第91話・開戦、火山高校

 ザワザワ……。

「平業だ……」

「まさかまさかだよな」

「去年までに比べたら快挙も快挙だぜ」

「四強の首二つ獲ってんだよなぁ……」

「物騒なこと言うなよ」


 球場周辺には、観戦に来たのであろう他校チームが大勢いた。

 バスから降りた俺達平業は、注目の的だ。

「準決勝ともなれば、やっぱ人が多いな」

「平業じゃなくて火山観に来てんのさ。俺達は世間から見れば悪役ヒールだからな」

「悪役って……」

 傍から見れば、四強同士の勝負に水を差した空気の読めない奴ら。弱小校のくせに、強豪の歴史を踏み躙った敵役。

 人が増えればその実感もその分大きくなる。

「ネットも大荒れだ。霧城の時ですらちょこちょこ言われてたが、千治に勝ってからは好き勝手な悪口が増える増える」

「ま、勝つってのはそういう事だからな。海王や火山は、俺らの比じゃないくらい世間の目に晒されるんだ。こんなの、まだまだ可愛いもんだぜ」

 ハハハ、と気楽に笑っている三年の先輩達。

 各校に知り合いも多いから、意外とこうなるのは知っていたのかもしれない。

「ネットでヘイトが溜まるのって、何か俺らも有名になったんだなって、逆に嬉しくなるよな」

「それなー」

 携帯を見て、自分の事が書かれているのを見つけると、嬉しそうにしている。

 チラッと画面を見ると、まぁ結構好き勝手言われている。

 これを喜べるメンタル……。

「先輩達、嬉しそうッスね」

「そりゃそうだろ。やっぱ強豪に勝つのって夢があるぜ」

「甲子園が現実的になったのもあるやろな」 

「でも、相手は本物の優勝候補の火山高校。今回ばかりは、負けても文句は言えないわねね」

 同級生達も、その様子を見て嬉しそうだ。

 薫も少し弱気な事を言っているが、武者震いが隠せていない。

「練習試合とは別物のチームだと思った方が良いな。準決勝ともなれば、遠慮なく潰しに来るだろうから」

「初回の失点は特に痛いから避けるように。そこさえ乗り切れば、お前のリズムで投げられるからな」

「トイレは大丈夫か?胃薬は?」

 後ろでは悶々としている国光さんを嶋さんや藤山さんが励ましている。

 いつも通りの空気。これなら大丈夫そうだな。


「第一試合が終わるまでもう少しかかりそうだから、荷物はこの辺に。各自トイレやウォーミングアップ等、最終調整は済ませておけ」

「「「はい!」」」

「一年生、アップ行こうぜ」

 荷物を置いて、俺達一年は少し離れた所でアップをする。

 ストレッチや軽いジョギングで身体を温める。

 俺と島野はスタメンじゃないので、軽く済ませたら後はスタメン三人の手伝い。

 島野は京平と真紀。俺は何故か薫を手伝う事になった。

 同性の青山はスタンド組だから仕方ないとはいえ、やっぱり男女だし少しこっ恥ずかしい。

「何よ。いつもより緊張してるの?」

「そっちこそ。ガチガチじゃねぇか」

「当たり前でしょ。森本君や郷田君と違って、こっちは本当に実力不足なのよ」

「いつもの自信家も、大舞台では不安になるんだな。ちょっと安心したぜ」

「失礼ね」

 ぷぅ、と頬を膨らます薫。

 やっぱり美人だよなぁ。

 野球やってるのにスタイルも良いし、実力も確か。

 男に負けるわけにはいかないと、誰よりも努力して、かつ無理をしないように健康管理も徹底している。

 荒巻薫は、尊敬できる野球選手なのだ。

「お前なら大丈夫だよ」

「何でそう言えるのよ」

「何でと聞かれると難しいけど……。そうだなぁ」

 下手に言葉を選んだりせず、思った事をそのまま伝える。

 色々考えられるコイツには、含んだ言葉じゃなく、ストレートに伝えるのが良い筈だ。

「見てたからな。隠れて素振りしてる姿」

「……ッ。覗きなんて趣味悪いわよ」

「そうだな」

 照れた。可愛いとこあるじゃないか。


 ワァァァァッ!!


 お、試合終わったかな?

「お、おい、スコアやべぇぞ!」

「八回コールドなんだけど、その点を、全部八回表で取ってんだよ!」

 その写真に写っていたスコアは、衝撃的なものだった。

「18対0……?」

「八回表に18点全部取ったのか……?」

「こんなことあるのかよ?」

「舐めプしてた、って事か……」

 準決勝で、これだけの余裕。

 海王の力は、まだまだ底が見えないのだ。

 例え火山に勝ったとしても、向かう先には海王夏の覇者がいる。

 対戦相手だって強いチームだろうに、圧倒的な差を見せつけられた。

 これが、甲子園で戦うのに求められるレベル。

 このチームに勝てるとされる火山と、これから戦うのだ。

 流石の先輩達も沈黙している。

 俺は次の反応に備え耳に指を突っ込む。

「「「……うぉぉぉぉッッ!!!」」」

 ほらやっぱり。

 興奮して叫ぶと思った。

 対策していなかった京平達はまだグワングワンしている。

「やっぱ強いんだよ海王は!」

「勝っても終わらねぇんだ西東京!」

「くぅぅ!震えが止まらねぇ!」

 ここまで勝てたんだ。もうどんな相手が来ても日和らない。

 メンタルだけなら無敵だな、俺達。

 その様子を見て、笑いながら皆を監督が呼ぶ。

「心身共に温まったみたいだな!よーし、中に入るぞ!忘れ物するなよ!」

「「「はい!」」」



 後攻、火山高校スターティングメンバー

 一番ショート、西村

 二番センター、柿山

 三番ピッチャー、佐藤

 四番ファースト、笠木久実

 五番キャッチャー、桃崎

 六番セカンド、花瀬

 七番サード、坂本

 八番レフト、小鷹

 九番ライト、塩田


「佐藤が投手?」

「空いたセカンドに外野だった花瀬が入ってて、レフトには二年の小鷹か」

「柿山が上位打線にいるんだな。四番打ってた坂本が七番なのにも驚いた」

「器用な花瀬、強打者坂本、ジョーカー小鷹、勝負師塩田。嫌な下位打線だなぁ」

「でも何より……」


 四番、笠木久実。


「「「これだよなぁ……」」」

 満を持して、強打者の証たる四番として君臨した笠木兄弟の兄の方、久実さん。

 あの坂本さんが四番を譲ったばかりか、下位打線にいるのが何より驚きだった。

「坂本さん、この短期間に何があったんだろうな」

「実力は確かだし、調子が悪くても、下位打線、なんて人じゃないよな」

「てことは自分から譲ったのか?」

「だろうな。久実さんだって、自分から四番になりたいって人じゃないだろうし。それが四番にいるんだ。火山もいよいよ本気だな」

「本気ではないにせよ、油断しないでいてくれてる。って事で良いんだよな?」

「良いと思うぜ。鈴さんを使わないのも、本気だからこそだと思う」

「真っ先に対策するとしたら、鈴さんだもんなぁ」

 と、冷静に分析する京平。

 火山も選手層がバランス良く厚いチームだし、投手も多いから、鈴さんを出そうと思うと乱打戦に持っていくしかないと思うが、難しいだろうな。

「佐藤って、ノーコンで有名だったんだよ」

「嶋さん、対戦した事あるんですか?」

「ある。球質はナチュラルムービングって感じだった。本当コントロール悪いから、振り逃げも多かったが。速い球投げてくるからな。ゾーンに入れば、甘く入ってもまぁ打てん」

「一番嫌な投手ですね……」

「だろ?特に好打者泣かせで有名、悪名高いとまで言えるな。野手転向して安心してたが、まさかマウンドに戻ってくるとは……」

 嶋さんが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ここまで嫌がるなんて、一体どんな投手なんだろう……。


 ワァァァァァァッッ!!!


「「な、何だ?」」

「こっちのスタンドからだな。人も多いし、もしかしたら火山の応援がこっちまで伸びてきてたりしてな」

「何で態々アウェーになるような想像するんですか……」

 冗談めかして言う嶋さんに思わず突っ込んでしまう。

「冗談だよ。火山のエールが終わってこっちの番になったんだ。見てみろよ。きっと驚くぞ」

「一体何が……うおっ」

「すっげ……」



「平業高校野球部のォ!!!健闘を祈ってェッッ!!!」

「我ら平業高校、霧城高校、千治高校、合同応援団ッッ!!!エェェルを贈らせていただきまァスッッ!!!」

「平業高校、ファァァイ!!!」

『オォォォォォッッッッ!!!』



「「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」」

「いやぁ、俺も昨日知らされてな。藍の奴、準決勝進出と聞いてこれを密かに計画してたらしいぜ」

 藍と言うのは平業高校応援団の団長、華川藍先輩の事だ。

 男子禁制の花園の頭でありながら、一番の被害者という中々の苦労人なのだが、あの人がこんな粋な計らいを?

「千治も霧城も結構乗り気だったらしい。喜べ一年共。今日は全国どこを見てもお目にかかれない、すげぇ応援の下で試合ができるぞ」

 よく見たら応援団だけじゃなく吹奏楽も各校の制服が見える。

 行動力半端ねぇ……。

「中々冷遇されてきたけどよ。嬉しいもんだよな、応援されるのって」

 嶋さんはそう言って嬉しそうに笑った。

「さて、そろそろ時間だな。皆を呼ぼう」

「「はい!」」



「円陣!!!」

「「「応ッッッッ!!!」」」

 ベンチの前に集まる、我ら平業高校野球部。

 ベンチ入りメンバーだけじゃない、スタンド一番前の席にも、メンバーがずらっと並んでいる。

 そして、膝に手を置き中腰になる。

 全員の目線は、主将の嶋さんに向けられる。

 皆、主将の言葉を待っている。

 監督はベンチに座って腕を組んでいる。

 曰く、

「私も指示はするが、試合の主役はお前らだ。グラウンドでは主将の嶋こそが平業高校の頭。そこに私の言葉は必要ない」

 だそうだ。いかにも監督らしい考え方で俺は好きだ。

 嶋さんが言葉を紡ぐ。

「まずはお前らに感謝を。待っていてくれてありがとう。俺に、もう一度試合に出るチャンスをくれて、ありがとう」

 チーム一頼りになる男の離脱。大会前の悲劇。

 不慮の事故とはいえ、大きな絶望から始まった夏の大会。

 でも皆頑張った。

 運だと言われるかもしれないけど、その運を掴み取る為に、皆が足掻いたのだ。

 それは全て、この嶋奏矢という人を、もう一度打席に立たせる為に。

「お前らが勝ったから、チームはここまでこれた。俺は何もしてやれなかったのに。やっぱり俺の思った通り、お前らは誰よりも強かった。俺よりもずっとな」

 そこまで自虐的にならなくても、と誰もが思っている。

 でも、この人にとっては重責だったのだろう。

 チームを引っ張ってきた自分が何もできないと、もどかしくなっていたんだろう。

 けどそれは、思い上がりだ。

「勘違いすんなよ。皆別にお前を責めたいわけじゃねぇんだよ」

 藤山さん。

「今までお前に助けられてきたんだ。それなのに当人がいなくなった途端に負けたら、ここにいる全員役立たずになっちまう」

 鷹山さん。

「俺や国光だって、怪我してチームには全然貢献できてないんだ。嶋がそこまで言うなら、俺達二人はどんな顔すれば良いんだよ」

 星影さん。

「三年生一同、嶋に感謝してんだぜ。この三年間、お前がいたから頑張れたんだ。嶋奏矢を決勝へ、全国へってな」

 山岸さん。

「誰よりも強いのはお前だよ、奏矢。感謝してる。ここまで来れたのは、他でもない、お前のおかげだ」

 国光さん。

「二年生も、貴方のおかげで変われた。ソウさんについていく為に、果てしない努力をしてきたんです」

 烏丸さん。

「もちろん一年もです。新参者の俺達が今チームの中で戦えるのは、嶋さん、他でもない貴方の力があったからです」

 京平。

「お前ら……」

「「「ありがとう、主将。俺達をここまで連れてきてくれて」」」

 チームの総意。

 それを受けた嶋さんは、目を潤わせた。

「……馬鹿野郎共め。試合前に泣かせんな」

「誰が言ってんだよ。こっちが泣きそうなんだわ」

「「「そーだそーだ!」」」

 張り詰めていた空気が、少しだけ弛んだ。

 今はもう、自然な空気だ。

 これが平業高校だ。

「俺は嬉しいよ。誇らしいよ。こんなに楽しく野球がやれたんだからな。この先、どんな道に進もうとも、俺はお前ら以上の仲間に出会える事はないだろう。例えお前らが忘れても、俺は絶対に忘れてやらねぇからな」

「「「俺達もだよ!!」」」

 三年の先輩達の絆を、後輩の俺達も感じる。

 きっと、皆こうやって、仲間と切磋琢磨してきたんだ。

 平業だけじゃない。他チームも。

 一段落して、嶋さんが息を吸って、空気を変える。

「そんな最高の仲間達だからこそ。……俺はもっと、お前らと野球していたい。その為には勝つしかない。……そうだろ?」

「「「……応」」」

「その為に!俺は戻ってきた!お前らは勝ってきた!そうだろ!?」

「「「応ッ!」」」

「なら勝とう!!やる事は変わらない。俺達はいつだって挑戦者だ。今までもこれからもそれは変わらない。揺るぎない!いつだって相手は格上だ!全身全霊出しても、骨身を削っても、命を燃やしてもまだ届かねぇ!!でもそんな相手に勝ってきたからこそ、俺達はここにいる。そうだろ!!?」

「「「応ッッ!!」」」

「なら勝てる!!周りが何と言おうと、どんな試練を与えられようと、どんなに絶望的な状況に陥ろうと!!それで絶対に負けるなんて事はない!!俺達ならひっくり返せる!!」

「「「応ッッ!!!」」」

「さぁ行くぞォ、馬鹿野郎共!!!弱者の雄叫びを、この神宮の青天に!!!この試合、勝つのは!!!」

「「「俺達だァァッッ!!!」」」


 先攻、平業へいぎょう高校


 対


 後攻、火山ひのやま高校


 今、熱闘の幕が上がる。

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