り、思考を巡らせる。


「まさか、ご病気でもなさったのかい?」


 ほんのわずか、女の唇が震えた。


「そうかい。だからぼくを生け贄にしようと。この土地を統べるエイヌ王家の血をもってすれば、エルガートさまのご病気もたちまち回復する、と」


 大げさにため息をつき、肩をすくめる。


「残念だよ。きみのように美しいひとが、」


 自分たちと戦闘能力に差があるからこそ、ディルマュラは油断などしていない。

 全身の感覚と精霊たちの目を活用してこの半裸の女の一挙一動を観察していた。

 なのに、初動が見えなかった。


「戯れ言はそれまでだ。おとなしく来てもらう」


 喉輪を掴まれ、吊り上げられてしまう。


「ディル!」


 真っ先に動いたのはシーナ。

 ディルマュラを掴み上げる右腕の肘へ、精霊を踊らせたかかと落としを中空から打つ。


「がっ!?」


 下。

 右肘へかかとが炸裂する寸前、シーナの真下にラグリォスの小柄な方が潜り込み、立ち上がる勢いも使って右の足裏で蹴り上げてきた。

 真上に、無防備に吹き飛んだシーナを、残った凡庸な女が追う。


 クレアの教えのひとつ。

 相手がどれほどの強さか判別しかねる場合、選択肢はふたつ。

 逃げるか、初手から殺しにかかるか。


 シーナは後者を選び、オリヴィアは御者に前者を頼んだ。


「ユーコ!」

「はい!」


 精霊を踊らせたライカとユーコが、追撃に入ったラグリォスの凡庸な左右から挟撃に入る。

 事前の打ち合わせなど必要ない。

 一度精霊を踊らせて精霊を通じれば、相手がなにをしようとしているのか、まるで思考を共有しているかのように分かるからだ。

 全く同じタイミングでふたりは蹴りを打つ。レイピアのように鋭い、つま先による凡庸な女の頸を左右から狙う一撃を。

 そこでようやく体勢を立て直したシーナも、中空で脚を揃えて足裏で女の顔を狙う。


「はああっ!」

「たああっ!」

「せああっ!」


 断言する。

 この女たちは精霊を踊らせてなんかいない。


「っ」


 凡庸な女はひと息、ほんのひと息入れたあと、突き出されるふたつの足首を無造作に掴み、シーナを挟み込むように叩き付ける。

 それぞれにうめき声をあげる三人を無視して女は三人の足首をまとめて両手で掴み、振りかぶって地面へ投げ捨てた。

 その先には、ディルマュラを奪い返そうと長身の女へ攻撃を続けるオリヴィアとミューナが。


「あの莫迦なにやってんのよ! ──ゴウ!」


 毒づきながら突風を三人にぶつけて絡まり合ったからだを解く。それ以上の関心を払うことをせずにオリヴィアは長身の女へ足払いを放つ。硬い。大木だってさえもう少し柔らかいだろうに、この足は鋼鉄よりも硬い。

 すぐさま足を戻して間合いを取る。


 なんなの、こいつら。


 精霊と踊っているような素振りは一切感じないのに、自分たちと同じような体術や防御力を発揮している。

 つまり、自分たちより戦闘能力が高いということ。

 自分たちは精霊たちに力を借りるときには、例え数瞬でも踊る必要がある。だがこいつらはそれを必要としない。当然こちらが後手に回ることになる。


 維穏院長のほうがまだマシじゃない。


 内心毒づきつつもオリヴィアは状況を打開する策を練る。数の差が戦力差にならないことはもう分かった。あとこちらが有利になる点をいくら洗い出しても見当たらない。

 ならば逃げるか。

 先に逃がした御者には、襲撃があったことを神殿やエイヌ枝部に連絡するよう依頼している。馬車の速度にもよるが、連絡から救援の到達までは時間を稼ぐ必要がある。

 オリヴィアにディルマュラへの好意はない。

 だがそれとこれとは別だ。

 

「だらああああっ!」


 オリヴィアの思考をぶった切るように、着地したライカが突進してくる。

 いまはそれでいい。あの長身の女がディルマュラを連れて逃げ出さないよう、攻撃し続ける必要がある。遅れてシーナが長身女の背後から右腕側へ。ユーコは交響曲を高らかに歌い始める。

 個人で発動する術に時間差が発生するなら、別の誰かが歌って精霊を集めてやればいいのだ。

 攻撃に回る人数は減るが、こちらの行動を潰され続けるよりはマシと判断し、


「響陣、合唱交響曲コルス・シンフォニア


 オリヴィアもバックアップに回る。精霊を向かわせるのはディルマュラ本人。喉を掴まれて自発呼吸はか細い。おそらく意識はもうろうとしているだろうから、気付け薬の意味合いもある。

 攻めあぐねていたミューナもようやくユーコの歌に乗り、加勢する。三人で長身女の、正面、右後方、左側面の三方向から攻める。


「せっ!」


 正面のライカが顔面へ拳を放つ。それと同時にミューナが左側面から、


「──ジン!」


 女の身長を超える風の刃を放ち、ミューナはそれを盾に間合いを詰める。そこから一拍遅れてシーナが女の右肩を狙う浴びせ蹴りを打つ。

 逃げ場があるとすれば上。そうなったときの追撃はミューナが入ると全員が精霊を通じて理解する。

 しかし女はディルマュラのからだを、喉を掴んだまま振り回し、まずはミューナの放った刃を打ち払う。勢いそのままにシーナを狙うが、シーナは蹴りを長身女の顔面へと移行。カウンターとなった一撃で、ディルマュラへの拘束はわずかに緩み、痛みと精霊たちに意識を取り戻したディルマュラが両拳で長身女の手首を挟み込んで、


「──ライ!」


 放電。

 やっと女の顔が苦痛に歪み、ライカの拳がほぼ無防備な状態でヒットする。拘束が外れる。引き剥がすようにシーナがディルマュラを抱きかかえて間合いを大きく切る。


「すま、ない」

「状況は分かっていますね。はやく戻してください。手数が足りません」

「ああ」


 ディルマュラはどうにか取り戻せた。

 だが一人増えた所で、この三人から逃げおおせるとは思えない。

 頼みの綱は、御者が呼びに行った救援。

 あと何分耐えればいいのか、それが分からないことが何よりも面倒だった。

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