第5話 六人の乙女と

「んじゃ、全員そろったから話すわね」


 クレアはライカたち三人だけでなく、ディルマュラ班の三人も神殿長イルミナの私室に集め、軽い口調で話し始めた。

 元々大人数で集まるような想定をしていない部屋なのでかなり狭く、ライカはイルミナの隣に、ミューナはその横。オリヴィアは入り口の脇に立っている。

 ディルマュラは中央にあるソファ、それもクレアの隣に。残ったシーナとユーコがその対面に座っている。


「まずは、あんたたちの現状について」


 はい、とシーナとユーコが頷く。


「あんたたち六人は、実際のところ、もう卒業してもいいぐらいの技量をもっています」


 え、と驚いたライカがイルミナを見やると、微笑んで頷いて返す。そっか、とつぶやいて視線をクレアに戻す。


「五人がかりとは言え、合唱交響曲を歌って維穏院長に一撃くれる修練生にあたしが教えられることなんてないのよ」


 苦笑するが、喜びの色も強い。


「待ってください」


 割って入ったのはオリヴィア。


「あたしはその場にいませんでした。ならあたしには関係ないこと、」

「そうくると思ったわ」

「でも事実です」

「じゃあ聞くけどあんた、交響曲歌えるんでしょ? 独唱じゃなくて合唱の方」


 う、と言葉に詰まった。ほぉら、と意地悪く睨むクレア。


「合唱で歌えるってことは誰かと息を合わせられるってこと。あんたは器用だから、誰とでも、例えどれだけ嫌ってる相手とでも最低限合わせることはできる。まして一年一緒に暮らしてきた、」

「もういいです。分かりましたから」


 中断させた彼女の頬が薄く赤く染まっているのは、きっと気のせいじゃない。


「でね、正直なところ、あなたたち六人と、他の子たちとの差が付き過ぎちゃってね。不満とか、悩みとかいろいろ出てるの」


 でも、と手を挙げたのはディルマュラ。


「その程度で悩むのなら、その程度の実力しかないっていうのが神殿のスタンスなんじゃないですか?」


 ふふ、と苦笑交じりに視線を合わせ、


「そりゃディルの言う通りよ。文句言ってるヒマがあれば手を足を頭を動かせ、ってその子たちには言ってる。

 でもそれ以外の子たちに埋もれさせたくない子がいるの。だからってその子達相手に特別カリキュラム組んだらここは学舎院になっちゃうでしょ?」


 学舎院が手取り足取り教える場であるのに対して、維穏院での学びは自発的なもの。

 いちおう座学はあるが、これらは学問というよりは後々維穏院で働く際に必須となる項目を教えているにすぎない。

 落ちこぼれようが逃げだそうが、全て自己責任なのだ。


「で、あたしも困って中央神殿に相談したの。そしたら、」


 言って手前のテーブルにホロ・ウィンドウを表示させる。

 それを見てイルミナも自分のテーブルにホロ・ウィンドウを呼び出し、クレアのものとリンクさせる。


「この子の面倒を見させろ、って言われたの」


 表示されたのは、白で統一された清潔な部屋。それが病室なのだと、中央に置かれたベッドとそこに大の字で横たわる、白い薄手のガウンを着た少年で判る。

 少年はじっとこちらを、天井に据え付けられたカメラを睨み付け、その視線に誰もが「ケンカに負けてなお強がる野良猫」をイメージした。


「この少年が……なにか?」

「ま、見てなさいって」


 映像の少年は、すぐに視線を横にずらす。そして姿がかき消える。


「あ、このカメラ医療用だから。あんたたちが目で追えない速度じゃないから安心して」


 そして数秒後、カメラはベッドを猛スピードで横切る少年と、壁にぶつかった振動を伝える。

 え、と一同が驚く中、カメラに白衣姿の女医がゆったりとした速度で現れ、カメラを素通りし、戻ったその手には、首根っこを掴まれた少年があった。


 面倒くさそうに女医は少年をベッドに寝かせ、カメラを見上げて渋面を作る。よく見れば髪は乱れ、顔にはひっかき傷、手首には歯形まで付いている。

 女医はそのままの姿でカメラを見上げて文句を言い始めたが、音声は切られていて聞くことはできない。


「名前はリーゲルト・フォン・イーゲル。十才。両性。見ての通りオトコノコ寄りだから扱うときはそんな感じでお願い」


 ホロ・ウィンドウを閉じて手元の書類を淡々と読み上げるクレアに、思わずディルマュラが口を挟む。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「待たないけど質問ならどうぞ」

「この少年、イーゲル家の者なのですか?」


 ディルマュラの問いに、ええと、とイルミナに視線を送る。

 イーゲル家と言えば、エウェーレル王家へ謀反を起こし、十年以上にわたる内乱を引き起こした首謀者。

 質問の真意に気付いたイルミナが神妙に頷き返すと、クレアは軽い口調でこう答えた。


「だそうよ。何か問題でも?」

「そ、その。この少年は精霊術を使った形跡がありません。にも関わらずあれだけの体術を扱っていました」

「うん。あの女医さんは神楽宮の出身だから対応出来てるけど、修練受けてないひとだとできないでしょ? だからあんたたちに頼むの」


 やや早口で言い終えると、再度ディルマュラが問いかける。


「ぼくたちがなにをやればいいのかは理解しました。ですが、ぼくが本当に訊きたかったのは、あんな少年が躊躇無く大人を攻撃できるように育てられていたことについてです」


 真剣な、切実な言葉にライカたちは頷く。


「そんなの、あんたたちだって似たようなものでしょ」


 あっさりと、なぜそんなことを訊くのか、と言いたげに返され、ディルマュラは困惑した。


「あのね、あんたたちもあの子も、手段や思想は全然違うけど、『大人を殺す技術を持った子供』っていう区分けで言えば同じなの。あんたたちは書面上成人してるってだけで、年齢から言ったらまだ子供。

 そういうあんたたちに技術を仕込んでるあたしたちが、いままでそのことで葛藤してこなかったとか思ってるの?」


 精霊と歌ったり踊ったりすることは楽しいこと。

 その延長線上にある修練に疑問を抱く者は少ない。


「あんたたちだから話すけど、連中が『壁』を超えてくるまで、おそらく一年もないわ。そうなればあんたたちだって後方支援ぐらいはやってもらう。

 たぶん座学の時にも言ってると思うけど、」


 一旦止めて六人全員と視線を合わせ、ゆっくりと言う。


「あたしたちは、あたしたちが力を持つのは、誰一人死なせない戦争をやるためよ。

 一番根っこの、大事な部分。忘れるな」

「……はい」


 なんだかはぐらかされたように感じたが、クレアの言わんとするところは察した。

 もう一度六人を見回して、表立っての反論がないのを確認してから、ぱん、と手を叩き、場の空気を戻す。


「んじゃ、明日には到着するから、よろしくね。六人部屋も用意したから、あんたたちもそっちで寝泊まりすること。あとは、拳術の修練は出なくてもいいけど、座学の講義には必ず出席すること。いいわね」


 え、と誰かが驚く声も無視してクレアは立ち上がり、眉根の上がったオリヴィアに、大丈夫よ、と苦笑して返し、そのまま立ち去っていった。


「ええと、そういうことです。困ったことがあったらすぐに相談すること。では解散」


 六つの視線に耐えきれなくなったイルミナも、そそくさと去ってしまい、残された六人は一斉にため息をついた。

 めんどくさくなりそうだ。

 誰もが思ったが、誰も口にはしなかった。

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