第5話 花に嵐 後編

 窓を開け、軽く勢いをつけて飛び越える。足の裏にひんやりとした土の感触が伝わり、同時に、罪悪感がちくりと胸を刺した。


 せっかくの厚意を踏みにじるようなことはしたくない。だが、こうするより他に仕方がないのだ。


『ブレーメン』に行けばどうにかなると、心のどこかで信じていた。こんな自分でも受け入れてくれる場所を探し求めていた。まさか噂の正体が特殊部隊だとは思ってもいなかったが。


 そして、短い時間だったが実際に身を置いてみて分かった。あそこは暖かくて居心地がいい。だからこそ、自分がいてはいけない。いるべきではないのだと。


 ――疫病神め!


 蘇るいくつもの声が、ぐわんぐわんと揺れながら、脳裏のうりで響き重なる。朔也さくやはぐっと唇を噛みしめた。悔しいが、彼らの言う通りだ。


 鈴の耳飾りに手を触れる。


 これ以上、自分を救ってくれた心優しい人たちを、不幸におとしいれるわけにはいかない。


 ここにも、自分は必要ない。


 生温なまぬるい風が頬をなでる。途切れることを知らない蝉時雨せみしぐれを伴奏音楽に、陽炎かげろうが、焼けたアスファルトの上で踊っている。


 ふと思い出し、上着のポケットに手を入れると、あのとき阿佐見あざみにもらった飴が入っていた。

 包み紙をき、口に入れる。舌に広がるのは、とても甘く、魅力的な味。二度と味わうことのない味。


 じっとりとまとわりつく汗が不快だった。

日陰を選びながら、当てもなく重い足を進める。


 今夜はどこで寝ようか。食べ物はどこで手に入れようか。考えなければならないことはたくさんあるのに、骨の髄まで溶けてしまいそうな炎天下、ろくに思考もままならない。


 だから、唐突に起こった「それ」にも、とっさに反応することができなかった。


 住宅街の静寂を打ち砕いて響いた、耳をつんざくようなブレーキ音。


「なっ……」


 その音と共に、一台のバンが朔也の行く手をはばむようにして止まった。


 ナンバープレートを覆う段ボール、スモークの張られた窓――嫌な予感が募り、引き返そうとした朔也の退路を、さらにもう一台の車が断ち切る。


 ドアが開き、覆面を被った男たちが下りてきた。一、二……全部で五人。その手に握られているのはそれぞれ金属バットや角材など、どれも物騒や危険といった言葉がよく似合う代物である。


「お前らは……」


 言い終わるのも待たずに、男の一人が朔也に殴りかかった。朔也はほとんど反射的に身をそらす。凶器は鼻先をかすめ、コンクリートとぶつかってガチンと音を立てた。


 あと一秒でも反応が遅れていたら、脳天に直撃していただろう。思わずごくりと喉を鳴らす。


 ──背後に殺気。


 思い出す。彼の歩みを妨げていたバンは、目の前の一台だけではなかったことを。


 はっと振り返った朔也が、最後に見たのは、振り上げられた金属バットだった。

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