第15話 クマバチの飛行

 ベッドの上であぐらを掻いたけいは、朔也さくやの格好を見ると勢い良く吹き出した。


「嘘でしょ、それはやてさんにもらったんすか?! あの流れで着せ替え人形になって帰ってくるとか面白すぎっす……!」


 そのままベッドにひっくり返り、腹を抱えて笑い転げ出す。


「……お前、分かってて逃げただろ、こうなること。あとそんなに似合わないか?」


 朔也はジトッと桂を睨む。ひいひいと肩で息をしていた少年は慌てたようにいやいや! と両手を振った。大げさな所作しょさがかえってわざとらしい。


「それより、不幸体質ってやっぱりホンモノだったんすね。大丈夫でした? ぶん殴られなかったっすか?」


「いや。なぜか腰を抜かしてた」


「じゃあ運がよかったっすね。俺なんてこの前、ついボールペンで颯さんのこと指さしたら脳天に拳振り下ろされましたよ」


「そ、そこまでするか?」


 颯の任務について行くことになったと伝えると、彼はおお、と声を上げた。


「それはいいっすね。颯さんの戦い方って独特だから面白いと思いますよ」


 階下から朔也を呼ぶ声がした。颯だ。


「悪い、行ってくる」


「グッドラックっす」


 桂は親指をぐっと立て、にやっと笑ってみせた。


 持ち物らしいものが何もなかったので、結局その身一つで階段を降りる。颯はドアの前で待っていた。朔也と目が合うと、にっと笑ってみせる。


「遅かったじゃねぇか。そんじゃ行くぞ」


 出会ったときはそれどころではなかったが、改めて彼の服装に注目してみる。


 モノトーンでまとめられたパンク系のファッションが、颯の好みのスタイルらしい。


 首元が広く開いたロゴ入りの黒Tシャツ、その襟元から大胆に覗く右肩と白いインナー。下はチェック柄のラップスカートにスキニーパンツにブーツ。銀色のチェーンやスタッズがあちこちにあしらわれ、夏の日差しにきらきらと眩しい。一見するとロックバンドかダンスサークルにでも所属していそうな服装だ。伊達だてにおしゃれ番長を名乗っているわけではないらしい。


「なあ朔也、イヌ科の変化獣の特徴って何だか分かるか?」


「嗅覚が鋭い……とか?」


「それも正解だが、犯罪って視点から考えると別の特徴が見えてくる。ここでワンポイントアドバイス」


「犬だけに」


「何か言ったか?」


「何でもないです」


 颯はぴっと人差し指を立てた。


「本能なのか知らねぇが、イヌ科の野郎は群れやすい。だから集団犯罪に長けてんだ。……長けてるってのも変か。逆にテメェみたいなネコ科は個人犯罪が多い傾向にあったりする」


 変化獣犯罪は変化する動物の特性に大きく影響されるということか。


「これから対峙するのはその犬の集団なんですよね。俺が言うのも何ですが、そんな危険な相手、颯さん一人で本当に大丈夫なんですか?」


 スタスタと迷いなく足を進める颯に小走りでついていく。


「俺では大した戦力になりませんし、やっぱり応援を呼んだ方がいいんじゃ……」


「あんな雑魚ザコどもに人員いてられるかよ。だからこその俺なんだ。まあ見てろよ」


 頼もしく笑う颯の向こうから、唸るような低い音が近づいてくるのを朔也の耳が感知した。次いで目が小さな影を捉える。黒と黄に分かれたこのずんぐりとしたフォルムは──


 蜂だ。


 まずい、と朔也は息を呑んだ。


「颯さん」


「あ?」


「振り返らないで、いや動かないでください。その……」


 そんな朔也の気遣いも虚しく、飛び出してきた蜂は颯の目の前をブゥンと通り過ぎた。


 しかし。


「何だクマバチか。しかもオスだコイツ。雄には針がないから心配いらねぇよ」


「は、はあ……」


「もしかして蜂が苦手なのか? 怖いならそう言えよ。我慢しなくていいからな」


 逆にこっちが気遣われてしまう始末だ。


 おかしい。さっきは巣を見るだけであんなに混乱していたというのに。彼は蜂が怖いのではないのだろうか。朔也は内心首をひねった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る