最終話 悠久のカケル

 紅い炎が最上階を包み込んだ。

 それは、全てを焼き尽くすカグツチの炎だった。

 イザナギとイザナミは重なるように寄り添い、息を引き取る。


 肉体を捨てて、そらへと還るために。


 黒煙が辺りを支配するなか。

 そらへの道筋みちすじとなる白煙がひとすじ見えた。

 


 今生の別れの時に、イザナミはカケルに語りかけていた。

  ――わたくしの魂はつまと共に高天ヶ原タカマガハラへと帰ります。もう、イザナギが日本オノコロへと降りることが無いように、鉱人こうじん達を道の守護にあたらせましょう。やなぎさくらの魂は、もとはといえばわたくし自身。再びこの地に転生することはあり得ませんよ。それでも、この地で奇跡を待ちますか? 輪廻の輪に記憶された柳の魂が一人の人間として、いつかこの地に産まれるまで――


 カケルは優しく自分に話しかけてくる母神を見る。

 かつて、好きだと伝えた少女。


 カグツチの炎は母神を神去かむさりさせた原因だった。

 ずっと後悔していたんだ。

 母を殺し、父に殺された自分を憎んでいたんだ。

 されるがままで、何も出来なかった自分が。

 大嫌いだった。


 そんなクソみたいなオレなのに、柳が自分を頼ってくれた。

 優しく控えめで、でも一生懸命に頑張る柳と一緒にいるだけで、自分の中の罪が知らず内に、軽くなっていくのを感じた。

 このままのオレでも、出来ることはあるのだと。

 自分が生き続けても良いのだと。

 

 オレは、オレだ。

 だからオレの好きなようにする。


 そう心に決めて、カケルは母神を見つめ返した。






 あれからずいぶんと時が立った。

 地下の里は、もうずいぶん前に生活機能を失っていた。

 今日まで何とかここで暮らせたが、崩落の危険もあり、オレも今日でここを出ていく。

 

 あの時。

 最後に母神が投げ掛けた言葉が、もうずっと頭から離れない。


 ミツハと里に隠れ住んでいた大半の神々は、イザナミ、イザナギと共にそらへと還った。

 ミツハは最後まで、母を慕い、母と共にあることを選んだ。

 シナツは肉体の天寿を全うしてから、天へと還った。

 息子の側に生き、孫を抱いて、幸せな一生を終えたらしいと風に聞いた。

 オレは……今も待ち続けている。

 少なくなった里の仲間と共に、輪廻の輪からきっと産まれてくる柳の魂にまた、出逢うために。





 夏の暑さが年々、厳しくなっていく。

 リニアモーターカーが、とうとう北海道と東京を結ぶらしい。ビルも大半がお払い箱で、空室が目立ってしょうがない。

 何処かのビルで火事があって以来、伝染病も流行ったこともあり、リモート化が進んだのだ。

 そのリモートがさらに進み、今やJRさえ、本数を減らして運行していける。


 もう『カケル』の記憶も薄れていた。

 でも忘れられない想いがあった。


 いつまでも待ち続けていると、時々この地に残った鉱人こうじん達を見かけた。

 彼らはに恵まれていた。

 普通の人としての一生を手にいれていた。





 冬が厳しく、春の訪れが遅くなっている。

 もう誰を待っているのか、忘れてしまった。


 でも、忘れられない想いがあった。

 誰かの大切な気持ちだった。

 この気持ちだけは、忘れてはならない。


 人とは違うヒトがいた。

 でも、違っていても良いと思った。





 短い春が過ぎ、サラサラと鳴る葉に黄色い花が群生していた。

 名前なんか知らないが。

 それがとても美しかった。


 なんで生き続けているのか、解らなかった。

 でも生き続けなければいけないことは、わかっていた。

 まるで暗闇を進むような頼りなさ。

 何度もくじけそうになる。


 そんなオレを、いつも見ていた女の子がいた。

 その子は10才位の女の子だった。

 ある時、公園のベンチでうつむいて座ってたオレの背中を小さな手が、優しく撫でた。

「お兄ちゃん、お腹痛いの? 大丈夫? 」

「大丈夫。撫でてくれたから、秒で直るよ」



 二人は顔をあげて見つめあった。


「「………」」



「シェイク、飲みすぎたの? 」

 にっこり笑って彼女がつぶやく。

「……待たせ過ぎたお前が悪い」

 オレも笑って呟いた。



 夜明けに浮かぶ明星を、オレはやっと見つけたんだ。



             ――完――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵の明星 織香 @oruka-yuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ