第10話 自己の証

「確かに、時間の流れを遅くしたりする術はあるわ」


 ライカたち六人を前に、クレアはゆっくりと語った。


「でも発動に必要な精霊の数は膨大だし、それだけの術を使えばあたしたちだって気付く」


 ですよね、とシーナがつぶやく。


「警備部に確認したけど、監視カメラに不審者は映っていないし、リーゲルトを連れた人物なんて誰も見ていない。……困ったわね」


 大きく息を吐きながら、テーブルに肘をつき、組んだ指に額を乗せる。


「目下、各神殿各枝部各国に協力を仰ぎ、行方を追っています。大丈夫です、あなた方だけに責任を負わせるようなことはしませんし、おとがめを与えることもしません」


 イルミナが微笑みながら言うが、六人の表情が晴れることはない。


「やはり、イーゲル家の者なんでしょうか」


 ディルマュラが神妙に問いかける。

 わからないわ、とクレアが返し、続ける。


「あの家の関係者は全て捕縛し、リーゲルト以外は全員投獄されているわ。……でも、あの家が起こした反乱は、エウェーレルを二分するほどにまで広がって、国民の間にはまだまだ疑念が残ってる。誰もが新しい火種になり得るのが現状よ」


 ふ、とやった視線の先にオリヴィアがいたのはほんとうに偶然だった。

 あっ、と声を漏らしたクレアにオリヴィアはいちど息を長く吐いて。


「そもそもなんで、入植してから二百年も経ってないのに正当な王位継承者を巡って内乱が起きるんです。記録だってはっきり残ってるし、疑う余地なんてどこにもないじゃないですか」


 困ったようにため息をついて、


「難癖を付けようと思えばいくらでも付けられるわ。記録は改ざんされたものだ、とかあいつは過去にこんな悪いことをしたんだ、とかね。でも、一回付いた疑念の火は簡単には消えないの。

 オリヴィアが言ったように、たった二百年すら経ってないからこそ王家への信頼も盤石とは言えないから。

 だから連中が必死になってやればやるほど信じるひとも出てくるし、否定すればするほどそれを信じたいひとにはより深く浸透する。……ひとの心なんてそんなものよ」


 眉根を寄せ、クレアは口角をあげる。


「ここは人の業について論じる場ではありません。過ぎたことよりもこれからのことです。リーゲルトの捜索と保護。これを最優先とします」


 イルミナの言葉に一同は強く頷いた。


    *     *     *


「とはいえ、攫われた方法ぐらいは確認しておかないとね」


 六人を部屋に一旦帰し、イルミナとクレアは議論に入った。


「お風呂でリラックスしていたとは言っても、ライカたちの目を盗んだだけじゃなく、痕跡も残さないなんて本当に可能なのかしら」


 自身が淹れた紅茶に口を付けながら、クレアは落ち着いた口調で言う。


「おそらくは可能ね。その場合、あたしたちも加担したことになるけれど」

「え?」

「術の大きさと扱う精霊の数は比例する。これは常識。じゃあ小さな術なら精霊の数も少なくなる。当然よね。だったら」

「並列処理したっていうこと?」

「そう考えたほうが自然」

「でもどうやって?」

「それがわかれば苦労しないわよ。そんな風に精霊たちを使ったことなんていままで誰も居なかったんだから」


 カップを取ろうとした手を止め、考え込むイルミナ。


「本当にそうかしら」

「どういうことよ」

「並列処理をいままで誰も扱ったことがないって点」

「だってそんな記録どこにも」

「じゃあなんでクレアは並列処理に気付いたの?」


 え、と視線をさまよわせるクレア。


「だ、だって術の発動条件考えたら並列処理が一番自然じゃない」

「じゃあ外れてる可能性だってあるってことよね」

「う、うん」

「なのになんであんなに自信たっぷりに言えるの?」

「ちょ、ちょっと待って。あたしを疑ってるの?」

「あらゆる可能性を精査しないと、ちゃんと犯人にたどり着けないでしょ」

「そ、そ、そんなのイルミナだって同じじゃない!」


 イルミナは一瞬目を丸くして、何度か瞬きをして、そっか、とつぶやいて。


「それもそうね。私が神殿の歴史の中で最初に反乱を起こした神殿長になるのかも知れないわね」


 浮かべた笑みは長い付き合いのクレアでさえ見たことが無いほど邪悪な色を帯びていた。

 いささか心配になって、


「どちらにしても、リーゲルトさんを誘拐した方々は、エウェーレル王家だけじゃなく私たちにもケンカを売った。よもや壁向こうの方々の差し金とは思えないけど、用心に超したことはないわね」

「観測班からはとくに目立った動きはないって聞いてるけど……、亡命してきたひとがそういう種を持ってきてる可能性もあるわね」


 うん、と頷いて。


「いちど、全てを精査する必要がありそうね。もちろん、私たちも含めて」

「そうね。無意識に暗示とかかけられてたらシャレにならないわ」


 そうは言っても、とイルミナはカップを手にする。


「自分が自分である証明なんて、どれほど正確にできるか分からないけどね」

「そういう哲学的なことはいまは考えちゃだめでしょ」


 まあね、と苦笑して中身を一気に飲み干して立ち上がる。


「さて、忙しくなるわね」

「なんか嬉しそうね」

「最近事務処理ばかりだったから、ね」


 はにかむ友人を、思わずかわいいと思ってしまった。

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