第93話・一回裏、王者からの圧

『一回の裏、火山高校の攻撃は、一番、ショート、西村君』


 先制点を掴み取った平業高校、守備につく。

 王者を経験している火山高校、その真髄は打撃にある。

 平業のメンバーは、各々それに期待と不安を感じていた。

 ウグイス嬢のコールが終わったその瞬間。


『『『オォォォォォッッ!!!!』』』


 火山高校側のスタンドから鳴り響く、野球部員の咆哮と、ブラバンの演奏が聞こえるまでは。

 その圧力に、平業は個々の感情など塗り潰されてしまった。

 まるで、平業を潰すかのような。

 まるで、味方火山を後押しするような。

 まるで、火山の歴史を狂信するかのような。

 まるで、それ以外の全ての歴史を否定するかのような。

 愚直で、狂的で、強大な応援。

 最早それは攻撃とも言える。


(ヤバすぎんだろ……)

 ショートに着いた烏丸は一人そう思う。

 噂には聞いていたが、四校合同の平業スタンドにも劣らぬ、超えてすらいる応援が、まさかここまで己の精神状態に影響を及ぼすとは。

 表の攻撃で硬直は解けたと思っていたが、応援一つで引き戻されてしまった。

 本気で気を引き締めないと、持っていかれる。

 烏丸はそう判断した。

 こうやって割り切れるのは、やはり実戦経験があるからだ。

 その経験がある者は、切り替えられる、が。では、無い者は?

(((うっ………)))

 京平、真紀、薫。スタメン出場のこの三人は、呑まれてしまった。

 切り替えようとはしたが、やりきれなかった。その速度を遥かに超えて、圧倒されてしまった。

 特にキャッチャー、ファースト、セカンドという、守備の主要部を任せられている三人が、高校野球経験の浅い一年生である。

 自分の心を守る術を、十分に会得できていないのだ。

 身体的負担は勿論のこと、精神的負担も馬鹿にならない。

 しかし、プレイボールは既に宣言されている。

 例え内心でビビっていたとしても、試合刻一刻と進んでいく。個人の感情を待ってはくれない。

 やるしかないと、腹をくくるしかない。

(俺がビビっていても仕方ねぇ。キャッチャーとしてできることをするだけだ)

 しっかりとリードする。ミットを構える。後逸しない。打者、走者を広い視野で捉える。次の打席でしっかり打つ。全体に声をかける。

 やることは決まっている。試合の中で増えたりはしない。減りもしない。


 一番、西村。

 基本的に狙い球を絞ってくるような打者ではない。来た球に対してアドリブ的に対応する、所謂感覚派。

 スイッチヒッターでありながら、左腕サウスポー相手にも左に立ったりする。当然右腕も然り。

 彼は各打席ごとに目的を定め、それに適した方に立つ。

 今回は右の国光に対して、右打席に立った。

(長打狙い、か)

 長打狙いの右、出塁狙いの左。今回は右。

 試合中盤で打たれ始めると崩れてやすい国光に対し、今回は序盤からそれを狙っていく作戦。

 得意コースにムラッ気はあるが、その時々のコースに来さえすれば、迷いなく振り抜き、力強い打球を飛ばす。

 他のチームなら、クリーンナップ。それが、切り込み隊長にいる。

(本当嫌になるぜ……)

 そんな打者相手に、国光も京平も同じ事を考える。

 どこに投げても、勝敗は常に五分五分。確実に五分勝てるのに、確実に五分負ける。普通ならトラウマもの。

(けどまぁ)

(そんな打者……)

 しかし、国光は雑魚からエースまで這い上がった投手であり。

 京平は中学で全国、高校に入ってからも全国レベルの選手達との戦いを経験している。

 これ以上のレベルの打者は、何度も経験している。

(打てるもんなら、打ってみろ!)

 お互い、短い期間ではあるものの、信頼は築き上げてきた。

 国光は京平のミットを信じて投げる。コイツが言うなら間違いない。打たれたらそれは自分のせいだと割り切れるくらい、信じられる。

 そこまで振り切ったからこそ、投げられる渾身の初球。

 そこは西村の打てるゾーンだった、が。力強いスイングを押し切るレベルのキレがあった。

 本来なら打ち損じるはずのないストレート。

 長打を狙えるはずの右打席。

 しかしそれは外野に届くことなく、マウンドに向かって転がってくる。

 初球ピッチャーゴロ。

 国光、先頭打者を一球で仕留める。


(よし、思ったより冷静だな。俺)

 精神的な負担を感じつつ、自分のリードと国光の投球が噛み合っている事を実感した京平。

 ここまで来たら、全国経験捕手の京平はもう

 故障明けで完全回復、フルパワーの国光の球を最大限活かす。

 二番柿山に対し、コースを攻め、曲がる変化球でカウントを稼ぎ、遅いカーブで時に泳がせる。

 そして、最後は外低めの手がでないストレート。

 柿山を見逃し三振に打ち取る。


 ここからクリーンナップ、三番佐藤。

(表ではやられたからな。絶対やり返す)

 京平は気合を入れ直す。

 勿論やり返すという目的もあるが。

 ここで佐藤を抑えないと、走者がいる状態で四番打者に回る。

 そう、あの絶対恐怖。野球選手として世代トップクラスの座を主将の嶋や、海王主将の新橋と争う化け物、笠木久実に。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 この試合、如何に走者がいない状態で笠木久実と戦えるかが守備の肝になるのだ。

 その為にも、それより前の打者は封じ込めなければならない。

 一回表では失点したものの、調子良さげな佐藤相手には最大限警戒する。

(脳筋ではあるが、打者としては意外と器用な打ち方してくるんだよな、この人……)

 持ち前の身体能力を活かしたパワーと、センスなのかスキルなのか分からないが、しっかりと器用に打ち分けてくる技術。

 若干早打ち気味ではあるので、そこを突けば何とかなるかもしれないが、それでも油断はできない。

(初球から速い球狙ってくる可能性が高い。ここはまず遅い球で外していくか……)

 京平はカーブのサインを出す。

 頷く国光。

 初球を放る。

 しかしここで予想外な事が起こる。

 佐藤が振ってこない。しっかり溜めている。

(あ、マズい)

 そう思った時には、既に遅い。

 金属バットの快音が響く。

 速い打球は一二塁間、右翼手前に、ライナー。

(抜ける……!)

 京平が冷や汗をかくも、その不安は杞憂に終わる。

 打球はセカンド荒巻薫のグラブに収まる。

 一年女子の超絶ファインプレー。

 彼女も京平と同等以上にプレッシャーに圧倒されていたが、打球の音が聴こえると途端に身体が動くタイプらしい。

「な、ナイスプレー……」

「ありがとう……何よその顔」

「いや、何か、俺お前のこと一生尊敬するわ」

「何言ってんの?」

 スリーアウト。

 ベンチに戻る時に京平が薫に声をかけると、自分がとんでもない顔をしていたと告げられる。

 あんなプレーする同級生を見たら、感動するに決まっている。

 薫が見ていないところで、真紀も同じ様な顔をしている。

 ベンチで満足気な顔をしている正二塁手、星影は、

「そりゃ、フィジカル不足を圧倒的にカバーできる技術を身に着けているんだ。どんなに緊張していても、身体は勝手に反応するとも。流石荒巻さんだな」

 と、語った。

 何はともあれ、笠木久実前の打者を三者凡退に抑えられた。

 これは本当に大きい。

「ナイスリード」

「ナイスピッチング」

 国光と京平は互いのグラブとミットでタッチして、ベンチで静かに息を吐いた。


 二回表の攻撃が始まる。

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